第137話「優先順位を守りましょう」
「あんたらもそんなガキどもほっといて、早くここを離れた方がいいぞ」
ルジェとオソがそれぞれ御者台についてすぐに出発準備を整えたとき、アレスの口から忠告の言葉が飛んだ。飛んだ先にいるのは、渋面のナヴィンである。どうやら、アレスの忠告に従ってここをすぐに離れるか、それとも、二十人からのナントカ団を捕縛して連れていくか、という、アレスからすれば考えるまでもない二択で迷っているらしい。
「出せ」
アレスは短くオソに告げた。すぐに、馬車の車輪が回り出す。ルジェの馬車は既に先行している。
アレスにはナヴィンの判断を待ってやるつもりはない。別にナヴィンは仲間というわけではないし、彼女という水先案内人がいなくても、王都まではただ、伸びている街道をたどれば良い。特にナヴィンを必要としているわけではないのだ。
「いいんでしょうか?」
隣からオソが言う。このままナヴィンを置いて行っていいのかということである。
「いいんだよ。もし必要なら、お前が言った通り、城門を力づくで突破するだけの話だ」
「いえ、そうではなくて、まがりなりにもこれまで守ってくださった方たちですから」
「それがヤツラの仕事だ」
「そうかもしれませんが……」
オソは言葉尻を濁した。
「何だよ。ナヴィンに惚れたのか?」
「真面目な話です、アレス」
オソは声音を緊張させた。アレスは、「あまり速度を上げるなよ。さっきの地下組織とやらに、街道上に何か仕掛けられてないとも限らないからな」といったん話題を逸らしてから、
「オソ。優先順位を間違えるな」
と固い声を出した。
「優先順位……ですか?」
「そうだよ。目に映る全てのことを全部できる場合はいいさ。ただ、できない場合は、優先順位をつけなきゃいけない。そうしていったんそれをつけたら、それを守るんだ。そこを間違えると、大変なことになる。オレにとっての今のところの一番の優先順位はこのパーティで無事、王都ルゼリアまで行くことだ。ナヴィン隊がどうなろうとどうでもいい……とは言わなくても、あいつらのことに関する順位はかなり低い」
オソは一応納得した様子を見せた。アレスは苦笑した。おそらく心から納得はしていないだろう。だが、それでいい。人の言うことをただ鵜呑みにして復唱しているだけでは成長は見込めない。噛み砕いてその味を十分に味わったあと、それが自分に合えば飲み込み、合わなければ吐き出す。人の話を聞くときはそういう態度でなくてはいけない。
「ていう説教を、昔、誰かに聞いた気がする」
オソは微笑んだ。「今はあなたの言う通りにします」
「そうしてくれると助かる。ま、一番良かったのは、あのナントカ団っていうクソガキどもを殺すっていうナヴィンの主張を受け入れることだったんだけどな。そうすれば、あとくされがなくなる上に、ナヴィンたちも引き続き警護に当たってくれてたわけだから」
「しかし、それは――」
「いや、実際そうしたって、オレは構わなかったんだ。ナヴィン隊に義理が無いのと同様、ナントカ団に義理なんかないからな」
「え? じゃあ、どうして止めたんですか?」
オソは、爆華団との戦闘中にナヴィン隊の突撃を止めに行かされた件と合わせて尋ねた。爆華団を殺させないのは、全てアレスの博愛精神から来ているものとばかり思っていたのだが、本人はそうではないという。
「こっちにはいたいけな乙女がいるからな。その子に人殺しなんか見せたくなかっただけだよ」
アレスは事もなげに言った。それをオソは、アレスの照れ隠しであるととったのだが、
「まあ、そう取ってもらえるってことは、オレに対するイメージが良いってことだから、これ以上は否定しない方が良さそうだな」
返ってきた言葉の調子がやけに平板なものだったので、真意を計りかねた。
明るい街道には葉の影が落ちて、そよ風が吹くにつれてその影がゆらゆらと揺れた。森は、やわらかくのどかであり、そのふところに賊を隠しているようにはとても思えなかった。
「隊長が走ってきてるけど」
客車の戸が開いて、エリシュカが顔を覗かせた。
「何人付いてきた?」
「一人で来てる」
ということは、おそらく賊の処理を副長に任せ、自分だけ追って来たということだろう。
馬車の横に馬を並べるナヴィンに、アレスは車輪と蹄の音に負けないように声を張った。
「仲間と最後のお別れをしたか?」
「何を言ってるの?」
「そういう可能性もあるってことだ。あのシブノブって組織が本気になったら、あんたらなんかすぐにやられるぞ」
ムッとした顔を見せるナヴィンに、アレスは、「あんたご自慢の『竜勇士団』もヤツラにやられたわけだしなあ」と付け加えてやった。
「そんなことは、彼らが勝手に言っているだけ! わたしは信じない!」
ナヴィンは叫ぶように言うと、
「王都まではこれまで通り、わたしが案内する!」
そう言うと、馬の速度を上げて、ルジェの馬車のさらにその前に出た。
それからしばらくすると、森が切れて、視界が開けた。