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第159話「旧知の家で」

 エリシュカがどういうつもりで宮中を出る決意を固めたのかということは、アレスには分からない。というよりも、エリシュカの内心については何一つ分からないと言っても良い。これはアレスが相当に鈍いせいなのか、それとも、所詮男は女心を解することができないように作られているのか。後者であって欲しいものだとアレスはしみじみ思ったが、それはそれで救われない話になると思い返してがっくりきた。

 しかし、

「ヤナ。オレが今考えてること分かるか?」

 アレスは一縷(いちる)の望みをかけてみた。せめて相手も同じ立場なら救われようというものだ。

「まる分かりだね。『さっきから何でリシュは黙ってるんだろう』とか考えてるんだろ?」

 希望は砕け散って、昼の光の下にキラキラと舞った。

 宮殿から少し南に行くと街の中心部である。

 さしてにぎわってもいないそこから離れるようにして黙々と歩くと、だんだんと人家が少なくなってくる。ただでさえ静かな町のさらに閑静な一画に、三人は足を踏み入れた。

「どういう知り合いなんだ?」

「オレの師匠だよ」

「お前の師匠?」

 ヤナは正直に、やっぱり宮中に戻りたい、と言った。

「何で?」

「お前を育てた人なんて、お前に輪をかけた変人に決まってる」

「変人はヤナのオヤジさんで見慣れてるだろ」

「変人だってことは否定しないのかよ」

「しないね。オレの知り合いにまともなヤツはいないからな」

 アレスは胸を張った。しかし、自分が口にしたことの寒々しさを理解したとたん、空しくなった。その空しさを風がさらって、さわさわと梢の音が鳴る。林のように木々が密集している中に、まるでお菓子でできたような可愛らしい外装の家を、三人は見た。

 ヤナは吐きそうな顔をアレスに向けた。

「うお、スゴイな。この家から勇者を育てたおっさんが出てくるわけか。もういっそ、これぞおっさんって感じのおっさんに出てきてもらいたいね。おっさんの中のおっさんだよ。あー、帰りたい」

「情けないこと言うなよ、ヤナ。情報屋のガッツはどうした? 知りたくないのか、新しい世界を?」

「世界による。少女趣味のおっさんの世界なんかゴメンだね」

「しかも女装癖があったらどうする?」

「ふざけるな!」

「オレはたいていはふざけてるけど、たまに真面目になる」

「今じゃないよな」

「さ、どうかな」

「どうかなって何だよ。はっきりしろ!」

 二人の言い争いをしり目にして、エリシュカは、アレスの手からすっと自分の手をすりぬけさせると、ずんずんと歩き、アーチ型の門をくぐり抜けた。アーチにはツルが巻きついており、赤い花が咲き初めている。アレスとヤナは、エリシュカの後を追った。門をくぐると、すぐに玄関があるわけだが、そこへ至る道の両脇には様々な植物が生い乱れていた。

 エリシュカは、玄関のドアのノッカーを叩いた。反応なし。もう一度強く叩くと、トントンという軽やかな足音と、「は~い」というやけに可愛らしい声が聞こえてきた。

 ヤナは身構えた。これは一筋縄ではいかなそうだ。どんなモンスターが現れるのかと唾を飲んで待ったヤナだったが、現れたのは彼女の想像を遥かに超える代物だった。

 エプロンを身にまとった、年の頃なら二十二、三といったところ。しなやかな長身に、すらりとした手足。淡い金色の髪はふわふわなショート。どんなにがんばって邪悪な顔をしたとしても見る人をほんわかさせずにはいられないような優しげな目鼻立ちをしていた。頬は白く、唇はピンク。これはもう女性そのものである。というか、正真正銘の女性である。胸の見事なふくらみが明確にそれを主張していた。

 ヤナは強い目をアレスに向けた。アレスはヤナの方を見ていない。

 そのアレスを見た女性は目を丸くして驚きを示すと、バタンとドアを閉めた。

 呆気に取られる三人。

「どうしたんだよ?」とヤナ。

「さあ」と首をひねるアレス。

 ドアを開けようとしてエリシュカが手を伸ばすと、すぐにドアは開いて、先の女性が現れた。後ろ手にドアを閉めてから、アレスに目を向ける。一方、アレスの目は、女性の手に一本のバンブス刀――バンブスという植物から作られた練習用の剣。殺傷能力低し――が握られているのを捉えた。

 アレスはバッと後ろに跳んだ。それから、数歩あとずさる。

 女性はニコニコしている。ヤナとエリシュカは何が始まったのか、さっぱり要領を得ない。

 一方アレスも訳の分からなさは二人といっしょであるけれど、危険な事態であるということは良く分かっていた。バンブス刀とはいえ凶器。それを握っているのにも関わらず、女性には殺気がまるで無い。それが逆におそろしい。

 女性は、まるで庭の手入れでもしにきたかのような自然な様子で歩を進めた。アレスと少し距離を置いて立ち止まると、一瞬後、軽く地を蹴った。

 稲妻のような一撃である。

 縦一文字に振り下ろされた剛剣を、アレスはどうにかかわした。

 横に跳ぶアレス。

 それに合わせるように跳ぶ女性。地に足をつけたと同時に、斜め下から肩口へ切り上げる剣撃。風を巻くような一振り。

 体をそらしてかわしたアレスだったが、おかげでバランスを崩した。それを立て直そうとして足に力を入れた矢先、横っ腹が急激に熱くなった。ついで悶絶するような痛みが走り抜けた。

 アレスは思わず地に膝をつけた。

 腹を裂かれたかのような激痛に耐えるアレス。

 その頭に、

「三合でおしまいですか。弱くなりましたね、アレス」

 柔らかな声が降る。

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