第146話「ヴァレンス王女のお出迎え」
「お初にお目にかかります、ルジェ王子。わたくしは、アンシ・テラ・ファリア」
静かではあったが良く通る声である。それはまるで干天の慈雨のように心地よく胸にしみた。
年齢は十五、六といったところだろう。華奢ではあるがおうとつのある体つきをしている。燃えるような赤色の髪がふわふわと肩に当たって背に落ち、翡翠の色をした瞳は清々としている。粗末な衣服を身につけてはいるが、その衣服通りの人間だとはとても思えなかったし、
「ここヴァレンスの長を務めさせていただいております」
事実その通りだった。
ヴァレンスの長とはすなわち、ヴァレンスの王ということである。ただし、現在は前王の喪中であるので、次王の予定者である王女が長ということになる。
さっと顔色を変えたルジェは、すぐに片膝を地につけた。
「王女殿下の御前である」
キュリオが言った。出そうと思えば改まった声も出せるようである。
ルジェの少し後ろにいたアレスが膝をつくと、みなリーダーにならうようにした。しかし、ひとりエリシュカだけが突然おかしな行動を取り始めた皆を見て、首を傾げている。アレスは隣にいる彼女の袖を引いたが、エリシュカは、ふん、と振り払った。初対面の人間の前でかしこまる気などないらしい。やれやれと思ったアレスは、仕方なく立ち上がった。王女に仕える騎士から叱声を落とされるなら、一緒にそれを聞いてやらないといけないし、叱られてムカついたエリシュカが飛び出すようなことがあれば、それを止めなければならない。
しかし、その心配は無用だった。
「お立ちください、殿下。みなさんも」
王女が柔らかな声を出した。
少し時間を置いて礼儀を通してから立ち上がったルジェに、
「遠路、ようこそ。ヴァレンスは殿下を歓迎いたします。何も無いところですが、どうぞご自分の家だと思って、お休みくださいますよう」
王女は言った。
数歩の位置にいるルジェは、彼女から通ってくる確かな質感というものを感じていた。外見は荒野に咲く清楚な花のようであるが、中身はどっしりとしてまるで大地そのものであるような安定感がある。年は自分の方が上であるにも関わらず、彼女の方がずっと年上であるかのような印象を受けた。
「国を追われた愚か者です。殿下のお力にすがるほかありません」
王女は口元に微笑を宿した。冬の日の光のような軽やかな笑みである。
「ご謙遜を。殿下が愚かだとしたら、ミナンに人はいなくなります」
「恐縮です」
王女が、庶民の身につけているような粗衣を着ているのは、喪中であるということもあるが、それ以上に、美衣をまとっていない自分に配慮したのだろう、とルジェは思った。感動、の一語に尽きる。それよりも、そもそも宮中の奥深くに置くべき玉体を伴も連れず城門前に現したことが、ルジェの胸を音高く鳴らしていた。
ヴァレンス王女は、そのほっそりとした首をルジェから銀髪の青年へと向けた。
「久しいですね、ズーマ。元気そうで」
ズーマは畏まった声を出した。
「殿下におかれましても、ご機嫌麗しく。それに、ますますお美しくなられました」
「ありがとう。旅のお話、色々聞かせてください」
「お耳を汚すようなつまらない話ばかりだと思いますが」
「好きですよ。そういう話」
王女はゆっくりと一同の顔を見回すようにした。視線が合った者は問われたわけでもないのに、自分から自己紹介した。それに合わせて、王女は一言二言、皆と話した。
「そうですか、ガミ市長の。あなたは正しい決断をしましたね、ターニャ。己のした決断を信じて行えばきっと幸いが訪れるでしょう」
「オソ。澄んだ目をなさってますね。ルジェ王子はよい従者を持たれました。ミナンに住まう者として王子のためにお働きなさい。それはあなただけではなくミナン全体のためにもなるでしょう」
「あなたはまるでカタナのような方ですね、ヤナ。ご存じありませんか? 剣の一種なのですが、それは武器であるとともに芸術品でもあるのです。あなたの中には、美しさと強さが同居しています」
それぞれ畏れ多い態度で、王女の寸評を押し頂いていたが、
「リシュ。あなたは死を乗り越えてここにいる。実はわたくしも同じなんです。わたくしたち、お友達になれます」
「ねえ。何で、髪の毛、赤いの?」
エリシュカだけは、王女の位に敬意を払わなかった。
王女は、そのぶしつけに気を悪くした風でもなく、「生まれつきです」と答えた。
「呪われてるの?」
「赤はありふれた色ではありませんが、それほど珍しい色ではありませんよ」
「ふーん、つまんない」
最後はアレスである。
アレスは王女と視線を合わせた。体のどこかが震えた。
しばらくしてから――
王女は、にっこりとほほ笑むと、その薄紅色の唇を開き、
「あなたが勇者アレスの名を騙る不届きな方ですね」
顔に似合わぬ批判のセリフを言ったあとに、隣にいるキュリオに、「捕えなさい」と短く命じた。
キュリオは、「はっ」と言って、五人の部下たちに、アレスを拘束するように命じた。
アレスは隣につかれた二人の男たちを振り払うような素振りを見せなかった。