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第115話「ヴァレンス入国」

 ヴァレンス関に至るまでついに追っ手は現れなかった。現れなかったことは素直に嬉しかったが、一方で怒りを覚えたりもした。これほど衰弱した甲斐がないというものである。というか、そもそも、もしかしたら鎧三兄弟以降の追っ手はいなかったのかもしれないと思えば、いっそうイライラした。

「ヴァレンス関が見えて気が緩んだところを襲撃してくるかもしれない。みんな、気を引き締めろよ」

 などということをソイロ少年が飛び去ったあとにカッコつけて言ってみたわけだが、関に至る道のりは平和そのもので大いに面目を失うことになったのである。

 ミナン関と同様、山道の入り口――アレス達からすれば出口――に鎮座しているヴァレンス関は、「ようこそ、ヴァレンスへ。楽しんでいってくれよな!」と言わんばかりに大きく開いていたが、その前に設けられた小屋で、ミナン関の時同様、旅人の身の上チェックがなされており、アレスたちもチェックを待つ人たちの列に並んだ。

 アレスたちを担当したのは、四十がらみのお腹周りが若干いい感じになってきたおっさんだった。

「よし、ここに全員分の名前を書いてくれ」

 アレスがテーブルの上に置かれた帳面のようなものに名前を書くと、オヤジは、目をぎょろりと動かした。

「アレスってのは?」

「オレだけど」

「この名前はこの国では特別な名前でな。知ってるか?」

「さあ」

「昨年あった大乱を治めた者の名だよ。勇者アレス」

「へえ。そんな畏れ多い人と同じ名前ってのは厄介だな。ヴァレンスの行く先々で勇者と誤解されるかもしれないし。改名しようかな、アロスとかに」

 オヤジはガハハ、と豪快に笑うと、

「そんな心配はする必要ない。お前さんと勇者を間違えるなんてことは天地が逆さまになってもありえんよ」

 と言って、入国目的を訊いてきた。

「友だちに会いに来た」

「旅行か……さっきから気になってたんだが、大丈夫か? 目の周りにクマができてるぞ」

「ここ数日、追っ手に追われて寝てなくてね」

「面白い冗談だ」

「実は冗談じゃない。あんた、ここのトップか?」

「トップの人間ってのは、悠々と茶をすすりながら下の人間に命令するやつだ。トップ自らこんな下働きをするなんてことはあり得ないし、もしそんなことがあったらそれはよほど人間ができているやつだ」

「トップの人間を呼んでくれ」

「目の前にいる」

 そう言ってオヤジは、かはっと歯を見せた。

 アレスには見知らぬおっさんとこれ以上会話を楽しむ体力が無かったので、簡潔に要点だけ伝えることにした。すなわち、ミナンの第四王子が同行していること、ヴァレンスに亡命するつもりであるということ、追っ手に追われていること、国境近くにある砦から国境警備軍を王子の護衛のため派遣してもらいたいということ。アレスの話を聞き終えたオヤジは、席を立つと、小屋の外に出た。アレスに案内させて、ルジェの元へ行くと、

「ご尊顔を拝し、恐悦至極」

 どこか芝居がかった様子で、膝を地面につけて頭を下げ、ヴァレンス式の最敬礼の形を取った。

「ミナンのルジェです」

 アレスから事の成り行きを聞いたルジェが自己紹介すると、オヤジは立ち上がり、けして疑っているわけではないのですがこれも職務なので、とすまなさそうに前置きしてから、ルジェがミナン王家の者であることの証拠を求めた。ルジェは、腰の辺りから小刀を取り出した。お守りに持つ守り刀で、柄に円形の鏡を模した紋章が刻まれていた。ミナン王家の紋である。

 オヤジはゆっくりとうなずくと、「どうぞ、こちらへ」と言って、アレスたち一行をヴァレンス関の向こう側へと自ら導いた。二乗の馬車と、一人のオヤジが、巨大なヴァレンス関をくぐり抜ける。ヴァレンスに入国した瞬間だった。

 アレスはとりあえずヴァレンスに入ることができて安堵を覚えた。まだ王都に着くまでは安心はできないが、ヴァレンス国内に入ってしまえば、太子の動きはかなり制限される。ヴァレンスに入ったということは、ルジェはヴァレンスの保護下に入ったということであって、それをむやみに攻撃すれば外交問題に発展する。

「少しこちらでお待ちください」

 オヤジは一行を関の近くの建物の一室に導いた。アレスは部屋の中に入るとともにすぐに重たい疲労を感じて後のことをズーマに任せ、ソファで仮眠を取った。

「しようがないリーダーだな」

 ズーマが椅子に腰かけながら言った。

「いえ、アレスには感謝しています。ここまで無事こられたのは彼のおかげです。もちろん、みなさんにも」

 ルジェが一人一人に向かって頭を下げる。

「しかし、本当に来るべきだったのかどうか。失礼ながら、なぜ殿下は、先ほどミナンに残られなかったのか?」

 ルジェはズーマに向かって、寂しく微笑んだ。

「ボクと兄の間に対立があることが知れて、なおかつボクが国内にいたら混乱の元です」

「なるほど。殿下を担ぎ出すような人間がいないとも限らないというわけですか。しかし――」

 ズーマは途中で言葉を止めた。

「何です?」

「もしかしたらその方が良かったのかもしれませんな」

「どういう意味です?」

「さて」

 オヤジが戻って来たのは小一時間してからのことである。

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