第112話「援軍の到着」
その怪鳥は、アレスたちの頭上に影を落としつつ背後に回ったかと思うと、すぐに旋回して馬車の行く手に舞い降りた。
「ていうか、あれ、鳥じゃないよな。絶対」
「何で? 空飛んでたんだから、鳥でしょ。ちょっと大きいけど」
「ちょっと?」
それは実際ちょっとどころの話ではなかった。ほとんど馬くらいの大きさである。馬に大きな翼を生やしたようなフォルムである。よく見れば、足も四本あるようだ。遠目から、焦げ茶色の毛並みがふさふさしているのが見えた。
馬車は既に止まっている。オソはなかなか如才ない。前にあるルジェの馬車も動きを止めていた。
アレスは屋根から飛び降りると、早速怪鳥の正体を確かめに行こうとした。敵か、味方か。おそらくは敵だろうが、かなりヘンテコな存在なので戸惑いがある。しかし、こういうときアレスの判断は簡単である。斬ってみればいいのだ。斬ってから、敵味方を判断すれば良い。
「アレス!」
まさに走り出そうとしたときに上から声がかけられて、そちらを向くと、少女がひとり昼の光の下を落ちてきた。アレスは慌てて彼女を受け止めた。アレスの手にしなやかでありながらなお華奢な感触が伝わった。
「ついてくるな。ここにいるんだ」
アレスは少女の小柄な体を地に下ろした。
「いや!」
「鳥に興味があるのか?」
「鳥なんかどうでもいい!」
そう激しく答えたあと、急にうつむいて
「……置いていかないで」
やけにしおれた声を出したので、アレスはびっくりした。慌ててエリシュカの顔を覗き込むと、彼女はにやーっと人の悪い笑みを見せた。してやったりという顔である。アレスは、少女の白い頬をつねりたい気持ちをどうにかおさえつけた。そんなことをしているときではない。アレスは、オソに待つように声をかけると速足で歩き始めた。
「よくないぞ、そういうの」とアレス。
「でも、アレスは一回わたしを置いていった」
「一回? 二回の間違いだろ。でも、馬車に置いていったのは、キミのことが嫌いだからってわけじゃない。むしろ逆だよ。危険な目に遭わせたくなかっただけだ」
「それじゃない」
「じゃあ、いつ?」
「わたしの夢の中で」
「キミの夢の中まで責任は持てないよ」
「…………」
押し黙ったエリシュカと一緒に歩いていくと、前の馬車からもいつも通りヤナが、それからルジェも出ていた。ズーマは馬車とオソを守るために待つつもりだろう。役回りを代わって欲しいもんだ、とアレスは思った。
「ルジェ、あんたはここに残れ」
「いえ、アレス――」
「議論は無しだ」
「あれは敵ではありません」
ルジェは、はっきりと言い切った。敵でないということは味方であるということになるが、あんな気味悪い動物が味方であるというのもなんだか嫌な話である。
「テバーンという伝説の生物です。いえ、伝説だったのですが、ボクが見つけて仲間になってもらうよう、説得したんです」
「説得って……?」
ルジェは動物語が話せるとでも言うのだろうか。すばらしい特技である。御が上手いのも納得。
ルジェは微笑むと、つかつかとテバーンに近づいていき、「ササリ!」と叫んだ。
テバーンの長い首の陰にそっくり隠れるほどの大きさの、年の頃なら十歳前くらいの少年が地に降り立った。明るい金色の髪を短くした可愛らしい子である。彼はテバーンに何事か声をかけると、タッタッと走り寄って来た。そうしてルジェの前に現れると、腕を組んだ。
「や、やあ、ソイロ。君だったのか。どうして、ここに?」
ルジェは膝を折った。
「妹と間違えるなんて、何考えてるのさ、ルジェ」
「ご、ごめん」
「ごめんじゃないよ。今のでルジェの気持ちが良く分かった。ルジェはぼくよりも妹の方が好きなんだ。とっさの時にササリの名前が出るってことは、そういうことだよね」
「それは誤解だよ、ソイロ。てっきり、ササリのテバーンだと思ったから」
「それはぼくのマカのことを侮辱してるんだね。ぼくのマカの方がササリのホムなんかよりもずっと立派なのにさ」
ルジェは苦笑しながら謝ると、どうしてここにいるのか、尋ねた。
「君は王都にいるはずだろ」
それを訊いたとたんソイロ少年はピシと王子の額にチョップした。
「ルジェがピンチだって聞いたからに決まってるだろ。助けにきたんだよ」
「どういうこと?」
「ルジェがバカ太子に殺されそうだってことを知って、ぼくと愉快な仲間たちがテバーンで探しに来たんだ。ずっと探してたんだぞ」
「ありがとう、ソイロ」
そう言って、ルジェが心からの笑みを向けると、ソイロは照れ臭さを隠すようにちょっとそば向くと、「まあいいけどさ」とぞんざいに言った。
かたわらで二人のやり取りを聞いていたアレスは当然のことながら何がなんだかさっぱり分からない。
「ルジェ、オレたちにもその子を紹介してくれないか?」
アレスが言うと、ルジェは立ち上がった。
「テバーンを飼いならすことのできる一族の子です。ボクが王に推挙した賢才の一人です」
ルジェの言葉に、少年は胸を張った。