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第140話「ルゼリアってこんな都市」

 アレスたちの前に長大な壁がある。

 その壁は王都ルゼリアを遠巻きに囲んで、ルゼリアへの侵入を制限するためのものである。この壁を越えて半日ほど行くと、また城壁があってその中に市街地と王宮がある。つまり、ルゼリアには二重に城壁があると思ってもらえば良い。一つ目の城壁から二つ目の城壁の間には農地が広がっている。

 ルゼリアは地占道(ちせんどう)によって作られた聖都である。地占道とは万物の変化から物の吉凶を占う技術であって、上代では大陸中の国々がこれを使って政治を行うほど大流行していた。現在ではその流行りは大分下火になったものの、ここヴァレンスでは今もなお、かなり形式的になったとはいっても、政治システムの中に組み込まれていた。

 地占道によると、一国の首都としてふさわしい立地は、北に山、西に森、南に川を持つところである。ルゼリアは北に枯骨(ここつ)の山、西に暗黒の森 南に腐水(ふすい)の川を持ち、まさに首都の立地として完璧なところだった。今から五百年前、この地にやってきた初代ヴァレンス王は狂喜したという。それ以来、短期間だけであれば遷都したこともあったが、基本的にはここがヴァレンスの中心だった。

「以上、『ルゼリアってどんな都市?』というご質問へのお答えでしたニャア」

 やけにテンションの高い声を上げたのは、誰あろう、勇者パーティのリーダーである。彼は、衆目を意識すると、

「誰か質問がある人いるかニャ?」

 と訊いた。すぐにすっと綺麗な手が上がった。

「ハイ! そこの美しいお嬢さん!」

 白い髪を腰まで伸ばした少女が言う。

「ガイドさんの口調は何でそんなに気持ち悪いの?」

「おやおや、困った質問だニャア。お兄さんは気持ち悪くないよ。フレンドリーな好青年だよ」

「チョーキモイ」

「お嬢さん。年頃の娘さんがキモイとか言っちゃいけないよ。そういう言葉遣いのちょっとしたことで男はひいちゃうからね」

「男ってあなたみたいな人のことを言ってるの? じゃあ、引かれた方がいい」

「おいおい、こう見えてぼくはモテるんだぞ。モテモテですよ。きみもそうやってキツイ言葉を言うことで逆に、ぼくの気を引こうとしているんだろう?」

「死んでほしい」

「え? 何て?」

「何でもないよ。死んでほしい」

「聞こえたよ、今! 『死んでほしい』って言ったよね!」

「そんなこと言ってない……死ねば」

「明らかに言ったよ!」

「じゃあ、別の質問にします」

 ずーん、と落ち込んでいる振りをしているアレスに、エリシュカは言った。

「わたしたち、その王都にいつ入れるの?」

 夕暮れが近づいた薄青い空をバックにした王都外郭部を間近で見られるようになってから、一時間ほどが経っている。壁をじっと見ていても何も楽しくないので、退屈を紛らわすためにアレスが王都の講釈を始めたのだったが、それが終わってもなお時間は余るようだった。

「一月後に予定されている戴冠式のため、現在はどなたも王都には入れません。お引き取りください」

 無表情な門衛の男にそんなことを言われて門前払いを喰らいそうになったのが一時間前のことである。

 それを聞いたナヴィンはカッとして、

「こちらの方をどなただと思っている? ミナンの第四王子ルジェ様だ。すぐに門を開けろ」

 突っかかったのだが、門衛は長い首を横に振った。

「たとえ、大地の神であろうとも、ここはお通りになりません。お引き取りを」

 ナヴィンはすぐさま剣の柄に手をかけた。門衛あたりに馬鹿にされて頭に来たのだろう。案外、キレやすい子である。

「まあ、待てよ、隊長」

 アレスは横からナヴィンの肩に手を置いた。

「そうカッカしなさんなって」

 そう言って懐から布の小袋を出すと、門衛の男に近づいてその手に袋を握らせながら言った。

「無理に門を開けろとは言わない。ただ、ここの責任者を呼んでくれないか?」

 門衛の男は小袋を何気ないしぐさで懐に入れると、「少し待っていろ」と言って離れた。

「何よあれは? 腐りきってるわ!」

 ナヴィンはいっそう剣を引き抜きたい気分になったようであるが、アレスはそれを押さえるように、

「当たり前のこと言うなよ。この国全体が腐ってるんだからな」

 と言ったが、それはナヴィンをいっそう激昂させたようであった。

 賄賂の甲斐あってか、責任者とやらはすぐに出てきた。ナヴィンが気を取り直して、自分たちを通すように言うと、

「王女殿下が即位なさるまでは、もうどなたもお通りになれません。悪しからず」

 と部下と同じようなことを続けて、さっさと帰ろうとした。ぷつり、と何かが切れた音がアレスの耳に確かに聞こえた。ナヴィンは、可憐な乙女の面を恐ろしい鬼面にすげかえて、鞘走りの音を辺りに響かせた。剣先を突きつけられてギョッとする門衛と上司。

「わたしはミストラス家の者だ。これ以上わたしと、わたしがお連れした方を愚弄するなら、ミストラスの名に置いて貴様らを斬る」

 周囲の気温を急激に落とすような裂帛の迫力に、さすがのコンビも震えが来たようである。

「お、お待ちください。もうすぐボスが帰りますので」

「あなたが責任者じゃないの?」

「ち、違います」

 アレスは門衛の男を見た。金を受け取ったのに、約束を守るつもりなどなかったというわけだ。なかなかやってくれる。

「門の中で待たせてもらうわ」

「そ、それは……」

「わたしだけでいいから入れなさい」

 そう言ってナヴィンはくるりと剣を回し、彼らに柄を取らせるようにした。剣を預け狼藉を働く意志が無いことを示したのである。おそるおそる剣を預かるようにした部下の男から目を放すと、

「少し待ってて」

 アレスに告げた。アレスはうなずいたが、「あんたの帰りが遅かったら、突破するよ」と何でもないことを言うかのような口調で言った。

 ナヴィンは不承不承ながら首を縦に振った。

 それから一時間が経ったわけである。

 エリシュカだけではない。そろそろアレスも飽きてきていた。

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