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第156話「王宮を出よう」

 王宮は魔窟(まくつ)である。

 それがアレスの、宮中に関する認識だった。魔窟とは魔物の住む場所を意味する。外から見る分には、ドレスアップした上流階級の紳士淑女が夜な夜な仮面舞踏会を開いているかのような華々しい印象を与えるそこは、一歩中に入って見れば、どっろどろの権力闘争の場である。より高い地位をめぐって、日夜くりひろげられる足の引っ張り合い。上司の讒言(ざんげん)、同僚の批判、部下の悪口。言葉だけならまだ良いが、しばしば実力行使も辞さない。権力に取りつかれた魔物達の低劣な戦場。それが王宮である。そんな場所に自分の大事な人を置いておける人間がいたら見てみたい。

「そうだろう、ズーマ?」

 アレスは大きく両手を広げた。まるで、腕の中に迎え入れんとでもするかのような所作である。もちろん、ズーマはアレスの胸の中に飛び込んだりはしなかった。当たり前。代わりに肩をすくめて、「言いたいことがあるなら、はっきり言え」と平板な声を出した。

「協力しろ」

 アレスは単刀直入に言った。しかし、直截すぎて分からない。

「分からないことないだろ。簡単な言葉だぞ。お前の言語能力がいくら低くても、分かるはずだ。オレがこれからやることにバカみたいに賛成すればいいんだよ。『アレスの言う通りだ。さすがアレスだ』ってな」

「面白いのか、その遊びは?」

「遊びは何だって面白い。ただし、これは遊びじゃない。真剣なことだ。いいな。うまくやれよ」

 アレスは同じ指示をテーブルの近くに立ちあがっていたオソにも与えた。

「何をするんです、アレス?」

 オソが言ったところで、エリシュカとヤナが帰ってきた。その後ろから、ルジェとターニャが続く。二人はそれぞれアレスに向かって、エリシュカの死病の治療が終わったことに対して、祝辞を渡した。

 アレスの方に向かおうとしたエリシュカは、ビクっとして立ち止まった。視線の先にある少年の顔を見て驚いたのである。アレスは心から幸せそうなニコニコ笑顔を浮かべていた。非常に気持ちが悪い。エリシュカの胸に、ふつふつと不審の念が湧いた。まるでお日さまのような満面の笑顔。アレスがそんな顔をするのはこれまで一度も見たことがなかった。そして、さして見たくもないとも思った。絶対に何か良からぬことを考えているに違いない。

 エリシュカは傍らのヤナを見上げた。

「わたしたち二人でかかれば、アレスに勝てると思う。手を貸して、ヤナ」

「なんでアレスをシメる必要が?」

「あの顔を見て」

「……なるほど、良く分かった」

「だから、二人で。わたしは右から回り込む。ヤナは左」

「いや、シメるのはいいとしても、二人でやるのは卑怯だろ」

「でも、相手はアレスだよ」

「そうだな。じゃあ、いいか」

 ヤナは両手を振って、手首の運動をしたあと、首を回した。

「おいおい、キミたち。こんなにステキに友好的な男の子に喧嘩を売るなんて正気の沙汰じゃないよ」

「喧嘩を売ってるんじゃなくて、買ってるの」

「オレは喧嘩なんか売ってないぞ」

「売ってる。売りつけてる。要らないって言ってるのに、押しつけてきてる」

「人を押し売りみたいに言うな」

「押し売りは殴っていい」

「どこの法律!」

 エリシュカの拳が、しゅん、と空を切る。病気療養中とは思えないほどの切れ味である。

「さっき、ズーマにはしゃぐなって言われたばかりだろ、エリシュカ」

 エリシュカがズーマを見ると、「アレスを殴るくらいなら何の問題もない。むしろ、イライラが発散できて、精神に良いのではなかろうか」という答えが返ってきた。

「そういうわけだから、今すぐその気色悪い笑いをやめないと、殴る。『ドラゴン・ブロー』で」

「なに、その必殺技的なヤツ!」

「ヤナに習ったの」

「ロクなこと教えないなあ。どうせ教えるなら、料理とか洗濯とか裁縫とか、可愛い奥さんになるための技術でも教えてやれよ、ヤナ」

 ヤナは答えた。「その前にまず格闘だろ」

「なんでだよ、おかしいだろ!」

「何もおかしくない。格闘は立派なレディになるための必須技能だってオヤジにそう言われて育った」

「あのオヤジの言いそうなことだ」

「父さんをバカにするな」

「今さっき『オヤジ』呼ばわりしてただろ……分かった、二人とも、落ちつけ」

 四肢に緊張感を漲らせる二人の少女を見て、アレスは、もちろん二人の態度は冗談であるとは思っていたが、万が一ということもあり、その一が起こった場合、生死に関わることでもあるので、大事を取ることにした。アレスは顔を普段通りにすると、エリシュカの前まで歩いた。

 エリシュカは、拳を頬のあたりまで上げて脇をしめたファイティングポーズを取って、警戒している。

「キミにしてもらいたいことがある、エリシュカ」

「いや」

「まだ何にも言ってないだろ」

「じゃあ、言う手間が省けたね」

「キミはここを出る」

 アレスは無理矢理言葉をねじ込むようにして言った。

 エリシュカは、前にヤナに教わった通り腰をひねるようにすると、その回転力を伝えるようなイメージで拳を突き出した。正直に言えば、アレスの話はまだ良く分からなかったが、何にせよ、「キミは」の「は」という響きが気に入らない。

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