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中古系異世界へようこそ! 作者:高砂和正

2章 黒の猛禽たち

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44 とんびともぐら 前編

 やってみせ
  言って聞かせて
     させてみせ
  誉めてやらねば
     人は動かじ


 トゥレスが〈源世界〉で知った言葉だ。
 口にしたとされる、前世の自身の属した軍の元帥閣下が実際にそれを成せたのかをトゥレスは知らないが、それでも嫌いな言葉ではなかった。
 素晴らしい人心掌握の技術である。
 しかし、

(考え方が持ち込まれた時は、画期的だったろうよ。だがこの世界の現代の教育者の大半は()()()()は意識もせずにこなしやがるからな……)

 この世界での小学生の時分に世話になった教師たちを思い出す。
 前世の自身を思わせる頭部の輝く老人教師も、新任の優しげな女性教師もそうだった。
 残念ながらこの世界において賞賛されるほどの異世界知識として扱うのは難しかった。

(……だが、人の心を考え、人を好く伸ばすためのやり方。そいつを――)










――そうだな、もしもイルマちゃんが気にしねえならの話だが……

「アタシ貧乳の女とは相性悪いのよね。祟られてるのかしら」

 女物には見えない鎧を纏ったイルマを見て、ホンファが嘲笑うような色を込めて言った。
 ホンファがこれ見よがしにゆさりと豊かな上体を揺らして見せる。
 明らかに、挑発。
 程度は低いが不愉快には変わりなく、閉じた口の中で歯を軋ませる程噛み締めて苛立ちを堪えた。
 精神的な余裕が有る。実態がそうでなくとも、そう思わせる態度に徹する必要が有った。

「ふふっ」
「何笑ってんのよ?」
「いえね、羨ましくないといえば嘘に決まってます。私も女ですからね。でも、人種的にローティーンの頃に人一倍の発育でもしなければそのあたりは困難だし、諦めもついているんですよ」
「ふうん、惨めね」

 お互い、半ば本気だ。
 まだホンファはイルマを下に見ている。
 そこに優越感を感じてもいる。

――ホンファは、長寿系の人種が嫌いだ。同性のな。

「それに、私達みたいな人種は寿命が長いということも有りますからね」

 イルマが可能な限り自然に言うと、ピクリとホンファの眉が揺れた。

(本当に反応しましたか。……私が〈鷹羽〉に居た頃に冷遇された理由が五精系だからっていう推測にも信憑性が出てきました)

 イルマはそんなこと思った。以前受けた扱い、そしてホンファの手で妙に気合の入った拷問を受けたことを思い出して。

「私達は若い時間が酷く長いですが、歳を取ってからもまた長い。20代相当が80年も有るとはいえ、老いれば巨乳は垂れたりすると言いますからね。巨乳の長命種が老いてオッパイ垂れたりすればさぞ悲惨でしょうね」

 嘆かわしいことだ、とでも言いたげな口調でイルマは予定の言葉を弄ぶ。
 平気な顔を装っているが、心中はしくしく涙を流している。聞いているのは敵しかいないというのに、心にも無い嫌なことを口にするのが酷く彼女の良心を傷つけていた。

「何が、言いたいのか判らない、わね」

 苛立たしそうにホンファが言った。

――寿命差の問題だ。そこを抉ってやれ。

 脳裏に再び、トゥレスが言った言葉が響く。

――現地人のイルマちゃんにゃ分かりづらいか?

