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第10話「看板娘、センカちゃん」
 きれいに伸びた背は女の子ながらアレスと同じくらい高く、きりりとしたまっすぐな瞳、形の良い胸を隠すように伸ばされた黒髪は朝日を弾いていた。野の茂みにひっそりと咲く姫百合のように、たおやかさと華やかさが同居する少女である。名をセンカという。
 彼女こそ、ここ「(くろがね)の天馬」亭の誇る看板娘であり、イードリ市の並みいるライバルを制して、()えある「第一回イードリシティ看板娘プリンセス」に選ばれた少女だった。ちなみに、言うまでもなく、このコンテストの審査員はアレスただ一人である。
 初めてアレスが彼女を見たとき、世界から彼女以外の色が失われたように思われた。灰色の世界の中、アレスは自分の旅が終わりを告げたことを知った。そう。彼女に出会うためにここまで来たのだということを確信したのである。運命によって導かれし旅は終焉を迎え、物語はハッピーエンディングへ。さようなら、辛い孤独の日々。今日からはキミと二人で生きていく。
 宿の外で作業をしていたエプロン姿の彼女が宿の中に入っていくのを見たアレスは、ふらふらとその後に従ったのだった。さっそくアレスはカウンターにいる人の良さそうなおやじに宿泊することを告げた。さっきの少女のことを訊くと、なんとおやじの娘だという。アレスはてかてかとおでこを光らせるおやじを見て、なんとこの人はいい人なんだろうと感心した。
「みなしごを我が娘として育てるなんて、なかなかできることじゃないよ、オヤジさん」
 おやじはきょとんとした顔をしたあと、苦笑交じりに正真正銘自分の娘だと言ったが、アレスは信じなかった。
「事情はいい。初対面の人間に言えることじゃないからね」
「いや、あのですね、本当なんですよ。あれは母親似ですから」
「なるほど。再婚したってことだね、オヤジさん。あの子は奥さんの前の旦那さんとの間の子なのか」
 あくまで自分の娘だということを否定されて涙ぐみそうになっているサカグチ氏をアレスは既に見ていない。おやじの顔に大した興味などないからだ。
 アレスは、どうやってセンカに話しかけようか、そんなことを考えながらその夜はウキウキしてなかなか寝付かれなかった。思えば、これまでとんと女性に縁が無かったのはこういうことだったのかとアレスは納得した。大地の神も(いき)な計らいをする。つまり、これまでの分を全てチャラにしてくれるような大どんでん返しを用意してくれていたというわけである。
「お前、これまでも結構、美人に出会っているぞ。出会いを活かしていないだけなのではないか?」
 そんな異論が相棒から上がったが、アレスは却下した。
「ズーマ、お前は何も分かってないな。千歩譲って、見た目がいいとしてもだ、心が伴ってないとダメなんだよ。これまで会ってきたヤツラは、みんなおかしなヤツばっかりだった。いわば、残念な美人だな。いくら見た目が良くてもさ、結局のところ、人間は心だよ、ズーマくん」
 それを言った時点では、センカの見た目しか見ていないアレスの浅はかさである。
 彼はそれを早速、翌日に後悔することになる。
「さっきから何を見てるんですか、このヤロウ。じろじろじろ、うっとうしい。女のケツを追いかけるより他になんか有意義なこと見つければいいんじゃないですか」
 朝の食堂であった。
 アレスは内心で悲鳴を上げた。
 朝食をもぐもぐとやりながら、センカ嬢にどうやって話しかけたらよいものか百通りほどプランを練っていたところ、当の彼女がつかつかと近づいてきておもむろに言った言葉である。氷柱(つらら)のように冷たく尖った言葉に、胸に罪悪感のあるアレスは思わず、
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。見惚れてただけなんです。あと、けしてお尻ばかり見ていたわけでは」
 と口を開きかけたが、センカはアレスを見て言ったわけではなかった。がた、という音がして、隣のテーブルから二人の男が立ち上がった。軽薄さを絵にかいたような顔の二人だったが、この時ばかりは、あんまり人さまのことをどうこう言えないアレスである。
「おいおい、言ってくれるねー、お嬢ちゃん」
「お高くとまってんじゃねーぞ、コラ」
 チンピラ二人が顔を突き出すようにしてか弱い少女を威嚇するのを黙って見ていては男がすたる。気を取り直したアレスは、すばやく立ち上がると、男の一人の肩をとんとんと叩いて、醜い真似はやめるように言った。
 男はもう一人の男と顔を見合わせると、片頬を持ちあげて笑ってから、アレスの肩を手でつかんで、もう一方の手で拳を作った。そのまま、アレスの腹部に放たれた拳は、パシッという小気味良い音とともにアレスの手の平に受け止められていた。直後、男はぐふっという重たい息を吐いて、真ん中から体を折るようにした。アレスは突き刺した拳を男の腹から静かに抜いた。そのまま、膝を床につける男。
 さてもう一人だ、と視線を動かしたアレスが見たのは、大の男が綺麗に宙を舞う姿であった。
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