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「そういえばその『小説家になろう』にはさ、ランキングがあるんだよ」
昼休み。
教室。
二年二組の教室――つまり自分のクラスの教室で、俺と友人は、昼飯を食べ終えたので雑談していた。
友人は口にしていたいろはすを離して、それから言う。
「へぇ、そうなんだ」
「おう」
「ってことは、アルクの投稿した小説もランキングに入ってるかもしれないってこと?」
「いや、それはどうだろうな」
「可能性はある?」
「可能性はあるけど……まあ、無理だろ。一パーセントもないな」
俺は謙遜するように笑った。
『小説家になろう』にはランキングがある。集計にはいろいろなタイプがあって、日間・週間・月間・四半期・年間・累計のほか、ジャンル別や、マイナーなジャンル専用のセカンドなるものまである。
ランキング上位に入るのはものすごく難しい。なぜなら毎日膨大な数の小説が投稿されるからだし、小説投稿サイトのなかでも『小説家になろう』はその大手であるからだ。
競争率が激しいのだ。
例えば日間ランキング。
これの一位になるためには、およそ3000ptほど必要だ。
ptとはポイントのことである。投稿した小説は、ptによってそれの評価が決められる。これを決めるのはもちろん読者である。言い換えれば誰でも評価できる。
pt――これが増える手段は二つだけだ。一つは小説をお気に入りに登録してもらうこと、これは2pt。二つは小説を採点してもらうこと、これは2ptから10pt。
お気に入りの仕方や評価の仕方は割愛させてもらうが、つまり一人が得点できるptは、たったの12ptしかない。
このまま単純計算しても、3000÷12=250である。
250人。
ランキング一位になるためには、最低でも250人の読者から「最高だ!」と褒められないとダメなのである。
もちろん現実はもっとシビアだ。読んでくれたすべての人がその小説を気に入ってくれるだなんて、そんなことはありえない。たとえ気に入ってくれても「最高だ!」とまではいかない場合も多いだろう。
その難しさを喩えるとすれば――まあ、テストで満点を取ることくらいには難しいんじゃないだろうか? いや、もっとか。学校全体のテストで最高得点を叩き出すことと同じくらいに難しいと思う。
ランキングとは、そういうものだ。
一位というのは、一人しか取れないものだ
取れなくて当たり前の世界なのだ。
俺は言う。
「まあランキングに入ってれば、それだけでもう御の字だよな」
「ふーん。ところでそのランキングって、最低ラインは何位なの?」
「最低は三百位だな。これでもけっこう入るのが難しいんだぞ」
「へぇ。じゃあもしランキングに入ってたら、今夜はお赤飯だね」
「お赤飯って……」
確かにめでたいはめでたいが。
友人は言う。
「そのランキングってすぐに見れるの?」
「ん? うん。スマホからでもすぐに見れるぞ――ちょっと確かめてみるか」
「ね。気になるもんね」
「日刊ランキングのほうを見てみるな。あそこに載ってたらもうなにも言うことねぇ」
「お赤飯だねっ」
手をグッとして力む友人。
お赤飯好きだな、と俺は思った。
俺はスマホを取り出して、ブックマークから『小説家になろう』へ飛んだ。
ランキングのページへ向かう。
その間、俺は思う。
……どうだろうか。
ランキングに入ればいいなとは言ったものの、実際それはかなり難しい。
投稿したのが昨日の夜なのだ。これではそもそもptがついてないことのほうがありえそうな気がする。
初めて投稿したからどんな具合にptがつくのかはいまいちわからないけども……。
やはり最初だから、評価されないことのほうが当たり前なのだろうか?
最初はそんなもんだろうなぁ。
まあ。
見て確認すればいいか。
それですべてわかるものな。
一応、0ptでもへこたれないよう覚悟しておかなくちゃな――
「ん、きたきた」
「おお。アルクの小説はある?」
「あー。ちょっと待ってな。見てい――」
ん?
と、俺は一瞬硬直した。
俺の不自然な挙動に、友人は訪ねてくる。
「アルク? なに、どうしたの?」
「えっと?」
俺はスマホに食いついてみる。
そうして頭を働かせて、その文字を読む。
その文字。
つまり――ランキング一位を取っている、小説のタイトル名を。
俺は読み上げる。
「『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』……」
「…………?」
「えっ」
「うん? それってアルクの小説のタイトルじゃない?」
「え、そうなんだけど」
「え?」
「あれ? 俺?」
「え、ちょっとまって。なに、どういうこと?」
俺は混乱していた。
友人も状況をうまく把握できていないようだった。
話が噛み合っていない。
というか……。
え? え?