――この世界では一般的に長命種は長命種同士、短命種は短命種同士で恋愛し、婚姻するという常識が有るだろ。常識っつーか、論理的に考えりゃ当然の話で当然の選択なんだけどな。

――寿命差の有る恋愛は美談も多いが悲劇はもっと多い。そして悲恋であることはまぬがれねえ。だから現地人は成長するうちにそれを避けることを暗黙の常識とする。

――が、その常識を無視できる異物がいる。……そう、儂らセトラーだよ。

――転移型ならばまだ良い。長寿系のPA持ちでも無けりゃ、生理的なレベルでほぼ基人系の転移型セトラーを相手にする長命種はいねえからな。

――で、問題は転生型だ。知ってるだろうが、転生型は幼少期から接触した者をリアクターにしちまいやすい。洗脳しちまえばこっちのもの、寿命差問題を気にしないでくれる異世界異人種ハーレム要員の出来あがりってわけよ。だからセトラーの寿命差を無視したハーレムは、転生者を軸にした幼馴染か拾った子供を洗脳してのケースが……

「やはり胸が大きいのは短命種の方が向いている気がするんですよね」

――って、体抱きしめて引くなよ! 儂も転生者だけどガキ洗脳して食いもんにしようとしたことなんかねぇぞ!  

――……まあ、兎に角だ、ウノが美少女だからと囲い込み、自分を好きになるよう教育しようとした末路がホンファとデリアな訳だ。外から見ても思惑は上手く行った思う。

――しかしウノの奴は寿命差問題を考慮してねえ。〈源世界〉の寿命感覚のままだから当人は良いかもしれねえ。娘どもの若い頃を味わえるなら十分とでも思ってるかもな。だがあの2人はどうかと言うと、儂が見て来た限り凄まじいコンプレックスを抱え込んじまってる。

――カルメでのウノの寵愛争いの頃は、より長くウノと一緒に居られるであろう長命種のパーティメンバー候補を、あの仲の悪い2人が協力して潰したのを何度も見た。時には顔を潰してから治癒して跡を残させる徹底ぶりでな。

――特に、8年で基人系の10歳分の歳を取るという獣相系のホンファの方が、それは顕著だろうな……。

「一瞬の美しさとでも言えば良いのか」

――何て言って挑発するか、ねえ。そこらへんの具体的なもんを言われると儂もな……。

――何だか面白そぉな話してるじゃないかぁ。クワシク!

――おう大将、斯々然々(かくかくしかじか)でな?

――ほぅほぅほぅ、まぁじでぇ? よぉし文面は僕が人肌脱ごぅじゃないかぁ。

「長命種とお付き合いされたりすれば寿命差で苦労されるでしょうけれど、そうでなければむしろ、あっ……」

 声色は失言を後悔したような感じだが、表情は明らかに半笑い。
 つまりそれは、どうだ煽っていますよと言っているのと同義にしか取り様の無い態度だった。

「イィイイイイルゥウウウウマァアアアアアアアアアアッ!」

 美貌を赤黒くなるまで染めたホンファが絶叫する。
 獣相系の遠吠えすら可能とする声帯が威圧の波動として叩きつけられた。

(さあ、勝率上げるためとはいえなこと言っちゃいましたからね……)

 想定通りの展開にイルマが半身に構える。

(ここで負けたら心まで赤字です! 勝ちますよ、私!)

 心中で自分に言い聞かせた。
 もしも巨乳の長命種や貧乳の短命種を揶揄するような言動がお柚やリインにばれたら、企画のトゥレスと演出のニコラウスを巻き込んで土下座する事を心に誓って。










 トゥレスとウノ。両者は既に何本もの矢を放っているが、お互いに被弾はしていない。
 だが、それまでの経緯を考えればそれは一方的と言えるような内容だった。

 これまで幾度も響いた、硬質な音が鳴った。
 トゥレスの放った矢をウノの自動防護障壁が弾いた音だ。
 彼の装備する、所持者に障壁を付与する恐ろしく高価なアイテムが生み出す強固な守り。それがウノを傷つけようとするトゥレスの矢をことごとく遮断しているが、

