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第96話「少女が眠りにつくまで」

「普通に呪文を使ってる分にはいいけど、もしリミッターを外して極大呪文を使ってたらミツとヨンは死んでる。研究所で能力を持った子たちはみんなそう。能力にはリミッターがかけられていて、それが外れると死ぬんだって。博士が言ってた。姉さまだけは『完成品』だから、そういうことはないけど」

 エリシュカの話によると、リミッターとは、呪式の効果を一定程度にとどめる役割をする安全装置のようなものらしい。それを外すと一時的なスーパーパワーが手に入るが、そのパワーに体がついていくことができず、死にいたる。

 外れると死ぬ。

 アレスは拳を握りしめた。「外れると死ぬ」ということが分かるということは、実際に外れて死んだものがいるということである。エリシュカより、なおあどけない顔をした少年少女が路傍に倒れる姿が頭に浮かんだ。アレスは己の迂闊(うかつ)さを呪った。あの時、エリシュカを研究所から取り戻したとき、そのままイードリに戻るのではなくて、そのついでに研究所を破壊してやればよかった。

「監獄の門って頑丈?」

 慰めを言っても始まらない。アレスは正直に、「ああ」と答えた。通常の呪文ではビクともしないはずである。

「そっか……」

「……その子たちとは仲良かったのか?」

「うん。一回しか遊んだことないけど。わたしの白い髪のことからかって、『おばあちゃん』って言ってきたから、ぶっとばして泣かしてやった」

 エリシュカはなつかしそうな声を出した。おそらく誇張ではなくて全くの事実だろう。それはいかにもエリシュカに似つかわしい所作である。互いに身を寄せ合いながらわんわん泣いている少年少女を、冷然と見下ろすエリシュカの姿が目に浮かんだ。

「それ、仲良いって言うのか? 一回しか遊んでないのに」

「一回で十分。わたしたちは友だちになった」

 アレスはあえて反論しなかった。世には色んな形の友情がある。

「研究所の被験者っていうのは、今、何人くらいいるんだ?」

「多分、十人くらい。力を強化されたり、遠くの物を見られるようになったり、獣人になれたり」

 獣人については覚えがあった。研究所の玄関前でやりあったことがある。あのときは、果たしてリミッターとやらが外れていたのか、いなかったのか。外れていたら獣人のヤマダ氏(仮)は死んでいるということになり、外れていなければ、ヤマダ氏はまだ真の力を隠しているということになって、どちらにしろゾッとしない話である。

「みんな、化け物」

 エリシュカがそっと言った。

「そういう言い方良くないよ、エリシュカ」

「だって、本当のことでしょ。それに多分、わたしが一番の化け物だから」

「……どういうことだよ?」

「ずっと前に死んでたはずなのに生きてるから」

 エリシュカの声はどこまでも透明で、それはただの事実を告げているような調子であって、感情の色が全くついていなかった。悲しみも哀れみも諦めも、何も無い。しかし、だからこそ返ってアレスの胸に染みていくものがある。

「キミは化け物なんかじゃないよ。性格がめちゃめちゃ悪いただの女の子だ」

 アレスは明るい声で言った。

「喧嘩売ってるの?」

「今日はもう買う元気はないだろ」

「うん。眠い」

 エリシュカはあくびをした。 

 それにしても、このミナンという国は好きになれそうにない所である。呪式研究の残酷さしかり、次代の王になる予定の太子の無道ぶりしかり。ミナンの王都に行けないことになって返って良かったのかもしれないとアレスは思った。

「アレス?」

「ん?」

「わたしが寝るまでちゃんとそこにいてね」

「分かったよ」

「変だな。もう二人に会えないかもと思ったら、ちょっと嫌な気分になった」

「別に変じゃないだろ。キミもオレにそういう思いをさせたくなかったら、簡単に死ぬとか言うなよ」

「わたしがいなくなったら悲しいの?」

「そんなことになったら泣くね。もう泣きまくるね」

 空気が心地よく揺れた。エリシュカは笑ったようである。

「ま、その二人もまだ死んだと決まったわけじゃないだろ。元気出せ」

 そう言って、ぽんぽんとエリシュカの背を毛布越しに叩くと、「分かった」といういやに簡単な声が返って来た。

「なんだよ、随分あっさりとしてるな」

「もっとグズグズしてる方がいい?」

「そういうわけじゃないけど」

 女の子を慰めるという大役を演じられるかもしれないぞと思っていた期待を鮮やかに打ち砕かれて、アレスはちょっとがっかりしたのである。とはいえ、よくよく考えるまでもなく、そんな役は演じられない事態の方が望ましいのであるから、残念がることもない。

「アレス、さっきみたいにして」

 アレスはエリシュカの頭を撫でた。

「姉さまにされてるみたい」

 エリシュカは柔らかな声を出した。

「これからオレのことをお姉ちゃんと呼んでもいいぞ。本物に会えるまで臨時でなってやろう」

「アレス?」

「なあに、エリシュカちゃん。お姉ちゃんよ」

「やめて、殴りたくなるから」

「はい」

 夜の闇の中、外の虫の音を聞きながらしばらくそうしていると、エリシュカは眠りについたようである。アレスは、服の裾から彼女の手をそっと放すと、短剣と剣を持って部屋を出た。 

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