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第161話「二度目の別れ」

 家の中は特に外装を反映したりはせず、小奇麗に片付いているほかは普通の造りだった。

 フィオナは一行をリビングのテーブルに着かせると、「そうだ。ちょうどいまケーキを焼いてたんです」と断ってから、ヤナに声をかけた。

「お茶を運ぶの手伝ってくださる?」

「喜んで」ヤナが席を立つ。

 テーブルにふたり残されたアレスは、正面に腰かけたエリシュカを見たが、彼女はテーブル表面の木目を見るのに忙しそうな様子を見せて、目を上げない。アレスとしては、ここに来たことは正解であるという頭はあるものの、正しいことにしばしば不快が伴うことも良く分かっていた。その不快をエリシュカに押しつけてしまっているということに関しても認めないわけではなく、とはいえやはりしなくてはならないことであるので、板挟み、義務感と申し訳なさにギュウギュウとされて、何だかいたたまれない。

 そこへ、香ばしい匂いとともにフィオナとヤナが帰ってきた。

「お話はお茶を飲みながらお聞きします。さ、召し上がれ」

 ほわほわと湯気を上げるお茶と、切り分けられた果物入りケーキに、みな舌鼓を打った。

「お口にあえば幸いです。わたし、お菓子作りが趣味なんですよ。クッキーとか得意です。他の普通のお料理は全然できないんですけれど。でも、他の家事は結構好きですよ。お掃除とかお洗濯とか。お裁縫は全然下手。細かい作業が嫌いなんです。性格が大雑把なんでしょうか。この前も――」

 フィオナは聞かれてもいないことを滔々としゃべり続けた。暇を持て余した老婦人みたいだな、とアレスは思ったが、黙ってもぐもぐしておいた。

 ひとしきりケーキを堪能したあとに、アレスは事情を話した。

「迷惑かもしれないけど――」

「全然そんなことありません!!」

 フィオナはだんとテーブルを叩くようにして立ち上がった。カップの中のお茶がさざ波を立てた。

「一人で暮らしていてとても寂しい想いをしてますので、家の中がにぎやかになるのは嬉しいわ。大歓迎です」

 フィオナは頬を紅潮させている。

 アレスはやすやすと話が決まって、きっと承諾してくれるだろうことは分かっていたものの、ほっと胸をなでおろした。安心したアレスは、

「助かるよ。でも、一人が寂しかったら誰か男を捕まえればいいんじゃないか?」

 軽口を飛ばした。

 フィオナはどうしようもないという色を瞳に浮かべた。

「ウサギを捕まえるみたいに言わないでください。そんなに簡単なものじゃないんです。わたしにだって理想というものがありますし」

「だから売れ残るんだよ」

「売れ残ってません。いままさに売り出し中です。旬です。……まったく、あなたという人は、『フィオナの面倒くらいオレが見てやるよ』くらいのこと言えないんですか?」

「言えるわけないだろ。七歳も年の差があるんだぞ」

「愛があれば年の差なんて」

「あれば、ね」

「あら、わたしのこと愛していないんですか?」

「唐突に切りかかってくる女に愛を感じたりしたら変態だろ。なあ?」

 アレスは、二人の少女に同意を求めたが、彼女たちは静かに琥珀色のお茶を啜るだけである。二人の少女の澄ました顔を見ながら、アレスはハッと気がつくことがあった。よくよく思い出してみれば、アレスは、エリシュカにしろヤナにしろ初対面で、一方からは斬りかかられ、一方からは殴りかかられている。その彼女たちに感じる気持ちを確認して、アレスは自分は変態かもしれないことを認め愕然とした。

「どうしたんです、アレス?」

「べ、別に。そんなことより、フィオナ。断っておくけど、この二人はあんたと違って女の子の中の女の子だからな。変なこと教えるなよ」

「なんです。変なことって?」

「あんたお得意の剣術とかだよ」

「剣は乙女のたしなみですよ」

「どこの習俗だよ、それ」

 アレスはお茶を飲みほしてから、きょろきょろと辺りを見回した。

「それで、師匠は?」

 フィオナは安心したような笑みを見せた。

「あなたにも人並みに孝心というものがあってホッとしました。ずっと先生のことについて訊かない気かと思いました」

「まさか。そんなことないだろ。師匠のことはいつも気にかけてるよ。親代わりだもんな……あ、お茶のお代わりくれない」

 フィオナは、少し責めるような目をしたが優しげな面差しは変わらない。台所へ立って、カップに新しいお茶を淹れてきたフィオナは席に着くと、旅行中です、と答えた。

「どこ行ってんの?」

「さあ、行き先をおっしゃらず、ふらりといなくなる方ですから。ただ、アンシの戴冠式までにはお帰りになると思います」

「ちぇ。じゃあ、どっちみち会うのか」

「え? 『ちぇ』って何ですか?」

「舌打ちだよ」

「はっきり言っちゃうんですね……それにしても、アレス。あなた、少し変わりましたね」

「そうか?」

「ええ。雰囲気が柔らかく……いえ、カルくなりました」

「何で言い直したの! いいよ、『柔らかく』で。ナンパヤロウになったみたいに聞こえるだろ!」

 アレスはお茶を流し込んだあと立ち上がって、ヤナと目を合わせた。ヤナは、分かっていると言いたげに小さくうなずいた。

「じゃあ、頼むな、フィオナ」

 それから、エリシュカの方を見たが、彼女はじっとカップの中を覗き込むようにしてこちらを見ない。

 アレスは思いを払うようにして視線をフィオナに向けると、

「送らなくていいよ」

 彼女をテーブルから立たせないようにして、三人に背を向けた。

 廊下を歩き玄関を後ろ手に閉めて、アーチ型の門をくぐろうとしたとき、戸の開く音が聞こえて振り向くと、タッタッという足音とともに、思いきりぶつかるような勢いで抱きついてきたものがいる。アレスは、エリシュカの体を受け止めると、軽く抱きしめるようにした。

 エリシュカが抱きついていた時間は長くない。

「今までありがとう、アレス」

 少女の声は透き通っている。

 アレスは頬をかいた。

「何か永遠の別れみたいになってるけど」

「なってない。今までのことのお礼を言っただけ。それと、来なくていいからね。一カ月の間」

 あまりにさらりと言われたので、あやうく聞き逃すところである。

「え、なんで?」

「背中を見るのは一回でいい」

 アレスは大きく息を吸った。感動の音が体の中で鳴っていた。

 エリシュカはアレスの肩に白い手を置くと、

「目、つぶって」

 唐突なことを口にした。

「何でさ?」

「恥ずかしいからに決まってるでしょ」

 怒ったように言われたアレスは口ごたえを後悔した。目を閉じたアレスは、エリシュカの顔が近付いてきた気配を感じ、ついで頬に柔らかな感触を感じた。

「貸しておくからね」

 目を開いたアレスの前に、頬を少し上気させてキッと強い目をした少女の顔がある。

「返しに来るよ」

 アレスは微笑んで言った。

 エリシュカはまるでこの世界にアレスしかいないような目でじっと見ると、

「もし来なかったら、こっちから取り立てに行くからね。あと、貸したものには利子がつくってヤナが言ってた。よろしく」

 そう言ってくるりと背を向けると、それ以上アレスに一言も許さず、走り去った。

 アレスは、彼女が家に入るのを見届けてから(きびす)を返して、アーチをくぐり抜けた。

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