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第131話「ヴァレンス王都へ パート4」

 翌朝ターニャは医師の見立て通り、元気になった。もし彼女の不調が続く場合、パーティを二つに分けて、ここに残る組と先を急ぐ組で別れようかと思っていたアレスはホッと胸をなで下ろした。

「仮にターニャの具合が良くなくても、何もパーティを二つに割る必要まではないだろう。一日二日使って、ターニャの回復を待てばいいだけの話だ」

 ヤナが小声で言った。ターニャの回復を告げたところ、アレスから思いもよらないことを聞かされてヤナはびっくりしていた。二人は朝食の部屋の隅に立っている。他の仲間たちは、半分寝ぼけながら、早めの朝ごはんを取っていた。

「一日だって待てない。エリシュカの死病はいつ再発するか分からないからな」

「え? だって、半年は確実に持つんだろ?」

 ズーマのかけた呪文の効果で、エリシュカの死病は半年はその進行を食い止められるハズである。

「ヤナ。この世に確実なことなんかそうそうないんだ。オレは少しでも早くあの子を解放してやりたい」

 アレスの口調は静かであった。その静けさが彼の真情を表しているようで、それを聞いたヤナの胸に綺麗な音色が響いた。

「おまえ、やっぱりいいヤツだな」

「ただ、もの好きなだけだよ」

「なんだ、照れてるのか? らしくもなく」

「べ、べつに、そ、そんなことは無いでゲスよ」

「どもってるぞ。しかもなんだよ、『ゲス』って」

「語尾に『ゲス』をつけるのが、ヴァレンスの流行りでゲス」

「ウソつけ!」

 部屋の戸が開いて、早朝の透明な光の中、ルジェに手を取られたターニャがしずしずと進んできた。それから、朝食のテーブルの前まで来ると、「ご心配をおかけしました」と小さな頭を下げる。テーブルに近づいていったアレスとヤナにも、ターニャは謝罪した。

「王都まであと一日ちょっとだ。もしまた気分が悪くなることがあれば、ヤナかルジェに言うんだ。ズーマでもいい」

「ハイ、勇者様」

 アレスは、隣にいるヤナを見た。「聞いた、今の?」

「さあ」首をひねるヤナ。

「もう一回言ってくれない、ターニャ」

 え、と困惑しているような少女に、もう一度同じセリフを繰り返してもらうよう、アレスは頼んだ。

「どのセリフですか、勇者様?」

「ソレ!」

 ガミ市からこっち、ターニャの相手はルジェがしており、アレスはほとんど話をしなかったわけであるが、こんなことならもっと早く話をしておけば良かったと思った。

「『勇者様』か~。なんていい響きなんだ。思えば、これまで全然そんな呼ばれ方されたことなかった。みんな、アレス、アレスって馴れ馴れしいんだよなあ、ホント。良し! みんな聞け。これからは、オレのことを、『勇者様』と呼ぶこと、いいな!」

 隣のヤナは馬車を見てくると言いその場を離れ、食卓からは食事の音だけが響いてきた。どうやら誰もアレスのことを尊称で呼ぶことに賛成する人間はいないらしい。がっかりしたアレスは、ターニャに向かって、

「アレスでいいよ」

 と己の負けを認めた。

 朝食が終わったあと、一行は出発した。夜のうちに雨はやんで、洗われた大気には清々しい匂いが満ちていた。王都までは多少起伏があって、大きな森の中を抜けたりしなければいけないが、険路では無いらしい。どことなくナヴィンの顔に安らかな色があって、いつものトゲのある感じではないので、小休止の時に話しかけてみたところ、

「このあたりは王都の守備隊の警備範囲なの。だから、この国のどこよりも安全なのよ」

 という答えが返ってきた。なるほど余裕のある顔色も納得である。

「竜勇士団か?」

 ナヴィンはハッとした顔を作った。「知ってるの?」

「元々は王の親衛隊だろ。身分の別なく実力で編成された部隊だ。王亡きあとやることと言えば、王女を守るか、王都を守るかしかない」

「あなた、宮廷に仕えていたことがあるの?」

「当たり前だろ。オレは勇者だぞ」

「それは信じない」

「あんたは王女に面識があるのか?」

「一度直接お声をかけてくださったことがあります」

 ナヴィンは夢見るように瞳を輝かせた。

「クヌプスの乱の時は?」

「領地を守っていて、従軍はできませんでした」

 口惜しそうに言うナヴィンに、アレスは、その方が返って良かったなと言って彼女のまぶたをぴくぴくさせた。

「国の為に命を捨てることになるなんてアホらしいからなあ」

 アレスは火に油を注いだ。

「何がアホらしいの。それが貴族の本懐でしょ」

「死にたかったのか?」

「王女殿下の為に死ねるのなら本望よ」

 周りにいたナヴィンの部下たちも、口々に隊長に同意した。

「クヌプスが死んで一年、何にもしていない割にはやけに慕われてるんだなあ」

「口に気をつけなさい。殿下への侮辱は許さないわ」

 ナヴィンは清々とした顔の割には血の気が多い。既に剣の柄に手を当てている彼女を、アレスは押しとどめるようにした。

「落ちつけよ」

 それから、ひとり言のように、

「まあ、何か考えがあるんだろうな。あいつがただ一年の間、バカみたいに喪に服すなんてことは考えづらいからなあ」

 言った。

「あいつ……ですって!」

 ナヴィンの腕に力がこもる。

 隊長の華麗な剣技の餌食になる前に、アレスはいちはやく馬車へと戻った。

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