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第117話「ヴァレンス入国 パート3」

 エリシュカは怒っていた。

 寝ぼけながら幸せそうに知らない女の名前をつぶやいた今の件といい、先ほどの結婚の意志をあいまいにした件といい、その行為の不誠実さたるや、エリシュカの人生の中で間違いなくワースト1にランクインして、以降不動の一位を堅守し続けることだろう。

「ウラギリモノ」

 エリシュカはギュッとアレスの袖を絞った。

「ウワキモノ。人間のクズ。クソヤロー」

「そこまで言うことないだろ」

 アレスは苦い顔をした。

「ある」

「そういう、ちょっとしたことをネチネチ言う女の子は嫌われるぞ」

「ちょっとしたこと?」

「落ちつけよ、エリシュカ」

「わたしは落ち着いてる。カンペキに落ち着いてる。チョー冷静」

 エリシュカの目元には思いきり力が入っていて、とても言葉通りとは思えない。

 アレスは手を伸ばすと、指でエリシュカの眉根をほぐすようにしてみたが、効果は無かった。

 アレスはため息をつくと、「何が望みなんだ?」と諦めたように言った。

「約束を守って」

「約束は守る。オレは言ったことは必ず守る」

「誓って」

「何に?」

 エリシュカはちょっと考えてから、「わたしに」と挑むような声を出した。

「分かったよ」

「ちゃんと」

「ハイハイ」

 アレスが肩をすくめるようにすると、エリシュカはサファイアの瞳をキラリと、いやもとい、ギラリと光らせた。アレスの袖を引いて、もう一方の手を平手にする。少女の平手は当然に、少年の頬に向かっている。アレスは手の平で彼女のビンタを受け止めると、その手を取って指をからめた。

「キミは何が気に入らないんだ」

「何もかも」

「その年で全世界を相手にしてるのか。大変だなあ」

「世界は関係ない。あなたのことが気に入らない」

「夫候補なのに?」

「結婚してからしつける」

「どこでそういう言葉を覚えてくるんだ。女の子」

「ライザから教わったの」

「何度か聞いた名前だ。あんまり可愛い感じの性格の子じゃなさそうだな。紹介はいらない。……それでどうやって誓えばいいんだ? 手は両方ともふさがってるぞ。これじゃ、胸に手を置くことができない。誓いのポーズなしで誓って効果があるのか?」

「ふざけないで」

「オレからふざけることを取っちゃったら、何にも面白くない人間ができちゃうぞ」

「その方がいい」

「分かった。じゃあ、真面目にいこう」

 アレスは顔をエリシュカに近づけるようにすると、その目を覗き込んだ。

「オレたちの目的はヴァレンス王都ルゼリアに行くことだ。ルジェを届けて、それから『石』を手に入れる。その他のことは全部後回しだ。いいか?」

「わたしはそんなことはどうでもいい」

「確かにキミにとってはどうでもいいのかもしれない。でも、オレにとっては違う。今この瞬間で他の何よりも大切なことだ。だから何を置いても優先してもらう。昔の女の名前を口にしたってことでオレを責めたいなら後にしてくれ。額を地にこすりつける誓いのポーズもだ。今すべきことは、そこの寝ぼけたことを言ってる国境警備軍副長殿を殴ってここを出て、馬車に乗り込み一刻も早く王都を目指すことだ。いいな?」

 アレスは強い声で言って手を放すと、袖を放すようにエリシュカに告げた。エリシュカは眉根を寄せたまま口を開かないし、袖も放さなかった。アレスは、「きゃあ」と可愛らしい叫び声が上がるのに構わず、エリシュカを抱きかかえると、穀物の袋か何かのように肩に乗せるようにした。

「ここにいても時間の無駄だ。出るぞ」

 アレスはビシッと皆に告げたが、女の子を担いだままキメようとしてもキマるわけがない。みな、気が抜けたようにのろのろと立ち上がった。

「おっさん。馬車の馬を替えてくれ。今馬車を引いてる馬は限界なんだ」

 ヴァレンス関トップのオヤジにそう声をかけて、戸に向かおうとしたアレス(とエリシュカ)の前に、ジュピール氏が立ちふさがった。

「勝手なことはやめてもらおう」

 ねめつけるような目である。これまでその高圧的な態度で当然に他人を屈服させてきたような目であった。しかし、アレスはもちろん恐縮などしなかった。

「あんた、貴族の出か?」

 ジュピールは軽く不意を突かれたような顔をしたが、すぐにまた傲慢な表情に戻って、「だったら、どうした?」と訊き返してきた。

「ここで三年くらい過ごせば、王都に帰って出世できるのか?」

「何が言いたい?」

「別に……ただ、国境警備の副長に貴族を使ってるなんて、この国は全然変わってないんだなと思っただけだよ。アレスが戦った甲斐が無いな」

「アレス? 勇者アレスか?」

「そうだよ。魔王クヌプスを倒した男だ。ヴァレンスの英雄。アレスは、あんたらのために戦ったわけではないが、結果あんたらみたいなのを助けたことになったわけだ。そうしてこの国は何も変わらない。アレスがやったことは全くの無駄だったってことだ」

「お前が何を言っているのかは分からんが、どうやらわたしを馬鹿にしているようだな」

「馬鹿にしてるんじゃない。ルジェが本物かどうか分からないあんたは正真正銘の馬鹿だって言ってるんだ」

 ジュピールはその薄い唇の端を歪めた。

 男の腕が動いて拳がアレスの顔面に向かった。

 ぐええっ、という苦悶の声が落ちた。

 どさりと床に倒れたのはジュピール本人である。

「ボディガード役よりは、まだ担がれてる方がいいなあ」

 ヤナが頬をかきながら言った。

 アレスに飛んだジュピールの拳をとっさに横から受け止めたのち、彼の腹部に一撃叩き込んだのである。

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