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第121話「ヴァレンス貴族の常識的感覚」

 ガミ市の南門近くで、アレスたちは先頭の騎士集団に追い付いた。一時停止して、アレスたちを待っていたのである。アレス達は速度を落とした。目と鼻の先に大きな市門がある。

 騎士集団のリーダー、ナヴィンが馬を、オソの馬車に並べた。他の馬は前をゆっくりと歩き始める。

「なぜ南門から入るんです?」

 心から不思議そうな声が隣からかけられた。

 アレスはナヴィンの顔に目を向けると、

「敬語をやめたら教えてやるよ」

 と答えた。ナヴィンは生真面目な顔のまま、「どうして南門から入るの?」と訊き直した。

「仲間にこの国の紹介をしたいからさ」

「どういうこと?」

「どうもこうもない。南門近くがこの国の現状をよく表しているってことだ」

「意味が分からない」

「だろうな。貴族のあんたには分からないだろうってことが、オレにはよく分かる」

 そう言ってアレスは口を閉ざした。門がもう迫っていた。ナヴィンは馬を駆けさせると、一団の一番前へと出た。いつの間にか後ろの騎馬隊も追いついてきて、馬車のすぐ後ろについている。馬車は、前後の騎馬隊にしっかりと護衛されるような形となった。

「ヴァレンスへようこそ」

 南門をくぐり抜けるとき、アレスが言った。隣で御をしていたオソは、目を瞠った。

 大通りがすっと北へ向かって伸びている。その通りを埋め尽くすような勢いで、市民がたむろしていた。みな揃って貧相な身なりである。ぼろぼろの衣服から痩せこけた手足を出して、生気の無い目で物珍しそうにこちらを見ている。目に入る建物や家屋もその主と同様お粗末なもので、まるで子どもが手すさびに作ったおもちゃの家がそのまま大きくなったかのような粗悪な作りだった。

「平民ってのは、この国の貴族連中にとっては人間じゃないんだ。言わば、虫みたいなもんだよ」

 オソは背筋を震わせた。アレスの声は何の感情も込められていないように聞こえた。それが感情を押し殺しているかのようで、かえって緊迫感を感じた。

「虫には似合いの住みかがあるってことだろうな。『不浄な』南の地区に集められるんだ。ここでは満足な食料も得られず、病気になっても満足な治療を受けられず、ただ生きて死んでいく」

 道の先払いをする騎士集団から怒号が聞こえてきた。

「どけ! 邪魔をするな!」

 まるで幽鬼のようにゆらゆらと歩いてきた貧民たちは、口々に「お恵みを」「ご慈悲を」とけっして大きくはないのだが奇妙に響く声で言ってきた。それを追い払うために騎士たちが声を張り上げているのである。オソはぞっとした。死肉に群がるカラスのように貧民たちは続々と周囲から集まってくる。息がつまりそうだった。

「この光景がヴァレンスでは普通なんだ。どこの町に行ってもおんなじ光景が広がっている」

「……どこでも?」

「そうだ」

 オソは信じられない顔をした。この悪夢のような光景が特別でないのだと言う。オソの生まれ育ったイードリ市にも、もちろん貧しい地区はあったが、それは富裕層に比べれば相対的に貧しいということであって、生活していけないようなものではなかった。

「オヤジさんを誇りに思うんだな。それは市長の手腕だ」

 先頭の騎士たちが剣を抜いたようである。道の障害になっている貧民たちにたまりかねたのだろう。

「ナヴィン!」

 アレスは叫び声を上げた。振り返った女隊長に「斬るな!」と厳しい声を投げた。ナヴィンは、一瞬嫌な顔をしたが、すぐに周りの部下に向かって市民を斬らないように命じた。剣を振り上げて威嚇する騎士たちと、金欲しさに寄ってくる貧民たちの力は拮抗し、馬車はなかなか前へ進まない。それでも少しずつ進んでいるうちに、やがて徐々に道が綺麗になって、貧民たちがはけてきた。市の中央部を過ぎたのである。ここから先は富裕層の住む地域だった。日はすっかりと落ちて、周囲には闇が広がっている。

「危うく汚民どもに身ぐるみをはがされるところだったわ」

 ナヴィンが、馬車に並びながら苛立ちを押し隠そうとして失敗したような中途半端に尖った口調で言った。

「汚れた民……か。あんたらは彼らのことを同じ人間だとは思えないんだろうな」

「同じ……?」

 ナヴィンは絶句したようである。何を言われているのか分からないのだということが、アレスには良く分かっていた。

「……これから市長邸まで行き、今夜はそこで泊めてもらうことにしようと思うけど、異議は?」

「無いよ」

 ナヴィンはその場を去ったようである。ひとりで先行して市長に事情を話しに行くのだろう。

「少しがっかりしました」

 オソがぼそりと言った。

「何が?」

「ナヴィンさんに」

「惚れたのか?」

「真面目な話です、アレス」

「怒るなよ。ナヴィンの性格が悪いわけじゃない。むしろナヴィンは性格良い方だろ。ただこれは個人の性格がどうこういう話じゃないんだ。この国の貴族にとってはそれが普通なんだよ。オレたちの感覚がここでは異常なんだ」

「異常……ですか?」

「そうだ。ただその異常さはこの国を除いた他国の通常でもある。それにいつまでも気がつかないとしたら、この国はそう遠くない未来に滅びるだろう」

 アレスの声は夜のしじまの中に沈んだ。

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