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第149話「ルゼリア入城」

 罰であるのにも関わらず、「良い名前」とはどういうことか、と考えれば空しくなるので、アレスは考えるのをやめた。つまりは王女の悪ふざけである。そう信じるに足る過去を、アレスは彼女と共有している。そうして、これからはアロスという名前を名乗らなければならないのかと思うと、

「もっとカッコイイ名前が良かったなあ」

 とぼそりと呟かざるを得なかったけれど、もちろんその声は誰の耳にも届かなかった。

 王女は、ルジェに断って背中を見せると、城門へと歩を進めた。それから、すっと片手を上げたところ、それが開門の合図だったらしい。重たい城門がギギギと開いた。その中へと入る王女。城門付近で待っていた馬車へと乗り込んだ。

 キュリオ隊はそれぞれ馬に乗ると、王女の後に従った。馬に乗るときに、エリシュカが倒した二人が恨みがましい目つきで彼女を見たが、無論、エリシュカは何も気にしていない様子だった。もちろん、アレスも気にしない。そもそもが、彼らの仕事は王女を守って斬られることである。であれば、エリシュカに蹴られたり突かれたりすることは、仕事の内である。よくやった、と王女の代わりに褒めてやろうかと思ったが、やめた。

「ルジェの馬車はオレが動かすよ」

 そう言うと、アレスは御者台に乗った。これまでは主にルジェが動かしていた馬車である。王都内の中で王子に御者をやらせることはさすがに外聞が悪い。たとえ、誰もルジェと分からなくても、それはそういうことなのである。後ろの馬車の御者台にはオソがついた。

「訊きたいことがある、アレス……いや、アロス」

「いーよ、アレスで。仲間内では。それで?」

 アレスは、隣に乗って来たヤナに尋ねた。エリシュカが乗ってきそうなものだと思っていたが、彼女は客車に乗ったようだ。何かエリシュカを操るすべをヤナは心得ているのだろうか。是非、訊きたい。

「まごころだな。それしかないよ」とヤナ。

「おかしいなあ。オレの全身は真心でできてるんだけど」

「婚約しておきながら、それを隠してリシュと婚約するヤツのどこに真心がある? 訊きたいのは、それだよ」

「ちゃんと聞いてなかったのか、さっきの話。オレはエリシュカ以外の誰とも婚約なんかしてない。あれは、前王の遺言だったんだ」

「それが分からないんだよ。遺言を守るのがヴァレンスの習慣だとすれば、そのトップにいる王女は何としてもそれを守り、国民の模範になる必要がある。それをどうして反故にしたのか」

「オレがタイプじゃなかったんだろ」

「それはあるかもしれないけど――」

「おい。ウソでもそんなことないって言おうよ」

「ここは古い国だ。そんな軽い理由じゃないだろ」

「続けろよ」

「もちろん、お前が本当に偽の勇者だったら話は違ってくるけどな。仮にそうだとすると、何でこれまでお前が自分のことを勇者と名乗ってきたのか、それが分からなくなる」

「人生、分からないことだらけだね」

「だから教えてもらいたいんだよ」

「エリシュカと約束した。過去のことを話すときは、まずエリシュカに話すって」

 馬車は城門をくぐり抜けた。ヤナは、なるほど、と言って笑った。

「じゃあ、一つだけでいい。お前は、本物のアレスか?」

「本物だよ」

 アレスは前を見たまま即答した。その横顔が少し陰っているのを、ヤナは気づかない振りをして、客車に引っ込んだ。代わりにエリシュカが現れた。

「あの人は誰?」

「王女のことか? 王女は王女だろ」

「本当に王女?」

「どういうこと?」

「さっき、殺気を感じたの」

「さっき、殺気(さっき)をって? ダジャレ?」

 横からグーパンチが飛んできた。アレスはそれをまともに頬で受けた。

「スイマセンした!」アレスは声を大きくした。

「気をつけて。次は本気でいく」

 手加減パンチでも十分に痛かったので、本気でやられてはたまらない。アレスは言葉を選ぶことにした。

「それで?」とエリシュカ。

 アレスは言った。

「王女だって怖い人はいるだろ。女官にかしづかれてお気楽に暮らし、世間のことなんか何にも分からず、一人じゃなんにもできないヤツばっかじゃないってことだよ」

「強いの?」

「チョー強い」

「わたしとどっちが強い?」

「良い勝負をすると思うよ」

「ホント?」

「オレは本当のことしか言わない」

 アレスの速やかな答えは、エリシュカの疑心を生んだ。今すぐに洗いざらい何もかも話させたいという気持ちでいっぱいだったが、エリシュカはあえてそれを行うのをやめた。

――あっちから話させないとなんか負けの気がする。

 自分のことは自分から話したのだから、アレスのことはアレスから自主的に話してもらわなければ、ズルい。そういう思いがある。

 ムッツリと黙り込んだエリシュカに向かって、

「あのさあ、オレ、キミのことがなかったら、王女の戴冠前にここに帰ってくる気は無かったよ。それだけはちゃんと言っとくからな」

 アレスは言った。

 六頭の馬と三乗の馬車は、しずしずと王都ルゼリアの街路を走った。

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