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第134話「爆華団よ、永遠なれ」

 少し離れていたところで見守っていたナヴィンは、アレスたちと賊の全体を俯瞰(ふかん)できる位置にいたので、ヤナを取り押さえていた悪漢が急に腹部を押さえて地面に膝をついたのが見て取れた。賊の仲間たちがそれを不審に思う前に、ヤナの細身が消えたようにナヴィンの目には映った。無論、消えたわけではなく、瞬時に移動しただけである。しかし、離れているところから見ていてなおその動きだとすると、まして近くにいた者たちからすれば、実際に消えたように見えたに違いない。

 それから先起こったことは、ナヴィンの想像を遥かに超えていた。賊が異変に気がつく前に、ヤナは既に三人の少年たちを昏倒させている。みな、一撃。どうやら、彼女は拳闘術の使い手らしい。無手で敵を倒す武術である。ようやく異変に気付いた賊たちだったが、咄嗟の対応はできない。か弱げな乙女が、突如として鬼神と化したのだから無理からぬところである。その対応の遅れを見逃すような甘さは全くヤナには無いようだった。体を半回転させて地面に体を倒される少年、二人。馬にでもひかれればそういうリアクションになるのかもしれない。

 地に伏して体をモゾモゾさせて苦鳴を上げている賊を見もせずに、少女は泰然として落ち着き払っている。焦る必要など全く無いのだ。動きが違い過ぎる。彼女の動きは明らかに修練を積んだ動きだった。それも、一年や二年ではない。十年、二十年と入念に磨きこまれた(わざ)である。見かけより年取ってるのかもしれない、とナヴィンは思ったが、年齢をヤナに訊いてみる気は起きなかった。軽はずみをすれば命に関わりかねない。

「と、捕えろっ!」

 ようやく最年長の青年が周囲に命令を下したが、その命令は判断ミスと言うべきだろう。明らかに実力差がある相手にただ向かっていくのでは被害が広がるばかりだ。事実、すぐに襲いかかっていった少年二人が、首をねじ切られるような一撃をそれぞれ頬に受けて、ふらりふらりとしたところ、足をもつれさせて地に沈んだ。それが正解である。一撃耐え忍ぶガッツを出せば、もう一撃受けることになって歯が抜け落ちるリスクが高くなるだろう。もっとも、今の一撃で一、二本抜けたかもしれないが。

 残り十人強。ここで、やっとナヴィンは自らの役割に気がついた。人質を取られて静観していた彼女だったが、人質はもう人質としての用を為していないのである。であれば、ここで指をくわえて見ている必要はない。周りにいる仲間に目くばせしてから、

「突っ込むぞ、賊をみな斬り殺せ!」

 と声を上げようとしたその瞬間に、「来ないでくださいっ!」と叫びながら、走り寄ってきた人影があって、ナヴィンは言葉を飲み込んだ。自分の前に現れた少年を見て、

「どういうこと?」

 とすばやく声をかける。

 オソは、「すぐ済みますから、ここで待っていてほしいとアレスが」と答えて、こちらを押しとどめるようにして両手を広げた。

 「来るな」ということは助けが要らないということである。納得のいかないナヴィンであったが、もっと分からないのは、オソ少年がどうやってここまで来たのかということだ。彼は確か自称勇者とともに賊に囲まれていたはずだが。しかし、その謎はすぐに解けた。アレスを囲んでいた少年たちは、綺麗に街道上に転がっていた。転がしたのは、アレスの剣である。おそらくナヴィンが仲間と目語したわずかな時間に、周囲にいた四五人の少年たちを綺麗に片づけていた。認めたくないことだが、なかなかの手並みである。

「く、来るなっ! こいつを殺すぞ!」

 まるで暴風になぎ倒されるかのようになすすべ無い仲間たちにようやく危機感を覚えたのか、最年長の青年がズーマに向かって剣を突きつけていた。既に残りの仲間は彼を含めて五人になっている。それを聞いたアレスとヤナはぴたりと動きを止めた。

「へへ、へっへっへ。そうだ、そのままにしてろ。そうしないと仲間が死ぬからな」

 銀髪の青年はまったく戦闘には向いていない優男であり、そこに賊の青年は活路を求めたのだった。

「おい、お前、武器を捨てろっ!」

 アレスに向かって言う。

 アレスは首を横に振った。そして、一言。「いやだね」

 賊は呆気に取られたようである。それから、

「な、仲間が死んでもいいって言うのか?」

 口から唾を飛ばすような勢いで言った。

「やれよ」

「ハ……?」

「やってみろ。やれるもんなら」

 アレスはどうでもいいような調子の声を出した。賊の青年は腕を震わせ始めた。

「馬鹿にしやがって、本当に殺すぞ!」

「だからやれって言ってるだろ。オレは手出ししないぜ。ヤナ! お前も動かなくていいからな」

 ヤナは肩をすくめた。ズーマの実力を見たことが無いので少し心配していたのだが、アレスがそういうなら大丈夫なのだろう。五対一で、しかもルジェとターニャという足手まといがそばにいるのだから、仮に戦えるとしても大分、分は悪いと思うが。

 やると言った手前、引っ込みがつかなくなったのだろう、青年は目をぎらつかせてズーマを見た。

 ズーマは涼しげな目で青年を見返すと、

「死ぬ覚悟はあるのか?」

 静かに言った。

「……なに?」

「人を殺す気で剣を向けるということは、逆に殺されても仕方ないということだ。その覚悟はあるんだろうな」

「死ぬのはお前だ!」

「なるほど、覚悟はあるようだな。じゃあ、死ぬがいい」

 青年は剣を振り上げた。その瞬間、ズーマの艶のある唇がひそやかな言葉を生む。

「雷・陣!」

 その短い言葉が発せられた瞬間、剣を振り上げた彼だけではなく残りの賊たちも一様に体を大きくビクッとさせると、小刻みに体を震わせて、その後、足に力が入らなくなったかのように地面に倒れた。

 それが爆華団の終焉の時であった。

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