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第102話「戦いの意義」

 アレスと鎧戦士たちとの間合いはグングンと詰まる。

 矢を射かけてきた戦士は、手から弓を捨てて、腰に佩いた剣を抜いた。片刃の幅広の剣である。「斬る」というよりは、それでもって「叩き潰す」といった趣だった。他の二人も、それぞれ同様の剣を手にしている。

 実際のところ、この三体の鎧人形が太子の手のものなのかどうかは、はっきりとしていない。正体を知らないわけだから、分かりようがない。しかし、矢を射かけてきて、今また剣を向けてくることからして、少なくともただの旅行者ということはないだろう。大体にしてあの鎧。旅は何かと物騒なものではあるが、あんな重装備で旅しているような人間は見たことない。

 とはいえ、確実に敵であるとも言い切れないわけであるが、敵かどうかなどということはアレスの頭の中では全く問題にならない。それを知りたければ、斬ってみればいいだけの話である。斬ってから、正体を調べれば良い。何とも乱暴な考え方であるが、アレスにそれを許しているのが、彼の持つ魔法の剣だった。その剣は、たとえ斬っても相手の命を取らない。

 扇形に広がった三人の鎧戦士たちの右端に向かって、アレスは剣を振るった。鎧の戦士は剣を上段に構えており、胴がガラ空きになっている。アレスの剣はあやまたず、鎧の胴を()いだ。頭の上に重圧感を感じたのはその一瞬後のことである。棒のようなものが縦一文字に、アレスに向かって振り下ろされる。やれやれ、と思いつつ、アレスは地を蹴った。直後、乾いた音がした。距離を取って、剣を構え直したアレスは、幅広の剣が自分の頭の代わりに街路の石畳を割ったのを確認した。

 他の二体の鎧が、ゆっくりと寄せてくる。

――たくっ、めんどくさいな。

 どうやらその鎧にはアレスの剣も効かないらしい。ズーマの呪文が効かなかったときから、うすうす感づいていたことではあるが、何事も試してみる性分である。そうして、実際に試してみたところ、やはり予想通り効果が無いということが分かった。すると、どういうことになるのか。気楽には倒せないということだ。つまり、ちょっとうっとうしいことになるということである。

 公共の街道を破壊した戦士もアレスに剣を向け直した。三人の重装兵が、一定のゆるやかな速度で迫ってくる。全く急ぐ気はないらしい。それもそのはず。急ぐ必要がないのである。鎧が全身を隠している上、対魔法仕様なのだから、怖いものはないのだ。

 不気味な鎧人形が行進してくるのを正面に見ながら、アレスの頭にピキーンと電撃のように一つの作戦が浮かんだ。作戦名、オペレーション・トンズラー。これは敵の力が圧倒的であったり、あるいは戦うのがダルかったりするときに、よく使われる作戦である。別名、戦略的撤退。すなわち、戦場を去るのである。

 敵とまだ一合しか交えていないにも関わらず、既に戦いに見切りをつけるアレスは決断の男であると言えよう。そうして、アレスは自分の冷静さに満足もしていた。いったんスタコラと退却すれば、鎧ヤロウたちのスローな足では追いつかれることはない。ヤツラが乗っていた馬はズーマの呪文で気を失っているはずであるので、馬で追いかけることもできない。あとは、念のため、弓を奪い取って行けば良い。アレスは、少し離れたところに倒れている弓を見た。さっと拾うくらい、何の支障も無い。

 アレスは、ふっと口の端に嘲笑を浮かべると、

「またな、ノロマども!」

 啖呵(たんか)を切って、弓を拾うため走り出そうと足に力を入れた。

 そのときである。

 アレスの視界に、およそ戦場には似つかわしくない、優美な物腰をした少女の姿が映った。

 均整の取れた体つきをした彼女は、両の手を組み合わせて、アレスを見ている。それはまるでアレスの勝利を祈っているようにも見えたが、指の運動をしているようにも見えた。そのうち、腰を回したり、膝の屈伸運度でも始めるかもしれない。

 アレスは一歩ステップバックした。

 一瞬前までアレスの首があったところを、剣がうなりを上げて真一文字に走り抜けた。

 アレスは考えた。

 果たして、アレスの戦略的な行動の真意を、彼女は理解してくれるだろうか。それはどうにも心もとない。おそらく彼女は誤解するだろう。あまつさえ、「敵に背を向けるなんてな。とんだヘタレヤロウだ」などという罵声を浴びせてくるかもしれない。しかし、それはまだ良い。最悪、アレスが撤退したあとに、一緒に行くことを良しとしない彼女が、ひとり踏みとどまって鎧人間たちを倒してしまうかもしれないという恐れがある。そんなことをされたら最後、勇者の声望は地に落ち、今後、仲間たちから、

「仲間、それも女の子を見捨てて逃げた、人間のクズ」

 あるいは、

「女の子が敵を倒すのをただ見ていた、役立たず」

 という称号を得ることになるだろうことは確実。そうして、パーティでの立ち位置は、今でさえ高いところではないというのに、なお下がることになる。

 鎧の戦士の一体が迫ってきた。

 アレスはぶうんと振るわれた剣をかわしざま、戦士の後ろを取った。

 もはやこれは、単に追っ手を退けるための戦いではない。居場所を守るための戦いである。

 アレスは、考えた良策をあえて捨て、代わりに覚悟を決めた。

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