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『21:39』『叫び』

作者:ohrumm
SF、の略、ぎりぎりスペキュレイティブ・フィクション、とか、
「めんつゆ界の木村拓哉ってどうよ」
「まず、めんつゆか人か、どちらかという話ね」
「お前にも恋人、ね」
 ……
「わたしはめんつゆだと思いますけどね」
「うん」
「木村拓哉ってどことなくめんつゆの色合いですもんね」
 ……
「みかん界の酒井敏也、というのもよいですね」
「話聞いてるの」
「でも酒井敏也はそもそもがみかん感溢れてまっせ、といういでたちですしね」
 ……
「聞いてないかもしれないね」
 ……
 というのは六割がたわたしの脳みそで展開された不分明なことばのかずかずで、本質的には、
「めんつゆ界の木村拓哉ってどうよ」
「まず、めんつゆか人か、どちらかという話ね」
「わたしはめんつゆだと思いますけどね」
「木村拓哉ってどことなくめんつゆの色合いですもんね」
「みかん界の酒井敏也、というのもよいですね」
「でも酒井敏也はそもそもがみかん感溢れてまっせ、といういでたちですしね」
 もしくは、
「お前にも恋人、ね」
……
「うん」
……
「話聞いてるの」
……
「聞いてないかもしれないね」
……
 のどちらかと問われればそりゃもちろん後者です、わたしに恋人、うん、話聞いてない、のほう。
 正直な話、わたしに恋人なんてできないだろな、と思ってた。というよりもむしろ、わたしは別にそういうのいいかな、と思ってた。思って、ずっと、いた。でもできたのでして、つまるところ、人生タイミングだよ、しげあき君、という感じ。
 なんでわたしが別にそういうのいいかな、と思ったか、って、そんなのめんつゆとかみかんとか、わたしの脳みそを駆け抜ける数多の食材とか芸能人とか文房具とか空とか宇宙とか色とか哲学とかこの世の本質とかセルフ洗脳とか、そういう不分明なイメージを切り開いて言葉にすればわかる話だと思う。
 むかし理由は忘れたけど受動的にひとりぼっちになってしまって仕方なく脳みその中をのぞいてみたら、あんれまあ、こんなスパイラルワンダーランド。てな具合に、自分の脳みその中っていうコンテンツにすっかりはまってしまって、今度からは能動的にひとりぼっちになろう、って思った。そんな友達との語り明かし。
「しかしなぁ、あの不思議系ぼっちとかなんとか呼ばれていたお前が、恋人。はぇー。しかもお前から、ねぇ。またなんで。逆にアリかな、ってか。いつもお前がいってるような」
「逆にアリ、ってのもなくはないけど、ようはさ、タイミングよ」
「なんだ、タイミングが良ければ恋人はいつでもできます、ってか」
「あー、そう言うんじゃなくてさ、なんか、逆に」「出た、逆」「あー、あーいやいや、えっとね、なんて言うの、『タイミングが俺に恋人をもたらした』みたいな、最高級のカッコつけでやるとこうなりますよ、的な感じのセリフよね」「なんだかな、よくわかんねえや。お前絶対女にもそういうよくわかんねえ喋り方で話すんだろな」
「長い間能動的にぼっちになって、なんかしっくりこなくなってやめて、それ以来ですらお前とくらいしか話してないからなあ、そういうのもあるかもな」
「大丈夫かよ。……まあでも彼女さんがお前のことを好きなら大丈夫か。うん。しかしなぁ……お前に異性を好きになる、的なそういうのがあるのか……」
 わたしの目の前でしゃべるこの人は名前を中城哉太とかいってしげあき君なんかでは断じてなく、というかしげあき君って誰やねん、って感じなんだけれど、とにかくこの中城くんってのは、ひとりぼっちでいるわたしに何を思ったか親しげに話しかけてきて、で、また、わたしの脳みその中にちょっとした革命が起きたせいで、人、いや、中城くんと話すのが存外楽しくて、これからは友達のひとりでも持っとくべきかな、と思った。
 わたしに人を好きになる感情が云々、って目の前の中城くんは言うけれど、それ、ちょっと違うな、なんとなればわたしには「好きとは何か」、もっとイージーな「あなたが他人を好きとは何か」だってわかりっこない、初めてのわたしの恋人には悪いけれど、わたしは何をして人のことを好きと言えるのか、さっぱりわからない、でも、他の人はどうかわからない、こそあれど、他の人だってどうせわからない、だろうな、そんな感情を込めて、
「あるよね、わかんないけど」
 そんな語り明かし。午前四時、語り、明かした。

