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第160話「剣士の語り方」

「この一年いったい何をしていたんですか。己を見つめ直すための旅ではなかったのですか。弱くなって帰って来てどうするんです? 情けない。どうせ旅先で女の子に声をかけたりして遊び呆けていたのでしょう。だから、わたしはあなたが旅に出るのには反対だったんです。何でもかんでも旅に出ればどうにかなるなんていうのは間違った考え方ですよ」

 優しく責める声がクドクドくどくど続いた。

 しかし、アレスは腹部の痛みのせいで、それを聞くどころではない。バンブス刀でここまでのダメージを与えられるとは思ってもみなかった。剣を学び始めた者が使う超初級者向けの武器である。子どもでも扱える。植物で作られたそれには殺傷能力など無いに等しい。にもかかわらず、いつでも死ねそうな勢いである。何という手練(てだれ)か。

「昔は十合くらいは仕合えたでしょう。第一線を退いたわたし相手に三合だなんて、その腕でよく生きて帰ってこられましたね」

 徐々に痛みが引いてくると、今度は恥ずかしさが湧いてきた。たおやかな女性に簡単に叩きのめされた少年に、じとーっと冷めた視線が二つ、張り付いているような気がする。そんな気がしてならないので、顔を上げられない。

――アレが勇者だなんて笑わせるよなあ、リシュ?

――うん、ゲンメツした。

――絶対、女相手だからって油断したんだぜ。アホなヤツ。

――これから、アホスって呼ぼう。

 二人の少女の心の声が聞こえてきて、立ちあがる気力を失ったアレスの肩に、とんとんとバンブス刀の先が触れる。「いつまでそうしてるんです?」

 アレスは仕方なく立ちあがった。エリシュカとヤナの方は見ないようにしながら、ショートカットの女性と向かい合う。女性は楽しそうに微笑んでいる。

「久しぶりですね、アレス。会えて嬉しいわ。いつルゼリアに戻ったんです?」

「あの……」

「どうしたんです、アレス?」

「……ていうか、誰?」

 どうにも見覚えのある顔ではない。

 アレスの言葉に、女性は目元に恨みの影を作って、笑顔をちょっと陰らせた。

「たった一年会わなかっただけで、姉弟子の顔を忘れてしまったんですか?」

「姉弟子だって? そんなものがいたなんていうことすら忘れてたよ」

「まあ大変。もしかして打ちどころが悪かったのかしら」

 そう言って、女性はよしよしとアレスの頭を撫でた。

「いや、そこは殴られてないんだよ」

 そう断ってから、アレスは、そろそろと口を開いた。

「じゃあ、あんた、もしかして、フィオナか?」

 女性は手を戻すと、満足したような口調で言った。

「もしかしなくともそうです。どうして気がつかないんです。わたし、この一年でちょっと太ったかしら?」

「体型はともかくさあ、どうしたんだよ、その髪」

「髪?」

「もっとずっと長かったろ。腰のところまであったじゃん。だから全然印象が違ってて分からなかったんだよ。顔見たのもドア開けた一瞬だけだしな。そうして一瞬後に見たのはバンブス刀を持った化物だった」

「年上の女性に化物は無いでしょう。髪はこの前バッサリと切ったんです。似合います?」

「いくら何でも切り過ぎだろ。それに、オレは前の方が好きだったね」

 フィオナの整えられた眉が上がった。

 アレスは肩をすくめた。

 その余計な動作によって、腹部から抗議の声が上がった。

「……っつ、どうしていきなり斬りかかってくるんだよ?」

「剣士たるもの。剣で語り合うのが筋でしょう。剣を合わせれば、どんな道を歩んできたか分かるのです」

「剣、合わせてないよね。語り合ってないよね。一方的に語られただけだよね」

「いつルゼリアへ?」

「昨日だよ」

「どうしてここに来なかったんです?」

「来なくて良かったよ。他の仲間にオレの醜態を見せずに済んだからな」

「アンシと結婚する決意を固めたんですか? ああ、まさかあなたに先を越されるなんて」

 口調だけはいかにも残念そうだったものの、フィオナの目は笑っている。

 アレスは顔をしかめた。「そんなわけないだろ」

「では、どうして?」

「それを今から話すけど、一つ頼んでもいいか?」

「なあに?」

「連れの女の子二人がいるだろ」

「ええ」

「どんな顔してる?」

 フィオナは、視線を巡らしたあと、「『どうしてわたしたちを紹介してくれないんだろう』っていう不思議そうな顔してますよ」と答えた。アレスが、「それだけ?」と訊くと、「はい」とフィオナの一言。アレスはふうと額の汗を拭うと、エリシュカとヤナのところへ歩き出した。

「とりあえず、知り合いなんだな?」

 ヤナが確かめるように訊いた。女性には殺気が無かったので放っておいたのだが、アレスが見事に打ち倒されたのを見てどうしようか対応しかねているところに歓談が始まったので、ほっとしていたところだった。

「お前が膝をつくの初めて見たなあ」

「なんのことだい?」

「お前が負けるの初めて見たなって」

「ハハハ、あれは勇者一流のジョークさ」

 エリシュカがぽんとアレスの腹を小突いた。

 アレスは口から出かかった恥ずかしい類の言葉をどうにかこうにか飲み込んだ。

「しょ、紹介するよ、二人とも。オレの姉弟子にあたるフィオナだ」

 こちらに歩いてきて立ち止まったフィオナに手を向けながらアレスが言った。それから、アレスは彼女に二人のことを紹介した。

「どっちもあんたと違ってか弱い乙女だからな、フィオナ」

 アレスが言う。

 フィオナは二人を見て微笑むと、一行を家の中へと導いた。

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