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第120話「ヴァレンスの現状」

 親に叱られて今にも泣き出しそうな子どものように、グズグズとした空だった。

 曇り空の下を二乗の馬車が走る。

 ヴァレンス関を出てから一日が経っていた。

 王都ルゼリアまではお気楽な旅になりそうだった。少し前に騎馬の集団が見えて、後ろにも同数の騎馬集団がいた。国境警備軍である。どうやら本物らしい。動きが一糸乱れぬ整然さの中にあって、その辺のチンピラのそれではない。もちろん、以前に、良く統率の取れた騎士の集団に襲われたことのあるアレスとしては、それだけで彼らが本物の国境警備軍であるかどうか確信は持てないけれど、ここはミナンでは無い。おそらくは大丈夫だろう。そうすると、これは豪華な護衛付きの旅ということになって、道中の安全に注意する必要がかなり軽減される。

「ちょっと休めそうだな」

 アレスはあくびしながら言った。客車の中である。オソが御を行っていた。

 国境警備軍の長ナヴィンの手際もなかなか見事である。一定時間ごとに、前後に敵影が無いということを伝えてくる。わずらわしいと言えばわずらわしいが、それだけ丁重な扱いをしているということであるとも言える。少し話をしたところによると、彼女は貴族階級の出らしい。支配階級でかつ能力もある。

「それに、ちょっと可愛い」

 この世の不公平さが見事に具現したような娘である。

 そう感想を述べたあとアレスは横からほっぺたをギュウと引っ張られた。

「も、もちろん、エリシュカほどではないけどな」

 慌てて付け加えるアレス。しかし、ほっぺたの痛みはさらにひどくなった。自分の前で他の女を褒めて、しかも取ってつけたようなフォローの言葉を加えるような男に容赦する甘さはどうやらエリシュカにはないようである。エリシュカは、アレスの頬をちぎらんばかりに引っ張ってやって、それから手を放した。アレスは大げさに痛そうなフリで頬をさすった。

「リシュは優しいな。もっとやってやればいいのに」

 対面のシートで楽しげな声を出したのはヤナである。

「あおるなよ」

「あおってない。正当な権利だろ」

 アレスは渋い顔をすると、どうしてルジェの方の馬車に乗らないのかヤナに尋ねた。

「そう邪険にすることないだろ。リシュと二人きりになりたいのか?」

「あんたたち二人に囲まれたくないだけだ」

「両手に花だろ」

「花は何も話さないからなあ」

「でもあたしは話す。この国のことを少し聞きたい」

「何を?」

「ざっくりとその特徴を」

「貴族が支配する国だ。そして貴族ってのは革新を嫌う。新しくするってことは自分たちの利権を減らすことだからな。旧体にとらわれ、伝統に縛られた国。言わば、生きながら死んでいるような国だよ」

 アレスの激烈な言葉に、ヤナは鼻白んだ。「祖国のことをそこまで悪く言うか?」

「悪口じゃない。事実だ」

 アレスは淡々としている。

「この国のトップである王女はどんな人間なんだ?」

「さあ」

「隠すなよ」

「何とも言えないだけだ。会ってその目で見た方が早い。面白いやつだってことは保証する。ただ――」

「ただ?」

「どうやら政治的な能力は無いようだな」

「王女はまだ政治をしてないだろ。喪中なんだから」

「死んでるやつより生きているやつの方が大事だろ。それが分からないってことは能力が無いってことだよ」

 アレスの口調は峻烈である。しかし、それが彼なりの愛国心の表現であるようにヤナには思われた。そう感じるところにヤナのアレスへの好意がある。

 外からオソの声が聞こえてきた。

 どうやら定時報告の時間のようである。

 アレスが御者台へ出ると、馬が一騎、前方から走ってきて、馬車に並んだ。

「ガミ市が見えました。どうされますか?」

 年若い女の声である。隊にはナヴィンの他に二三人女性がいた。その一人である。

 どうするかというのは、そこで今日宿泊するかどうかということである。まだ夜になるまで時間がある。素通りして野営しても良いが、アレスは泊まることにした。雨の匂いが濃厚だったからである。

「西門から入ってください」

「南門の方が近い」

「知ってます。しかし、西門から入ることをお勧めします。誘導いたしますので」

「いや、南門から入る」

「アレス殿」

「南門からだ」

 アレスが強い口調で言うと、女騎士は「分かりました」と言って、前にいる集団に追い付いた。

「アレス、どういうことです?」

 二人のやり取りの意味が全く分からなかったオソが隣から口を出した。

 アレスは肩をすくめた。

「この国では北が聖なる方位なんだ。都市を作るとき、北側に市長の屋敷や治安上重要な建物が作られる。自然、北側の方が発展する。逆に南側は相対的に発展しない地域になって、貧民街などもそっち側に作られる。特に南門の近くが一番ひどくなる。でも――」

「何です?」

「そこにヴァレンスの真実がある」

 市をぐるりと取り囲む市壁が、しばらくすると見えてきた。

 先頭の騎馬集団は街道に沿ってそのまま進んで行った。アレス達もそれに続く。

 薄暗い空の下で市門がぽっかりと口を開けていた。

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