第107話「仲間との合流」
先行した仲間に追いつくのに、あまり時間はかからなかった。
普通の速度で走れと言っておいたはずなのに、どうやらオソとルジェは気を利かして減速したようだった。
「オレのこと信じなかったんだな、オソ」
アレスは馬を御者台の横につけて言った。口調に恨みがましい色は無い。アレスの言う通りにしなかったということはオソが自分で判断したということであって、その方がアレスには心強い。しかし、オソは慌てて首を横に振ると、「違います」といつもより少し強い声で言った。
「誤解するなよ、オソ。オレはお前を責めてるわけじゃない。ただ、もう少し、何と言うか……その……なあ、分かるだろ?」
アレスはちらちらっと後ろに目を向けながら言った。正確に言えば、後ろ上方である。そこには馬車の屋根があって、その屋根の部分はお茶ができるようなリラックススペースになっているわけだが、そのスペースに小柄な人影が見えていた。おまけに雪のような白髪が風に流れているのも見える。
「アレスを信じていたからこそ、少し速度をゆるめました。そろそろ追いついてくる頃だと思ったから」
オソが泣かせることを言った。必ず追っ手を倒してくるだろうとアレスを信頼していた、とそう言っているのである。アレスは涙をぬぐう振りをしつつ、前を向いた。そのまま、少しの間、ゆるやかに馬を走らせていると、
「……あの、アレス。こちらに移ったらどうですか?」
オソがためらいがちな声を出した。
アレスは前を向いたままである。
「ヤナさんはあちらの馬車に乗ったようです。アレスもこちらに乗ってください」
ルジェの運転する馬車は少し先を走っている。その屋根スペースに銀髪の男と、細身の少女の姿が見えていた。
「……オレはここでいいよ、オソ」
アレスは軽く首を振った。
「……しかし、客車で休んだ方が……」
「休む?」
アレスが確認するように訊き直すと、オソは顔をそむけるようにした。
「とにかくこちらに乗ってください。少し速度をはやめます」
しっかりとした言葉つきである。オソはどんどん頼もしくなっているようにアレスには思えた。人というものは唐突に成長するものだ。オソから、初めてイードリを出た頃の弱々しげな面影がなくなりつつある。そうして、アレスは、オレも成長したいなあ、と思った。例えば、女の子の怒りを軽やかにかわせるくらいに。
「ま、例えだけどな、あくまで」
オソは答えない。
アレスは、「じゃあな、リュウセイ」と言って、馬を止めた。それから馬具を全て取り外して自由にしてやったあとで、少し離れたところに停まっていたオソの馬車まで走っていき、御者台に乗り込んだ。オソが手綱を操ると、すぐに馬車は再び走り出した。
「どれ、御を替わろうか、オソくん」
「いえ、結構です」
「遠慮するな。疲れているだろ?」
「アレスこそ。追っ手と戦って来たんですから。どうぞ、後ろで休んでいてください」
「キミねえ、勇者をなめちゃいかんよ。あんなヤツラ、オレにかかればチョロイもんだよ。だから、全然疲れてないから、大丈夫」
「本当ですか?」
「ウム」
「じゃあ、なおさら後ろに行った方がいいと思います」
そう言って、オソは、ボソリと「元気なうちに」と付け加えた。
オソの声の響きには陰があって、これから何かよろしくないことが起こることを暗示しているようで不気味である。アレスは目をこすった。一瞬、オソの顔が骸骨に見えたのである。
――こ、こいつはまさか死の世界からの使いかなんかなのか?
「アレス、大丈夫ですか?」
オソはオソの顔で心配そうな声を出した。アレスはうなずいた。そうして、背筋に走る悪寒に震えながら後ろの客車の上に視線を向けた。そここそがこの世の地獄である。
「オソ、お前と出会えてよかったよ」
「突然、どうしたんですか?」
「オレのこと忘れないでくれよな」
戸惑ったような顔をしているオソを置いて、アレスは自分の中にある勇気をあるだけ振り絞って、御者台から客車の中に入った。振り絞った勇気は、客車の向こう側の戸を開き、螺旋状になった階段を上まで歩いて行った時点で、きれいさっぱりと雲散霧消した。それはもうあとかたもなく消え去った。
椅子に一人の少女が腰かけている。豊かな白髪を風に遊ばせて、悠然とした様子である。
アレスはおそるおそる彼女に近づいて行った。
少女はこちらを見ている。その瞳は、光線の具合なのか、透き通るような青色であって、しかしその美しさにも関わらず、刃のような鋭い光を秘めていた。
「よ、よお、エリシュカ。元気だった?」
アレスは少女のつむじを見られる位置でおそるおそる声を落とした。
エリシュカはすっくと立ち上がると、ぐっとアレスの襟首を両手でつかんで、恐ろしい力で自分の方に引き寄せた。
「アレス」
底冷えのする声である。
少女の花顔をアップで見ながら、しかしアレスはそれに見惚れる余裕さえない。
「な、なんでしょうか?」
声を震わせながら答えると、
「三度目はないからね」
瞳から憎悪のビームを出しながら、エリシュカが言った。
アレスは壊れた首振り人形のように、延々、首を縦に振り続けた。