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第104話「追っ手の正体」

 アレスの決断は迅速である。大事なことほどすばやく決めなければならない。なぜなら、グズグズしているとそうしているうちに事態が悪化する可能性があるし、素早く決めれば為した決断が万が一間違っていたときでも修正が効く。大事なことは五秒で決めろ。

 アレスは決めた作戦を早速実行するべく、鎧戦士の剣をかわしざま、光の剣を振るった。剣は綺麗な弧を描いて、戦士の兜を撃つ。もちろん兜の魔法耐性のせいでアレスの剣の効果は及ばないが、それで良い。アレスは地を蹴って後ろに跳び相手の剣をよけると、またすぐに踏み込んで再度兜を撃った。ジロー(仮)はひるんだ様子もなく、普通に撃ち返してくる。それをかわしつつもう一撃。やはり狙いは兜である。

 一撃、もう一撃。愚直に同じことを繰り返すアレスの集中力は研ぎ澄まされている。できるだけ強打したいと思えば、適度な間合いから剣を繰り出さなければならず、しかし、それは相手の間合いでもあるのである。自然、危うい位置で凶刃に身をさらすことになる。幅広の剣が起こす風をアレスは感じた。その風は命をさらう。

 後ろに回り込んだアレスは、光の剣を振るった。あやまたず的へ当たる。鎧戦士が体をこちらに向けざまに放った横一閃の一撃を、アレスは鼻先でかわして、半歩踏みこみつつ、面打ち。体重を乗せたベストヒットである。

――まだか?

 いい加減、鉄兜を打ちつけすぎて手がしびれてきた。もしかしたら作戦を間違えたのかもしれない。そんな思いが頭をかすめるが、焦りは無い。アレスの頭はすっきりと澄んでいる。もう一撃入れてみて効果がないようであれば作戦を変えよう。そう思っていたところ――

 ジローの体がふらりふらりと揺れていた。酒に酔ったような様子である。剣を上げる動きものろい。

 アレスはここぞとばかりに、兜の側面に剣を叩きつけると、すかさず反対側の側面から斬りつけた。

 ちょっと後ろに下がって相手の間合いの外に出たアレスの前で、千鳥足になったジローが足をからめるようにして街道に倒れ込んだ。念のためしばらく待ったが、相手は起き上がって来なかった。

 どうやら戦闘終了のようである。

 兜の外側から強い衝撃を与え続けることによって脳震盪を引き起こす。それがアレスの、作戦というにはあまりに強引な、しかし五秒で決めたのだから文句は言えない、勝利への方法だった。

「あー、手が痛え」

 戦いに勝ったアレスだったが、なお油断せず、ジローの手の近くに転がっている剣を蹴り飛ばした。それから、膝を折ってフルフェイスに手をかける。できるならば、身元を改めたい。そうして、太子の追っ手だとしたら、他にかかっている追っ手がいないかどうか、確かめておきたい。仮に、何も話す気がないとしても、光の剣を当てて、ちゃんと――アレスの魔法の短剣の効果は半日から一日の間、続く――気絶させておきたい。 

 フルフェイスを取って現れた顔が取る前とあまり変わらなかったので、アレスはぎょっとした。

 つるつるの禿頭が現れて、どこかの宿屋の不良娘のように眉が剃られている。平たい鼻に唇も薄い。素顔自体が飾りの無いヘルメットのようなものである。額に「文」という形の入れ墨があって、あんまりカッコ良くないなあ、などと思っていると、

「へえ、これが噂に聞いた『呪われし一族』か」

 興味深そうな調子の声が背中から聞こえた。

 立ち上がったアレスは一歩下がって、隣にヤナを見た。それから、「呪われし一族」という恐ろしげな種族について説明を求めた。

「神話の時代から大地の神の祝福を受けられない種族だよ。その代わりに、禁じられた呪法によって呪われた武器防具を身につけることができるという。勇者なのに知らないのか?」

 確か一度エリシュカに聞いたような覚えがある。

「でも、祝福を受けられないってのは具体的にどういうことなんだ? 顔の毛を綺麗に剃ってること以外は、別にオレたちと変わらないように見えるけど」

 ヤナはその細い肩をすくめた。

「それはあたしもよくは知らない。ただ、ミナンでは災いを呼ぶ種族だってことで、忌み嫌われてる。『悪いことをすると、呪われし一族が来るぞ』ってのは、この国の子どもなら親から、一度は聞いたことのある脅し文句だ。呪われし一族にもさらに細かく部族があるようなんだけど、体のどこかに入れ墨をいれているってことで共通してる。入れる入れ墨は部族ごとに決まっていて、その『文』っていうマークを入れてるのは、ガサリ族だ……って、あたしも知識だけで、実物見るのは初めてなんだけどな」

 なるほどね、とアレスはうなずいた。

 何のことはない。ただの少数民族への差別である。他国との交流を温めているミナン国は、もっとオープンな国だと思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。あるいは、開いたあとにも出しきれなかった歴史の(うみ)というべきか。

「ま、何にしても、山賊団に、『呪われし一族』か。こいつが太子の手先だとしたら、太子は随分と手広く雇用してることになるなあ」

 アレスはブーツで男の脇腹をつつき始めた。 

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