 それからいくぶんか時は経って、ある日の朝、わたしはひとりで、日光プラス蛍光灯のやたら明るい部屋にいた。まぶしいな、ソーラーパネルくらいの発電量でソーラーくらいの光を出して、その光をソーラーパネルに当てて、そのあいだに寝転んで双方のじゃまをできる存在になれたらそれはちょっとぜいたくかもな。
 なんて、またわけわからん、今日は恋人とふたりで出かけるんだったね。久しぶりに。
 わたしの気持ちは、ちょっとテンション高い、というものだった。
 わたしのぐるぐる脳みそは、いきものって、繁殖したところで、増えたところでどうするのかな、地球外に攻め入ったりするのかな、というものだった。

 待ち合わせ場所まで、わざわざ各駅停車に乗る。あまり速度が速すぎると、ぐるぐる脳みそから不分明なイメージが溢れて、隣の人のぐるぐるじゃない脳みそに攻め込んで、そのヒトの脳みそまでぐるぐるにしてしまいそうだから、急行とか乗りたくない。
 ゆっくり、ぼんやりする。
 ふと、なんで恋人ができたかを説明することはわたしには出来ないけれど、どうやって恋人ができたかなら説明できないことはない、と思った。
 くりかえす、タイミング、って話。なんかよくわからないのだけれど、つまり、タイミングよく出会って気持ちのタイミングがかみ合ってそしたらわたしの脳みそとわたしの気持ちもかみ合ってそれで好きだとか言っちゃってそれが世間一般の告白ってやつであろうことかいいよ付き合ってもなんて言葉をもらってしまったの。なんて、恥ずかしくて一息で言ってしまうわ。だからかみ合ってない今は好きとかわかんなくて、ってのはつまりあのときタイミング違ったらいまだってわたしは恋人なんていないだろうし、作ろうとも思ってなかったりするはず、ってこと。だから、
「ねぇ、どうして私のことなんて好きになったの」
「わかんないけどね、なんとなく好きなの」
「どこが好き、とかないの」
「どこ……うーん。……人を好きになるって、その人のどこか特定のポイントを好きになるってことなのかな」
「それはわかんないかも。私にだってわかんない。わかんないけど、きみは私をどこか知らない世界に冒険させてくれそうなイメージ、そんなイメージ」
「それって俺のどこかなのかな。わからなくなってきた」
「きみと話してると頭がコンランするよ。でも、これ心地いいね」
「そりゃなんだかおかしいね」
 なんて、世間一般に問うたら、どうなの、って返ってくるような、よくわからないやりとりをしてしまう。
 なんとなく好き、とか、そんな段階にすらわたしの気持ちは達していないのかもしれないな、なんて、わたしの脳みその表面を滑ってく言葉を眺めながら考えて、これが自分に、恋人に、嘘をつく、ってやつなのかな、とも考えて、そもそも自分って何、恋人って何、嘘って何。と脳みそはぐるぐる回転してしまうせいで、わたしの言葉もぐるぐるに翻弄されてわけのわからないものになる。


「久しぶり、ひと月ぶり、だね」
「ぶり、ぶり、だね」
「こら」
「あーごめんごめん、なんかあるじゃんこういうの」
「まったくもう」
 すこしは普通の会話できるようになったかな、と思っていたのだけど、ぜんぜんだ、あ、でも、こうやって「普通」を意識できるようになったって、それは社会的動物へ一歩近づいた。ほら、ね。しげあき君。中城くん。
「今日はどこに行くの、かれしさん」
「どこにいきたいですか、かのじょさん」
「晩ごはんだけは、となり町のちょっと高いビルの上にあるレストランでたべたい、ってきめてあるんだけどなぁ」
「だったら、いつ、緊急事態、夜が予定より三時間早く来てしまった、なんてことがあってもいいように、となり町のショッピングモールにでも、とりあえず」
「無いよそんなこと。んー、ま、よし、行こ。ふふ」
 わたしの脳みそは最適のデートコースを生成することに対応していないので、デートの軸だけはわたしが決めて、あとは恋人に委ねることにした。

