第147話「御前の大立ち回り」
「引っ立てられなくても自分で歩くから、触るな。ゴツイ兄さんに両脇を固められても何も面白くない」
アレスは、両隣に来た二人のキュリオ隊員にぞんざいな声を投げた。それから腰にした短剣と、背に負った剣を外して、地面に置いた。武装解除して、抵抗する意志が無いことを示した殊勝な少年に、隊員の気持ちは緩んだ。その心の隙に対して、キラリと目を光らせた者がいたことを、彼らは一瞬後知ることになる。
隊員のうちの一人が膝裏に強烈な痛みを感じて、「蹴られた!」と思った瞬間、膝がカクンと落ちた。そのまま地面に膝をつけた彼は、攻撃を受けた方向にハッとして顔を向けたところ、彼のひげの薄い顔は見事な蹴りを受けることになった。側頭部に蹴撃を受けて倒れる前に、彼の目は、白髪の少女の愛くるしい顔を認めた。
「エリシュカ、よせっ!」
アレスが声を上げる前に、既にエリシュカは次のターゲットに向かっていた。地面にあった鞘付きのアレスの剣を拾い上げると、相手が剣を抜こうとしている間に、しゃがみこんだ姿勢から伸びあがるように突きを放った。剣先はあやまたず男のみぞおち部にヒットした。男は悶絶して倒れた。
白刃が昼の光の下に輝いた。キュリオ隊が一斉に剣を抜いたのだ。
それを迎え撃つような格好でいる白髪の少女。
アレスは、エリシュカとキュリオ隊の間に割って入った。
「おいおい、落ち着けよ、みんな。殿下の御前だぞ」
アレスはことさらゆっくりした口調で言った。皆すでに、殺気が、グラスにいっぱいにたまった水のようになっていて、少しでも刺激したら溢れ出しかねない勢いである。アレスは、何年も扱ってきた物ででもあるかのような手慣れた持ち方で剣を敵に向けている少女の、その腕を取った。それから、ぐいっと引いて、騎士たちから距離を取るようにする。
「いきなり、何してんだよ、キミは。唐突に蹴ったり、突きをしたりするのはオレに対してだけにしとけよ。冗談じゃすまされないんだぞ」
「冗談じゃない。本気」
エリシュカはアレスを見ずに言った。機会があればすぐにでも相手に斬りかかる気である。
他の仲間たちは突然の凶行に、しかし大して動じてはいなかった。ルジェはターニャを守るようにして、その場から少し離れ、オソとヤナもすっと距離を取っている。ズーマは元の位置から微動だにせず、ちょうど、アレスとエリシュカの後に立っている。
「オレを助けようとしてくれるのはありがたいけど、これには事情があるんだよ」
アレスが言うと、エリシュカはまっすぐ前を向いたまま、「関係ない」と一言。
「ん?」
「アレスのことなんか関係ない」
「え? オレを助けようとしたんじゃないの?」
エリシュカはかすかに首を横に振った。
「違う。アレスはわたしの近くにいなくちゃダメ。これはわたしのため」
「何だよ。愛じゃないのかよ~」
がっくりと肩を落とすアレスに、エリシュカは胸を張って、
「愛だよ。でも、自分への愛」一言いった。
「そんなの愛じゃないだろ!」
「それで?」
「何が?」
「アレスこそ、なんで捕まろうとしたの? あなたらしくない」
「事情があるんだよ」
「わたしは知らない」
「後で話すから。とりあえず、この場はおさめてくれ」
「いや」
「エリシュカ」
「いや!」
「何で分かんないのかなあ。とりあえず『石』の件が片付くまでは大人しくハイハイ従ってるフリをしておくのがいいんだよ」
「そんなのわたしにはカンケーナイ」
「いや、それは言い過ぎだろ、いくら何でも」
「バーカ」
「バカ? 何で、バカ?」
「何となく言ってみただけ」
「何となくで言うなよ。傷つくなあ」
キュリオは、この殺伐とした状況に全く似つかわしくない、ゆるい言い争いを聞きながら、王女の顔を横目で窺った。王女は花顔に微笑みを浮かべながら、このおかしな状況をただ見ている。もう一声、「捕らえなさい」と命令してもらえれば、動くのだが。躊躇しているキュリオ隊長を、隊員たちがちらりと窺っている。
「とにかく、そんな物騒な物、しまえよ」
「物騒じゃない。剣は友だち」
「人間の友達を作れよ」
「いらない。わたしのこと、子どもだとか、胸がないとか言っていじめるから」
「それオレのことだよね。いじめる、オレが? 逆だろ。ていうか、胸無いこと気にしてたのかあ。そんなに気にするなよ、エリシュカ。世の中、胸が無い方が好みだっていう男もいるからさあ」
「アレスは?」
「うん、オレ?」
「そう。言わなくても分かる。あーいうのがいいんでしょ」
そう言って、エリシュカは剣先を王女の胸元へと向けた。
「それとか、こーいうのとか」
そのあと、同じ剣先をヤナの胸のあたりへ向ける。
アレスは滅相もないと言った調子で首を横に振った。
「胸なんて体の前についているだけサ!」
キュリオはもう我慢できなかった。
王女の再度の命を得る前に、部下の三人と呼吸を合わせて、アホな話をしている二人の方へと踏み込む。
「やめなさい」
殺気だった四人の男たちを止めるには、それはいかにも優しげな声だった。