まてまてまてまて。
ちょっとまて、なんかおかしいぞ。
俺は言う。
「あぁ……。はぁ? あれ?」
「ねぇアルク、それが一位の小説のタイトルなの?」
「うん、そうだけど……」
「え、それってつまり――」
「ちょ……は? は? ……はぁ? うそ?」
「それってつまりさ――アルクが一位取ってるってこと?」
「え……、マジで?」
「そういうことになるんじゃないの……?」
「あ……」
ああ。
そういうことになるのか。
俺か。
俺が、一位。
理解した。
俺は状況を把握した。
つまり。
俺が昨日投稿した小説・『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』は――日刊ランキングで一位を取っていたのだった。
俺が一位だった。
理解した瞬間。
俺は。
俺は――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおぉぉぉーっ!?」
思わず立ち上がって、壮大に叫んでしまった。
「おいおい! おい! おいっ! おいっ! おいぃ!? え!? なになにマジか!? マジかこれっ!? えぇぇぇっ!?」
右手に持ったスマホに目を近付けて見間違いでないことを確認する。
間違いない……。
俺の小説が日刊ランキングの一位を取っている……。
目線をすこし下げて評価ptを確認してみると、3085ptもついていた。
「うっはぁ……」
俺は、開いた口を手で覆い隠す。
俺は思う。
――信じられない。
初めて投稿した小説がランキング一位だって?
マジかよ。
あるのか、こんな話。
今まで小説なんて書いたことがなかった……、せいぜい読むばかりだったこの俺が、初めて書いてみた小説でランキング一位?
おいおい。
おいおいおいおいおいおい。
なんだこの現実。
わけがわからない。
すごい。
すごい……としか言葉が浮かんでこない。
え、俺、どうしよう。
この驚くべき事態にどういう対応をしたらいいんだろう……。
「あ、アルク!」
友人は焦るように言ってきた。
「座って! 恥ずかしいからとりあえず座って!」
手を下げる動作を繰り返して、突っ立っている俺を座らせるよう指示している。
ふと我に返り、俺は周囲を見渡してみると――教室中から注目を集めていることに気付いた。
誰もが俺のほうを向いている。
とつぜん大声で叫んだものだからみんなを驚かせてしまったらしい。
すこし冷静になって、顔が熱くなってきた俺は、後頭部に手をやって誰にともなく謝罪した。
「あ、ご、ごめん。な、なんでもないから……」
そういいながら座って、しばらく俺は沈黙する。
もうしばらくすると教室中の注目は散って、いつもの昼休みに戻った。
俺は安堵して溜息を吐く。
リラックス。
まずは落ち着くのだ。
一、ニ、三……。
冷静。
オーケー。
ちょっとは落ち着いた。
それから俺は言う。
「うわぁ……。やべぇ……」
ちょっとは落ち着いたものの、それでも未だに一位を取っていることが信じられなかった。
友人は言う。
「や、やったねアルク! 一位じゃない!」
「お、おう。そうだけどさ」
「ってことは今夜はお赤飯で決まりだよねっ!」
「いや、お赤飯どころじゃねーぞこれは……」
呆然としてしまってどうコメントしていいのかまったくわからない。
そもそも俺は今、嬉しいのだろうか? そりゃあ一位を取って悲しくなることはないだろうから、嬉しいに決まっているんだけど……。
しかしいくらなんでも嬉しさの度合いが大きすぎる。初投稿で一位――身に余る幸福というか……、そのせいでいまいち素直に喜ぶことができない。
完全に戸惑っている。
宝くじで何百万か何千万かがあたったような感覚。
落ち着いて対応しろというほうが無理な話だ。
友人は言う。
「すごいよ初めてで一位って! もしかしてアルク、小説の才能があるんじゃない?」
「え、俺に才能?」
「そうだよ! きっとあるんだよ!」
「才能……」
小説の才能……。
今までは書いたことがなかったからわからなかったけど――俺にはそんなものがあったのか……?
友人は嬉しそうに言う。
「もしかしたらこのままプロになっちゃったりしない?」
「え? ……ど、どうだろうな――まあこのサイトからプロになるっていう人もたまにいるらしいから可能性はゼロじゃないと思うけど……」
「やっぱり!」
「で、でも! そんなのめちゃくちゃ低い確率だから! ありえねぇありえねぇ! そんな、まさかだろ……」
「でも実際に一位取ってるじゃん! しかも初投稿で!」
「…………」
「ありえない話では、ないんじゃない?」
「…………」
正直言って、笑えなかった。
なぜなら俺は、友人に示唆されたその可能性を本気で考えてしまったからだ。
高校生のままで小説家になるという未来があるかもしれない――と実際に考慮してみて、真剣にその時のことを俺は考えてしまった。
…………。
どうしたらいいのかまるでわからなかった。
なんというプレッシャー。
こんなのいきなり異世界へ放り投げられたようなもんじゃないか。
ある意味トリップだ。精神的にトリップだ。
日常から非日常へ落とされた気分だ。
「…………」
というか緊張がヤバい。
お腹が重たくなっている。
手汗だってかいているし。
とにかく――今は、直面した現実を受け取めることから始める必要がありそうだった。
初めて書いてみた小説がランキング一位を取っていた――その現実を処理しなければならないようだ。
軽い気持ちで書いたというのに、まさかこんなことになるだなんて……。
俺、どうなっちゃうんだろう?
「うはぁ……、友達が小説家とかカッコいいなぁ……!」
友人はキラキラした目で俺を見つめていた。
その期待に応えられるかどうかは、今の俺にはかなり難しいように感じられた。
――そして。
「……?」
気のせいかもしれなかったのだが。
教室内で読書していた星海が、なぜか俺のことを見ていたような気がしたのだった。
どうして俺を見ていたのか、ほんとうに俺を見ていたのかは――まったく知りえない。
まあ、大方、いきなり叫び声を上げる変人を奇異の目で見ていただけだとは思うけど。