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第152話「有言実行」
 アレスは、ヴァレンス王女の人柄を信頼してはいなかった。信頼できない過去があるのである。しかしその言葉は信頼していた。アレスの知る限り彼女は、「やる」と言ったことは必ず実行してきたのだった。
「だから安心していい。サージルスの石は必ず手に入る」
 ヴァレンス王宮で一夜を過ごした翌朝である。用意された部屋は、豪奢というわけではないけれども、よく清掃が行き届いており、気持ちの良い(しつら)えだった。仲間の中でルジェはひとり別の部屋を用意されている。ターニャはルジェと一緒にいるので、それ以外の仲間に向かってアレスはテーブルで朝食を食べ終えたあとに、昨夜、「石」に関して王女の承諾を得た旨を伝えた。特にエリシュカに向かって言ったわけだったのだけれど、当の少女は何だか気乗り薄い様子で、食後のお茶をすすっていた。
「人柄は信頼できないけれど言葉は信頼できるっていうのは、まるでお前みたいだなあ、アロス」
 ヤナは長い足を軽く組みながら言った。
 アレスが応戦する
「失礼なことを言うな。こんな好青年を捕まえて。人柄も信頼しろ」
「それは難しい」
「難しくニャイよ。簡単ダヨ」
「まあ、面白いことは認めるけどな」
「パーティの面白担当なんていうのは嫌だ。オレは勇者だぞ」
「ニセのな」
「偽物で何が悪い」
「どういう開き直り方だよ」
 ヤナは呆れたように言うと、隣の席に座っているエリシュカに、「このニセモノヤロウに何か言ってやれよ」と声をかけたが、色よい反応は得られなかった。エリシュカは、テーブルに置かれたお茶のカップを両手でそっと包むようにしながら、上の空である。ヤナはそっと、エリシュカの額に手を置いた。
「熱は無いようだけど、どうした? どっか具合悪いのか?」
 エリシュカは首を横に振ると、当てられた手を柔らかく振り払うようにした。それから、アレスに向かって、
「『石』が手に入るのっていつ頃になるの?」
 たよりなげな声を出した。
 アレスわざと快活に、
「そうだな。三日くらいかなあ。この国はさ、何をするにもいちいち儀式が必要だから、宝物庫から宝を出すのにも、それを貸すのにも、なにかなすべき手続きがあるハズだ。てくてく宝物庫まで歩いていって戸を開けて手に取ってきたそれを、『はいどうぞ』ってな具合にはいかないのさ」
 言って、エリシュカを安心させようとした。
「何で三日って分かるの?」とエリシュカ。
「分かるわけないだろ」
 そこで、アレスは不敵な笑みを見せると、「三日しか待つ気は無いってことさ」と続けてから、三日待っても王女が「石」を持ってこないようであれば、奪ってくるつもりだと宣言した。
「宮中で堂々と窃盗をやることを言い放つアホはお前くらいだろうな。実に嘆かわしい」
 ズーマが会話に加わってきた。アレスは肩をすくめた。
「くれないんだったら奪うしかないだろう」
「どこの賊のセリフだ、それは」
「アロス盗賊団だよ。オレを筆頭として、怪しげな呪文使いとか、武道家とか、(ぎょ)の達人とか、イロイロ揃ってる」
 アレスの詰まらない冗談に全くエリシュカは反応しなかった。じいっとカップの中を覗き込んでいる。アレスは自分の席を立つと、エリシュカの後ろに立って、手を伸ばし少女のほっぺたをつねるようにした。しばらくそんなことをして、スキンシップを取ろうとしていると、
「やめて、うっとうしい」
 と静かな声を出されて、その声に全く苛立ちの色が無かったことが、アレスにショックを与えた。
「どうしちゃったんだよ、エリシュカちゃん」
 アレスは横に回り込んだ。
「別にどうもしてない」
「どうもしてないことないだろ。いつものキミなら、もっとツッコんでくるだろ。何か思ってることがあるなら言えよ」
「別に何も無い」
 エリシュカは、アレスの方を見ない。アレスは、両手で少女の頬を挟むと、「人が話しているときはその人の目を見なさい」と説教して、無理矢理自分の方を向かせた。エリシュカは、思い詰めたような目をしていて、アレスはどきりとした。
「心配するな、エリシュカ。オレに任せろ」
「何も心配してない」
 そう言ってエリシュカは、頬に当てられたアレスの手に自分の手を重ねると、引き離すようにした。
 アレスは納得がいかない。
「ちゃんと言ってくれないと、分からないだろ。オレは女の子じゃないんだ」
「知ってる」
「じゃあ、はっきり言ってくれ。キミが今、何を考えてるのか」
 エリシュカは少し考える様子を見せた。「クリームパイが食べたい」
「ウソつけ。今まさに朝メシ食い終わったあとだろ」
 そう言ったアレスは、エリシュカがいったい何を思い悩んでいるのか、言葉を尽くして聞き出そうとしたが、無駄だった。言葉をかければかけるほど、石のように押し黙ってしまってツンとしている。しまいに、こうなったらお尻叩きでもしてやろうかと思い詰めたアレスだったが、ヤナに凄い目で睨まれたので諦めるほかなかった。
 そんなこんなで、食後のリラックスタイムを消費していたところ、まるでそよ風のように自然に、王女が姿を現した。唐突なお成りに恐縮するみなの前で、王女は手にしていた小袋にもう一つの手を入れると、その手をテーブルの上において開いた。肌理細やかな手から、ゴロリと転がり出したもの。
「なんですか、コレ?」
 アレスが訊いた。
 王女の答えは簡単である。
「お約束の『石』です。サージルスの石」
 ハッとしたアレスは、ズーマを見た。
 ズーマはテーブルに置かれた石を見たあと、首をうなずかせた。
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