 ショッピングモールの中を、たくさん歩いた。
 大きなモールの中を恋人に連れられて、たくさん買い物をした。
 晩ごはんのじゃまをしたくないからって、昼ごはんは簡素に済ませた。
 プリクラ、なんて、撮ったりもした。気持ちの方では、恥ずかしい、って、んで、脳みその方では、プリクラ、幽霊なんかも無賃で撮ったりするのかな。幽霊とツーショット、いいね、って。
「疲れた、どこか、人のいない場所に行こ」と恋人が言うものだから、わたしたちはカラオケボックスに入った。

 ふたりきりのカラオケボックスの中、ここならばと恋人に目で誘われ、それに応えだきしめるわたしの、脳みそ、気持ち、その歯車がすこし火花を散らしたように思えた。どこで「思え」たのか、それはわからなかった。

 しかしそれきり、わたしの脳みそと気持ちは少しもかみあわないので、気持ちの方では先行して慣れないキスなんか急いだり、テンションを上げているのだけれども、脳みその方では、この二つが一つとなった空間、中は一体どうなってんのかな、とか、小さいカメラとかあったら撮ってみたいな、とか、相変わらず気持ちさん、ぼくには全く影響されませんな、とか、気持ちの方にしてみればまるでムードぶち壊し、そういうことばかりぐるぐると駆け回っていた。
 ふと、わたしの気持ちという存在を、それってどうなの、って思った。どういうことかってさ、気持ちのある場所、脳みそじゃないの、って。
 わたしの認識があっていれば、気持ちってのは脳みその中で育まれて、そのまま脳みそをつつーって移動して、口から出てきたり、顔の筋肉を動かしたり、心臓をばくばくさせたり、そういうものであったはず。でもわたしの中身を覗いてみると、脳みそと、わたしが気持ちだと思っているもの、まるで整合できていない。わたしの体を動かしているのは、どちらも、だ。ということは、わたしの気持ちは気持ちであって気持ちでなく、それではこのぐるぐる脳みそも、気持ちとなってしまって、そんな、めんつゆとかみかんとか、おかしい。
 じゃあこれは何。
 ひとりで思弁していてもわからなかった。
 気持ちのほうが満足してきたようで、わたしは唇を離し、ぐるぐる脳みそに口を動かしてもらった、ってほら、独立しつつもそれぞれわたしの外面に影響を与えてくる。
「ねえ」
「なーに……」
「ひとの気持ち、って何かな」
「……もう」
「……何」
「……なんでもない」
 恋人の方でタイミングが悪い、っぽいようで、あとでもう一回、この恋人に訊いてみることにする。

 ふたりの時間、脳みその方ではどうかわからないけれど、気持ちの方ではあっという間に感じていたはず、なのに、カラオケボックスを出てみて、わあ、夜が予定より三時間早く来てしまった、みたい。なんて脳みそで。考えて。いた。
「行こ」
「レストラン?もうそんな時間、やっぱり、夜が予定より三時間早く来てしまった」
 脳みそが口をうごかした。
「そんなことないから。お腹すいたし、行こ」
「ん。行こう」

 レストランまではすぐで、脳みその中で桃太郎の固有名詞を一般化してアイテムAとか人物Bとかにして、それらをアメリカ開拓時代の固有名詞っぽく置きかえて、タンブル・ウィードが砂の小丘から転がってきたところで恋人が「ふたり、でお願いします」と言う。
 ウェイターのかたはわたしたちを、テラス付近、夜景付近の席へ案内してくれた。

