第133話「参上、爆華団!」
異変に気がついたナヴィン隊が馬車を救いに来るよりも、森の暗がりから現れた得体の知れない者たちの行動は速かった。なかなかの手際である。彼らは揃って薄暗い色をした粗衣を身につけており、しかし、手にした得物だけはなかなかキレイなものだった。剣に斧、槍など思い思いに手にした武器の鋼が、木漏れ日を弾いてきらきらしている。数は初めは十人程度だったのが、わらわらと増えて二十人ほどにはなっているようだ。
「どうやら盗賊じゃなさそうだけど、オレたちに何か用か?」
アレスは既に地に降りている。盗賊ではないと判断したのは、もし盗賊であるなら問答無用で襲いかかってくるはずだからだ。事実、ヴァレンスに入って三度盗賊に遭ったわけだが――それにしても何て国だ。治安悪すぎだろ!――いずれも唐突に襲撃してきており、
「黙ってろ! 動くなよ」
武器をちらつかされて脅しめいたことをされることも無ければ、
「止まれ、騎士ども! そこで止まらなければ、こいつらを殺す!」
勧告めいたことも無かった。
ナヴィンは手を上げて仲間を止めた。王子の護衛が彼女の任務である。ナヴィンも既に馬を降りている。
――何なの、彼らは?
ちょっと信じられない思いでナヴィンは襲撃者たちを見ている。この辺りは、王都を守備している「竜勇士団」のテリトリーである。ヴァレンスのどこよりも安全な地域のハズだ。にも関わらず、現状は、護衛対象を見事に囲まれて恫喝を受けている。ナヴィンは歯噛みした。二台の馬車は整然と取り囲まれており、彼女にできるのはチャンスを窺うことだけである。
剣を突きつけられた格好になっているアレスが考えていたのは、この中の誰がリーダーなのか、ということである。自分ひとりであれば、適当に暴れまわっても良いが、すぐ近くに連れがいるので無茶はできない。襲撃者たちが、暴れ回るアレスを無視して組しやすそうな方に向かうかもしれないからだ。とすれば、的確に敵の急所を押さえる必要がある。
「なに、きょろきょろしてんだよ、テメエ!」
アーン、と顔を歪めながらガンくれするようなヤツは小物中の小物である。アレスは目前にいる青年を無視した。ざっと見渡してみたところ、大した気を放つ者がいないので、アレスは首をひねった。
「なにシカトこいてんだあ、おい!」
元から大したことのない顔をさらに醜くして青年が言った。年は、アレスよりも少し上というところだろうか。アレスは落ちついた視線を青年に向けた。青年は、やけにアレスが悠々としていることに不審を抱きもせず、隣にいた仲間に、「ハ、ブルってやがる。背中の剣は見かけ倒しかよ」と言って、ケヘヘと笑った。
「いったいあなたがたは何者なのです?」
ルジェの声がした。少し離れたところに停まっている馬車の前で、ルジェはターニャをかばうようにして立っている。その近くに、どこか楽しそうな様子で微笑を浮かべているズーマ。ズーマの影に隠れるようにしているヤナが見えた。一方こちらでは、アレスの隣にオソが緊張した顔でおり、後ろでエリシュカがあくびをかみ殺していた。
一団の中で最も年長……と言っても、二十過ぎくらいの若さの男が、死にたくなければ金を出せ、とアレスの前にいる不良少年よりは幾分落ちついた声で言った。アレスたちが素直に命令に従う素振りを見せると、
「それと女だ」
そう言って、男は、アレスパーティにいる三人の淑女を吟味したのち、
「子どもを連れて行っても仕方ない。お前だ」
顎をしゃくった。その先にヤナがいる。近くにいた仲間は下卑た笑みを浮かべながら、ヤナの腕を取った。
「放して! 放してください!」
ヤナの抵抗はか弱い。男に軽く引っ張られると、まるで乙女のようなはかなさで、そのまま少し離れた場所に連れていかれた。
「アレス、助けてっ!」
悲痛な声が森の中にこだました。
アレスは、突きつけられた剣をものともせず一歩前に出ると、「ヤナをどうするつもりだ! お前たちは一体何なんだ?」と大声を上げた。
「聞いて驚け。俺たちはなあ、この森を根城にしている爆華団だ。爆華団の目的はなあ、この国を正すことだ。この国は腐っている。俺たちがこの国を潰して、新しい国を作るんだあ」
へっへっへと酒に酔っ払っているかのような口調で声を上げた少年のその頭のほうが腐っていると思われた。国を正すよりもまず自分を正した方が良いだろう。旅人から金銭と女を巻き上げようとしているヤツラの口が国を語るとは笑わせる。
アレスはちらりとズーマを見た。ズーマは肩をすくめたようである。どうやら、ズーマの興味は尽きたらしい。ズーマの酔狂を満足させるには、彼らの底はあまりに浅すぎたようである。
アレスは、少し離れたところにいる最年長の青年に、必死に訴えた。
「頼む。金はやる。でも、ヤナは……その子は返してくれ。オレにとって大切な子なんだ!」
「へへへ、諦めな、色男」
目の前にいる少年がさもおかしそうに笑った。
「アレス!」
「ヤナ!」
ヤナとアレスが互いの名を呼び合った。二人の声は、まるで死の際にある鳥の鳴き声のように悲痛であった。
良い見世物に男たちは笑い出した。その笑い声があまりに大きかったので、一人の男が「げう!」と呻く声は、かき消されて聞こえなかった。