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第138話「少女の見る夢」

 無事、「暗黒の森」を脱出することができて、アレスはホッとした。そうして、安堵した気持ちをすぐに引き締めた。森を抜けたからと言って安全だという保証はどこにもない。そもそもは、森自体からして安全だという話だったのだから、もうそこからして話が違うわけであって、「王都近くは安全領域」などという原則は信用するに足りない。

「ホントに物騒な国だなあ。防衛の要に、堂々と地下組織を名乗るヤツラが棲みついてんだもんなあ」

「さっきの人、本気だったんでしょうか?」

「もし本気だとしたら、なめられきってるな。ヴァレンス王家は」

 客車の戸が開いて、エリシュカが顔を出した。

「オソ、代わって」

 その短い言葉が何を意味しているのか、アレスには分からなかったが、隣の少年には分かったらしい。

「アレス、御をお願いできますか?」

 そう言ってオソは、手綱をアレスに預けようとした。今日は朝からオソが御を行っている。なので、交代することにはやぶさかではないが、なにか釈然としないものを覚えるアレスである。オソは手綱をアレスに預けると、御者台を乗り越えて客車の戸へと向かった。

「ありがと、オソ」

 エリシュカが満足したような声を出す。「いえ」と返すオソ。アレスは前を向いたまま、後ろに向かって、

「ちょ、ちょっと待てよ。オソ。お前、いつからエリシュカの舎弟になったんだよ」

 声を大きくしたが、答えは客車の戸が閉まる音のみであった。アレスは、自分の隣に現れた少女に、問うような視線を向けた。

「オソって優しいね」

 エリシュカは明るい声で言ったが、アレスの意見は彼女とは違った。オソが、アレスを犠牲にしてまでも、エリシュカの言うこと従ったのは、彼女に気があるのでなければ、恐ろしいからに違いない。ついこの間までは、無口で朴訥(ぼくとつ)な少年だったのに、いつの間にか処世術まで身につけている。その成長ぶりに、

――オレを置いて行かないでくれ、オソよ!

 焦りを覚えたアレスは自分も成長しようと思った。それはもう成長しまくろう! 大人の男になるのだ!

「アレス」

「なんだ~い? ハニ~」

 アレスは風に散るチリのように軽やかな口調で己の大人像の一端をのぞかせたが、エリシュカはお気に召さなかったらしい。アレスは足を踏まれた。

「王都に着いたら、その後どうするの?」

 そう言ったエリシュカの口調に固さがある。アレスはふざけた態度を改めて、到着後は王女に面会を乞い、その後、エリシュカの死病を癒すサージルスの石という魔法のアイテムの借用交渉に入る、と返した。

「あっちが貸す気がなかったとしても、何としてでも石は手に入れる。だから心配するな」

 アレスは、エリシュカの小さな頭に片手を伸ばした。

「別に心配してない」

 アレスの手は宙で止まり、そろそろと手綱へと戻ろうとした。それを、

「その後はどうなるの?」

 エリシュカの白い手が取った。

「その後?」

「病気が治ったあと」

 正直に言えばそこから先のことはあまり考えていなかった。とりあえずエリシュカの死病を癒すことが、今のアレスにとっては一つのゴールだったからである。それを首尾良く達成できたとして、そのあとはどうするか。アレスが考えていた時間は長くはない。

「そっか。美人のお姉さんの件があったな。そのことか?」

 ミナンの研究所時代にエリシュカの面倒を見てくれた女性が、現在ミナン王都にいるらしい。そうして王都にいるのはその女性の意志ではない。病気が治ったあかつきには彼女を助けたい――エリシュカ流に言えば、「殺したい」となるが――ということかと、アレスは思ったのだったが、

「それはそうだけど……」

 と言って口を濁すエリシュカ。

「わたしが言いたいのはそういうことじゃない」

「じゃあ、何だよ?」

「考えて」

 アレスは考えてみた。そうして分かったのは、この白髪の少女が結構な無茶ぶりっ子だということだけだった。答えないでいるアレスの手がぎゅうと握られた。

「待ってくれ。今、考えてるよ。キミの病気が治ったらだろ? その後、どうなるか? ……分かった!」

 アレスは、エリシュカの期待の眼差しを受けながら、言った。

「キミはオレに感謝する。『ありがとう、アレス、チュッ』みたいな感じでさ。いやあ、照れるなあ」

「指、へし折ってもいい?」

「ごめんなさい!」

 エリシュカはアレスの手を放すと、自分の腕を彼の腕にからませて身を寄せた。

 少女の体温を感じるようでアレスは一気に気恥ずかしさが頂点に達したが、常に無いエリシュカの所作に恥ずかしがっている場合ではないということに気がついた。

「置いてかないでね」

「……え?」

「死病が治ったあと、わたしを置いていかないで」

 エリシュカの声はかすかに震えているように聞こえた。アレスの気持ちはすっと落ち着いたものになった。置いてかれる夢でも見たのか、と問うと、エリシュカはコクンとうなずいた。

「この頃ずっと見てる。アレスがいなくなる夢」

「おい!」

「そうじゃない。死ぬわけじゃなくて、わたしの前からいなくなる夢よ」

――それ、心の奥底で、オレがいなくなることを願ってるからじゃ……。

 と思ったアレスだったが、口には出さなかった。

 エリシュカが口をつぐんだので、しばらくアレスは引っ付かれたまま馬車を走らせていた。

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