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第128話「ヴァレンス王都へ」

 小鳥の歌声と太陽のキスでアレスは優雅に目を覚ました。毎晩悪夢を見ることができるという誰からも全く評価されることのない特殊能力はなぜか昨夜に限って発揮されなかったようである。すっきりと起きることができて元気いっぱいだった。今から、魔王とでも戦える気分である。

――今日はいい日になりそうだ!

 と、そこで、隣からすーすー言う寝息を聞いて、アレスはドキリとした。ため息をついたアレスは、朝日の中で白髪をいっそう白くさせているエリシュカを見た。気持ち良さそうな顔ですやすやと眠っている。ベッドは賓客用に作られていて随分と大きい。二人で寝ていても悠々なサイズだった。もぐりこんで来られても、ゆっくり眠れたわけである。

 それにしても何でこの子はオレのベッドに入ってくるのか。アレスは少女のほっぺたをツンツンした。エリシュカの可憐な口元からクスクスという小さな笑い声が上がった。前にも同じことがあったので、アレスは動じなかった。アレスはベッドを出て、エリシュカの寝ている姿を外から眺めた。起きているときは大分憎たらしいが、横になっている姿は繊細な乙女そのものである。アレスはそのままじっとエリシュカを見ていたが、おもむろに仲間を起こし始めた。

 市長邸に勤めるコックが腕を存分にふるった豪勢な朝食後、アレスは昨夜の件をナヴィンに確かめた。

 ナヴィンは苦り切った顔で、仲間を置いていくという決断をしたことを答えた。

「結構だ。隊長」

 アレスは平然としている。ナヴィンの周囲にいる隊員たちが恨みのこもった視線を向けてきたが、あいにく、アレスの面の皮はそんな視線で傷つくほど薄くはない。そんな鉄面皮男を正面からナヴィンは睨みつけた

「あなたの言う通りにするけど、昨日あなたが言ったことは忘れない」

「忘れろ。大したことは言ってない」

「わたしの仲間を足手まといだと言った」

「事実だろ。盗賊ごときに遅れを取るようでどうやって国境を守れる? もういいか? 出よう」

 憎悪の炎を瞳に燃え立たせているナヴィンをおいて、アレスは仲間に合図をした。まだ食事を取っていた仲間は慌てて席を立った。アレスは、寝ぼけまなこを指先でこすっているエリシュカに近寄ると、体調を尋ねた。エリシュカは変な顔をした。アレスが何を訊いているのか分からなかったのである。

「眠い」

「そういうことじゃない。具合が悪かったりはしないか?」

「いつもとおなじ」

「じゃあいい」

「……具合悪いって言ったらどうなるの?」

「訊いてみただけだ。体調は普通なんだろ?」

 突然エリシュカは廊下でかがみ込んだ。立ち止まったアレスはため息をついた。余計なことを訊いてしまったのは、旅の目的地である王都に近づいているがゆえの緊張感だろうか。

「エリシュカ」

「う、うう、クルシイ」

 うつむいたエリシュカの口から明らかな演技過剰のセリフが吐かれた。アレスがそのまま歩き去ろうとすると、「くーるーしーいー」という本当に苦しい人間には言うことのできないであろう間延びした声が上がった。挙げ句、立ち上がると、

「苦しいって言ってるでしょ!」

 エリシュカは仁王立ちになった。そうして、両手を挙げた。

 アレスは横を通り過ぎようとしていたズーマに背に帯びていた剣を預けると、エリシュカに背を向けた。アレスは背中に少女の温もりを感じた。アレスは周囲にいる仲間たちに、「何も言うなよ」と命じた。そのまま、アレスはエリシュカを背負って馬車まで歩いていった。

 出発である。これまで通りナヴィンが先導をつとめた。

 空は薄曇りである。

 アレスはルジェの隣に腰を落ち着けた。それを少し恨めしげに、ターニャが見ていた。

「来ないな」

「何がです?」

「あの翼の馬に乗った子どもだよ。すぐ来るようなこと言ってたろ」

「ソイロは来ません」

「どういうことだ?」

「テバーンは国の機密事項です。ボクを探しに来るために使ったみたいですが、無事だと分かった以上、もう使わないでしょう。ティアはそういう判断ができる子です」

「秘密兵器ってことか?」

「そうです」

「ルジェ、あんたはミナンを強くすることを考えてる。それ自体は間違ってない。ただ、それがエリシュカを生んだ。そのことについてはどう思う?」

 ルジェはハッとした顔をして、それからしばらく黙り込んでいた。沈黙は良い答えではない。

 やがてルジェは口を開いた。しかし、言葉は出てこない。ルジェの口は閉じて、少ししてまた開いた。

「ミナンを強くする。国の為に尽くすことがボクの生きる道です」

「……分かった」

 アレスのうなずきは重い。

「ルジェ。あんたのことは友だちだと思ってる。しかし、あんたのやることが第二、第三のエリシュカを産み出すとしたら、オレはあんたや、あんたが尽くしているミナン国を許さない。オレの持っている全ての力であんたらを潰す。それは覚えておいてくれ」

「……アレス、突然どうしたんですか?」

「さあね。ちょっとナーバスになってるんだ。だが、言ったことは本気だ」

「あなたと戦いたくはありません」

「オレもだ」

 王都ルゼリアまで順調に行けば、あと三四日というところである。

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