第162話「パーティに咲く新たな華」
王宮に帰るまでの道すがら、アレスの胸はどんよりと重かった。原因は考えるまでもない。隣から、罵詈雑言を浴びせられたり、蹴られたり、無茶な要求をされたりしないと、心に張りが出ないのである。さっき別れたばかりでこれだとすると、この先一カ月も耐えられるのだろうかとアレスは思った。全くもって男らしくないと思うものの、一方で、仲間と別れるに当たって後ろ髪を引かれないそんな男らしさならば、必要ないとも思うのだった。
出てきたときと同じように顔パスで王宮内に戻ったアレスは、元の部屋に入ると、そこにいた顔ぶれを見渡して、はあ、とため息をついた。
「どうしたんですか、アレス?」
テーブルについていたオソが心配そうな顔で尋ねた。
アレスは椅子を引き寄せて座ると、
「エリシュカとヤナがいなくなると途端にパーティから彩りがなくなるなあ、と思って。残ったのはむさくるしい男ばっかだ」
と面白くない顔で言うと、オソに、なぜお前は女の子じゃないのかと無茶なことを訊いた。
「男に生まれたからじゃないでしょうか」
オソは微苦笑して答えた。
その笑い方に含みがあるように思えることが、アレスの精神状態に余裕が無いことをよく表している。
「なんだよ、その笑い方。別にオレはあれだからな、エリシュカとヤナがいなくたって全然寂しくなんか無いからな。いや、むしろ清々した。そう! 清々したね! よくよく考えれば、勇者のパーティに女とか要らないし。勇者パーティは硬派じゃないとな。なあ?」
アレスはもう一人の仲間に話を振った。
ズーマは首を振って銀髪を軽く揺らした。
「そんな男くさいパーティを組む気なら、わたしは抜けさせてもらうぞ。パーティには華が無いとな」
「じゃあ、お前は脱退決定だね。もう女の子いないんだから」
「それはどうかな?」
「おいおい、ターニャはオレたちのパーティじゃないからな。あの子はルジェのパーティだ」
「知っている。大体にして、あの可憐な子をお前のしょうもないパーティに入れるわけにいくか」
「『しょうもない』言うな。ターニャじゃないなら、じゃあ、誰だよ?」
ズーマは答えない。口角を片方だけ上げてニヤリとしている。
答えはすぐに明らかになった。
「出かけます。準備なさい」
室内に入って来て唐突な声をアレスにかけたのは、ここヴァレンス国の統治者であるアンシ・テラ・ファリアその人である。外套とマントを身につけた旅装の王女を見ながら、アレスはポカンとした。
「ズーマ」王女が毅然とした声を出す。
「はい、殿下」
席を立ってかしこまる銀髪の青年。
「彼は正気じゃないようです。何か景気の良い呪文でもかけて目を覚まさせてください」
「では、電撃の呪文を」
「結構です」
アレスは慌てて立ち上がった。ズーマはどこまでが冗談なのか良く分からない男である。
「出かけるってどこに行くんです?」とアレス。
「来れば分かります」
王女はにべもなく言うと、
「ズーマ、あなたにも来ていただきたいのですが」
と丁重な声を出した。ズーマは、喜んでお供します、と恭しく言って頭を下げた。
「オソ。あなたには御をお願いしたいのです。ルジェ王子から御の達人だと伺っています。王子から既にあなたを連れていく許しはいただきました。わたしを助けていただけますか?」
ヴァレンスの姫から腕を見込まれてオソは発奮したようである。アレスはオソが、自分が頼んだときよりもやる気になっている様子を見て、「このムッツリヤロウ」と心中で罵ったが、それだけでは感じが悪いので、口にも出してやった。
「約束を忘れていないでしょうね、アレス」
王女が言う。
「昨夜のことを忘れるわけありません」
「では、ついて来なさい」
それだけ言うと、王女はくるりと身を翻し部屋の外へと向かった。アレスは、ズーマとオソに視線を向けたあと王女の背を追った。
王女はすいすいと宮中の回廊を歩く。その背を覆う燃えるような赤毛がふわりと宙に浮いた。
どうやら、先ほどアレスが出た門ではない別の門から宮中を出るらしい。
後ろを一度も振り返ることなく歩く王女はやがて廊下から庭へと降りた。そこには既に一乗の馬車が一行を待っていた。馬車の近くに若い女官がひとり立っており、王女を認めると深々と頭を下げた。
「ありがとう、デメトリア」
王女はオソに御を頼んだ。オソは二頭の馬の首を撫でてから、御者台へと上った。アレスが隣に座る。そのとき、「どうかお供の端にお加えください」という切実な声を聞いた。女官の声である。
「なりません、あなたはここにいてくださらないと」
「御身をお守りするのがわたしの役割です」
「今、わたしの身はこの大陸中で一番安全です。誰もわたしに危害を加えることはできません」
「姫――」
「議論は無しです。さ、あなたは戻って。わたしのいない間、頼みます」
王女とズーマは客車に乗り込んだ。
女官は馬車を誘導するように前に出た。
一瞬、アレスは鋭い目で彼女に見られたような気がした。
小さな門から馬車は静かに宮中を出た。