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間の話5「王子暗殺中止」

 人生というものは全くままならない。

 ゲイルード卿は嘆息した。

 整然とした庭の見える部屋の中である。一流の庭師がその技術の粋を凝らして刈り込んだ美しく装われた木々が、昼の柔らかな光の中でポーズを決めていた。

 ゲイルード卿はミナン国の貴族である。数年後に六十を控えているが、まだまだ意気軒昂(いきけんこう)、元気ハツラツ。卿の一族はミナンでは権勢のある一門で、かつて宰相を輩出したこともある名門だった。そして、また卿自身が次代の宰相になるのではないかというのが大方の予想である。というのも、卿はザノウ太子の太傅(たいふ)だったからである。太傅とは、王子の教育係のことを言う。ゲイルード卿は、ザノウ太子が立太子の儀を受けるずっと以前からの師であり、太子が最も信頼する人間である。太子が王になった場合、最も宰相に近い位置にいる。もちろん、太子の太傅であるからといって、高官になれるわけではない。太傅は普通、学者肌の人間がなるものであって、そうして、そういう人間は実際の政務を取ることとなるとほとんど役に立たないことが多い。いわゆる、学者バカというやつである。理論はご立派だが、実践に応用が効かない。しかし、卿は違った。理論を実践に活かす術を知る現実主義者であり、優れた政治家である。特に外交上の能力に秀でており、現在、周辺国と穏便な関係を保つための確かな力となっている。

 卿は一生をミナンに捧げてきたと言ってよい。そのことにいささかも後悔の無い自分がいることを卿は感じていた。良い人生だった。国にいくばくかの奉仕もでき、子や孫にも恵まれた。まだまだ老いぼれる年ではないにしても、いつ死んでも悔いはないという気持ちが卿にはある。ただし、唯一の心残りがあって、それが太子のことであった。

――太子が王になるのを見届けたい。

 教育係と言っても、師弟というよりは年の離れた兄弟のような感覚でゲイルードはいたし、太子自身も兄と慕ってくれていた。二人の間には余人をもって代えがたい絆があると信じている。それだけに、卿は太子が王になることを最も望んでいるのである。そうして卿の望みとは関係なく、太子が王になることはほぼ確実なことであると思われた。ミナンの現王はまだ矍鑠(かくしゃく)としているものの、寄る年並みに抗しながら大国三国に囲まれている危ういミナン国の政務を取り続けていくのは難しく、死を待たずして太子に位を譲るであろうと思われている。何事もなければ、太子が次代の王になることは確実であった。

――それなのに!

 卿は節くれだった拳をギユウと握り締めた。固い爪が手の平に食い込んだ。

 ルジェ王子暗殺未遂の話を聞いたのがつい先ほどのことである。ゲイルード卿は、大国ジフジールへ表敬訪問する任務があり、しばらくミナンを離れていた。その間の出来事であった。

 全く愚かしいにもほどがある行為である。卿は、ルジェの人となりを良く心得ている。国に忠、親に孝、兄には悌、民には仁。まだまだ青臭さが残るものの君子の香を漂わせる青年である。そんな人間が、兄から太子の座を奪おうとするだろうか。むしろ、兄の為なら喜んで捨て石になるくらいの性質である。太子が王になったあかつきには大いに太子のために働いてくれるであろう人間だった。それをみすみす敵に回すことにしたのだから、その愚かさたるやもはや天才の領域である。そればかりではない。太子がルジェ王子と敵対しているということが玉座や市井に届けば、王と民の不興を買う。さらにである。ゲイルード卿の不安はまだある。

――太古より、大成した者にはすべからく苦難が襲いかかった。

 ルジェに苦難を与えてしまったことが、彼から青臭さを消すことになるかもしれないと卿は危惧しているのである。

 どこをどう見ても今回の件は失策であった。おそらくはこれは太子の意志ではあるまいと思う。いや、最終的に決定したのは太子だとしても、太子に巧みに取り入ってその心に甘い毒を垂らした者がいるに違いない。それが気がかりである。単なる頭でっかちの奸臣(かんしん)であるならばまだしも、もしかしたら太子とルジェ王子を離間させて利を得ようとする者の手先であることも考えられる。すなわち、第二王子か第三王子。あるいは、敵国の。

 なんにせよ、これ以上ルジェ王子に対して過激な行為をすることは得策ではない。ルジェ王子の暗殺に一度失敗した以上、暴挙は慎むべきである。王子は死ぬはずのところを生き残った。聞いたところによれば、ヴァレンスの英雄の名を持つ少年が助けたということだが、これは大地の神が彼を助けたと思うべきである。大地の神を敵に回しては一国の王になれるはずが無い。神意というものをもっと畏れるべきである。

「旦那様」

 初老の召し使いが現れた。家を宰領している家宰である。

「殿下がおわしました」

「お通ししろ」

 ゲイルードは席を立つと、上座を空けた。

 諫言というのは楽しいことではないが、誰かがやらなければならない。卿は太子に対しては自分が初めにそれを行うべきであることを知っていた。

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