シークレット・ラヴァーズ(22/41)PDFで表示縦書き表示RDF


シークレット・ラヴァーズ
作:梶原ちな



第21話 盲目の檻の先に、青。






「……っ、ちょ」

 奈緒の腰に腕を回して。
 お腹のあたりに顔を押し付けて。
 まるで小さい子が甘えているかのようなその体勢。

 そんな兄を、はじめて見た。

 現状がまったくわからなくて、とにかく壁際に寄った。
 つめたいその感触はあたしをますますひやしていく。
 けれど、目の前はぐるぐると何かが渦を巻いていた。

 どうしてお兄ちゃんがここにいるの。
 どうして奈緒がお兄ちゃんを知っているの。
 どうしていまこんな事になっているの。

 何もかもがわからなすぎた。
 ふたりの会話に耳をすませること以外は、なにもできなかった。

「――はね、――に、ま――……」

 騒音のせいで声が聞こえない。
 だけど途切れ途切れの会話の中、時たま聞こえる自分の名前に心底胸をひやした。

 奈緒に体をあずけた兄は、少しだけ震えているように見えてしかたなかった。

「だいじょうぶ、です」

 突如。
 奈緒の、凛とした声が騒音を通り抜けてこの耳に届く。
 しがみつく兄の背に、おそるおそる伸びていく手。

「未羽は、いつまでもあなたの妹には変わりないんだから」

 隠すかのように、抱きしめていくその体。

「だいじょうぶ。未羽はあなたのことが好きだから、あなたが想うように未羽もあなたを想っているから」

 凛とした声の中に、甘さとわずかながらの熱を感じた。
 そして、その口から飛び出したあたしの秘密。

「だいじょうぶ」

 繰り返すその言葉に。
 甘さと熱に。
 
 ゆっくりと後ずさりをして、走った。

 パズルのようにピースが重なっていく。
 痛む足も乱れた髪もお構いなしに、また外に飛び出していた。

 混雑する、街のなか。
 通り過ぎるひとが、まるでモノのように思えた。
 こぼれ落ちたものはとめどもなく降りそそいで、やむことを知らない。

「な、んで、」

 消え入りそうな声は、それでも自分の耳に届いて突き刺さる。

 なんで、気がつかなかったの。

 奈緒がすきなのは、お兄ちゃんで。
 奈緒はお兄ちゃんがすきだというあたしの秘密も知っていた。

 彼女を苦しめていたのは、あたしだ。

「ごめ、ん、な、さっ」

 肩を震わせて、奈緒にしがみつくお兄ちゃん。
 あんな姿はじめて見た。

 お兄ちゃんはあたしのすべてで。
 あたしを守ってくれて、そのためになにもかも失ってきた。

 涙をこぼすたびに、だんだんとその色が戻ってきた。

 鈍色のアスファルト。
 水のような色の空。
 鉛色の雲。

 通りすぎたひとの青いマフラー。


 ――お兄ちゃんは、あたしの手を離してでも。
 そばにいたいひとができたんだ。


 涙は、枯れることなくこの胸を濡らしたけれど。

 たどり着いた答えは、不思議と胸に収まって。
 じんわりとあたためてくれるものだった。











シークレット完結記念
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