 席は夜景を十二分に見せて、くれた。

 気持ちで、綺麗だな、夜景、と思って、脳みそで、なんだか、ぐるぐるよおさまれ、と叫ばれている気がするな、と思った。あれ、すこし近いかな。
 訊かなきゃ。脳みそで。
「ねえ」
「ん?」
「気持ちってさ、どこにあると思う」
「……ごめん、こういうタイプの質問だったんだね、勘違いしちゃった」
「うん、それはいいんだ、ね、教えて、意見を、さ」
「……うーん、『こころ』じゃ、ないかな」
「こころ」
「うん、こころ。脳みそ、ってのも、ちょっと違うし、でも心が脳みそにない、とはいえないけど、ごめん、わかんない」
「こころ……脳みそ……」
 気持ちがこころにある、らしい。って聞いたわたしはわたしの内面を覗いてみたけど、こころ、ってはっきりしたものはどこにもなかった、とも言えるし、全てがこころ、ひょっとしたらわたしの内面以外この世界すべてがこころ、って可能性も否めなくて、やっぱりわからない。
「満足、できないかな、わたしのこたえに」
「……だいじょうぶ、うん、できた、気がする」
「よかった」
 この主題はわたしの人生の中で消えることはあるのかな、消えないかもね。でもそれはそれでいいよね。世界の秘密は秘密のままで夢を見る。
「ありがとう」とは気持ちの言葉。「どういたしまして」。

 あつらえて運ばれてきた料理を目の前にして、恋人は切りだす。
「どう、だった、今日」
「楽しかった、今日はありがとう」気持ち。
「いいえ、こちらこそ。ふふ、大好き、幸せ」
「うん」脳みそ。
 ……
「……何見てるの」
「……」両方。両方、両方、両、方。

 大好き、とか、幸せ、とか、そんなことをわたしに告げる恋人の顔を見ていたら、いつのまにかわたしの気持ちは、とても悲しい、というものになっていて、わたしの脳みそのぐるぐるはあいかわらず、あろうことかこんな、とても悲しい、の気持ちのときに、窓の外のテラスの、その下の部分にどんなものが隠されているのか、ということに軸をおいてしまって。けれどもそれが、なんか、逆に、かみ合ってしまって。もう、なんでこんなときにタイミングが一致してしまうんだろう。なんで「好き」の方で噛み合わないんだろう。それでわたしの体は立ち上がり、テラスへ向けてゆっくり、でも確実に歩みをすすめていて、「どうしたの」と恋人は訊く、けれど言葉はぐるぐるの早さに戸惑っていて口を出ない。そんでわたしはその後どうしたのかな、もう次の瞬間には意識ないのかな、やっと言葉が出たと思ったら「何だ、こういうふうになっていたのか。って、はっきり見えてそう言える場所に、もうすぐわたしはいる」。わたしの気持ちは脳みそに嘘をついた、「ねえ……やめて」けど今やっと悔い改めた、なぜなら「俺も好きだよ」って言わなかったから、わちゃあ、もう届かないね、「嘘ついててごめんね」って、「最後まで、好き、がわからなかった」って、言えなかったね





 女の子は、落ちてゆく男の姿を眺め、それから、落ちてしまった男の残骸のそばへ歩み寄ってこれを眺め、やがて吐いた。かつて男だったもの、自身の吐いたもの、交互に眺め恋人は、少しうつむき心地で、携帯電話を取り出し、一、一、七。
「午後、九時、三十九分、二十秒を、お知らせします」
 ポーン。
「ねえ、お姉さん、教えて、騒ぎになる前に」
「午後、九時、三十九分、三十秒を、お知らせします」
 ポーン。
「今まで自分に、このひとに、大好きとか幸せとか、嘘ついてたの謝るから」
「午後、九時、三十九分、四十秒を、お知らせします」
 ポーン。
「悲しくて涙が止まらない、恋人との別れが寂しくてならない、」
「午後、九時、三十九分、五十秒を、お知らせします」
 ポーン。
「そんな人間へのなり方を、教えてよ、ねえ」

 午後、九時、四十分、ちょうどを、お知らせします。
 プッ、プッ、プッ、

 ポーン。
さびしくない・ふたり、とか、に収まるんじゃないかな。そう思った、よ。脳みそで。

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