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第98話「イードリ再出発 パート2」

 朝ぼらけの町の中を二乗の馬車はそろそろと走る。

 町はまだ眠りの中にあって、人影はほとんどない。からからという車輪の音が、静かな町中に寂しげに響いた。

「本当にいいんだな?」

 御者台で手綱を取っているアレスは隣にいるオソに確認するように訊いた。

 オソはうなずいた。

 二人の前に広場があって、その奥に市庁舎が見えている。クリーム色をした立派な建物で、イードリの市政が執られる場所であり、かつ市長一家の住居スペースでもあった。

「イードリを出ればヴァレンスまでまた危険な旅になる。しかも、いったんヴァレンスに入ったらいつ帰れるか分からない。オレたちは王子の付き人ってことになるから、あっちの王女に歓迎されなかったときは言うまでもなく、歓迎されたときだって自由は制限されるだろう。『飽きたからお家に帰ります』ってわけにはいかないんだ。本当に大丈夫なんだな?」

 オソにためらいの色は無かった。

 どうして何不自由ない家に帰らず、危険な旅に同行するのか。冒険心や好奇心、またエリシュカ(あるいはヤナ)のことが気になってというわけでないことは、これまでのオソの様子を見れば分かる。そういう軽薄な所を持たない少年である。それなりのわけがあるのだろう。

 アレスは市庁舎を遠目に見ながら横に折れた。そのまま大路を進むと、東門が見えてくるはずである。

 門に至るまでの間、アレスはこの町で出会った少女のことを考えてみた。その綺麗な立ち姿や、人をほんわかさせずにいられない笑顔、どこまでもゴーイングマイウェイな振る舞いが、記憶の中で鮮やかである。彼女は今頃、何をしているだろうか。きっともうせわしく働いていることだろう。エプロン姿でテキパキ仕事をこなし、不埒(ふらち)なことを考えて近づいてきた男に死ぬほど後悔させたりしているに違いない。

 アレスは自然と口元が綻んでくるのを覚えた。出会って話をして、それは短い期間ではあったけれど、彼女の人となりを知るには十分な時間だった。得がたい人というのが率直な印象である。いつかまた再会できる日があるかと思えば、それはどうにも心もとなくて、だからこそ返って今会いたいとは思わないのだった。

「何考えてるの?」

「うおおおおーい!」

 降って湧いたような女の子の声に、アレスは奇声で答えた。

 見ると、ついさっきまでいたはずのオソの姿はなく、代わりにエリシュカが腰かけている。

「い、いつからそこに?」

「今」

 全くオソも気が利かない子である。ちょっと感傷に浸ってるときくらい、女の子を近づけないようにして欲しいものだ。空気読め、オソ!

 顔だけでなく体ごと向けてじいっと見てくるエリシュカに、アレスは、これからヴァレンスまでの危険な道行きにつき思いを馳せていたのだ、と重々しく答えた。

「そんな真面目なこと考えてる顔じゃなかった。だって、ニヤニヤしてたもの」

「別にニヤニヤなんかしてないね。元からそういう顔なんだよ」

「直せば」

「簡単に言うなよ。生まれたときからこの顔でやってんだから」

「直して。なんかアレスのニヤニヤ、ムカつくから」

 アレスは、リクエストに従って顔を引き締めてみせた。それから、

「エリシュカ。オレは必ずキミの病気を治してみせる。この命に代えても」

 遠い空の彼方を見ながら、真面目な声を出した。

 途端に片頬にグーが押しつけられるのを感じた。ぐりぐりぐりぐり、頬をえぐるように小さな拳が動く。どうやら誠実バージョンもお気に召さなかったようである。ニヤケてもダメ、真面目でもダメ。一体どうすればいいんだ、と悲痛な声を出したところ、

「普通にして」

 というまことにもっともな意見を聞いた。

 拳をおさめたエリシュカは、うーん、と伸びをした。

「ヴァレンスまではどのくらいで着くの?」

「ミナン側の国境までは、ゆっくり行けば二三日、急げば一日ちょっとだな。当然オレたちは急ぐ。とりあえず、国境を越えたい」

「それから?」

「そのあとは、ミナンとヴァレンスの間にある山を越えてヴァレンス領に入る。ヴァレンス側の国境で王子が身分を明かせば、ヴァレンス国境警備軍に保護してもらえるだろ。そっからは警備付きでゆっくり行くことになるだろうな。山越えに二日、越えてからヴァレンス王都まで十日ってところかな」

 それがアレスの今のところの目算だった。もちろんこれはかなり希望的な観測であって、ほとんど邪魔が入らなかった場合の話である。その二倍くらいの時間は見ておいた方がいいかもしれない、とアレスは慎重に考えている。しかし一方で、もし邪魔が入っても、ことごとく打ち砕いて強引にでも道を切り開く心づもりがある。ルジェ関連のことしか口には出していないが、ヴァレンスに行くことに関しては、アレスには他の動機があるのであって、そちらには時間的余裕は無いのである。

 東門に着いたが、まだ門は開いていなかった。門衛の、気の良さそうな青年に訊くと、もうしばらくしたら開くと言う。

「ここで今襲われたら逃げようがないね」 

 エリシュカがあっけらかんと不吉なことを言った。

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