「おらぁっ! 速ええのは矢だけかぁっ!?」

 トゥレスは〈影法師〉と不完全ながらも治った脚で木々の間を自在に動き回り、ウノの矢を全て回避していた。

「くそぉっ!」
「こっちは狩人だと知ってただろうが。森で儂に勝てるかよ、弓使い!」
「こんな場所でなければ……!」
「馬鹿め、敵の都合に合わせてやる間抜けが居るかよ。……というか、楽に潰すためにこの場での迎撃を選んだんだがな」
「卑怯だぞっ! トンビ野郎ぉ!」
「はははっ! お前が他人を陥れるのは良い策略、他人が自分を陥れるのは卑怯な行いだってか!? 何だそりゃあ。下劣すぎんだろう!? 品性がよぉ!」

 トゥレスが罵倒する。
 挑発を主目的としたイルマと違い、これまでの鬱憤晴らしも兼ねている。

「お前、みたいな、脇役なんかにぃっ」
「人を脇役だと!? 主役気取りかよ!?」

 トゥレスは嘲笑った。

「……鏡見てみろっ! てめえも儂と同じでダークエルフ、異世界物でそうそうで主役を張らせてもらえる人種かっつうの! 女ですら余程作者が変化球狙わなきゃ2番手以降のサブヒロイン枠! 男だったらその御付キャラ程度よ! 物語の転生キャラを気取るなら、身の程知っとけ小物ポジがぁっ!」

 悪辣に、甚振るようにトゥレスの舌が転がる。
 トゥレスは自身に特別性などというものを見出してはいない。主人公だの脇役だのといった物を自分や他者にあてはめるようなことに意味は無いのだと、100年を超える魂の年輪によって確信を得ていた。
 だが、

「トゥレスッ!」

 ウノは激昂した。
 トゥレスが怒らせた。
 生前に読んだのであろう異世界転生物に酷似した自身の状況に酔い、自らを高く高く見積もり、他者を下に見るのが常態と化してしまったウノにとって、トゥレスが突きつけてきた言葉はあまりに不愉快なものだった。
 そうなると分かっていて、トゥレスは言葉を選んでいた。

「ハッ! 一丁前に切れてんじゃあ……」

 ウノが怒りに任せて矢を放つが、トゥレスは〈影法師〉による緩急の付いた高速移動でそれをかわす。
 矢弾の飛翔速度が光速だとしても、射手の動作が光速になるわけではない。相手の心理を予測し、フェイントを交えて動き回れば回避するのは可能だった。

「ねぇよっ!」

 返しの矢を撃ち放つ。
 正面から直撃ち。
 山なりに降らせる曲撃ち。
 前に撃ち込んだ矢をさらに狙い撃つ重ね撃ち。
 タイミング、命中角度のずれた複数の射撃。

 ぎぎ、と耳障りな硬質な音が響いた。

「障壁がっ!?」

 ウノが悲鳴のような声を上げた。
 障壁に亀裂が入り、掻き消える。
 しばらくすれば復旧するが、これで数時間は使えなくなるはずだった。

「チイィッ!」

 ウノは強く舌打ちし、反射的にスロットを開放した。

「出しやがったな……!」

 アーチャーベース、と呼ばれる設置型戦闘機具が有る。
 一般的にレール部、シールド部で構成され、射手の周りに半円を描くようにレールを展開し、タワーシールドに近いサイズの複数枚の大型盾をそのレールの上で移動させて射手を守る小型の防御システムだ。
 自動防御障壁発生機に比べれば安価ではあるが、射手個人が用意出来る防御用装備としてはかなり値が張る。
 あそこに篭られればそうそう手は出せなくなる。
 また、篭った側も安心感を得るだろう。
〈源世界〉に生きたトゥレスは、核の傘より核シェルターの方が個人には安心を与えることからそれを理解している。
 体勢を整え、〈烈光弓〉に矢を番えたウノの表情から自信が見て取れた。
 腰を据えて撃ち合う積もりなのだろう。
 そうなれば負けないと。

「ハハハッ! ハハハハハハハハハハッ」

 しかしトゥレスは笑った。

「さぁ、ウノ! 潰してやるぜっ! てめえが積み重ねてきたもの、最も後生大事に抱えて来やがった、生まれた頃から自らを鍛えるという異常で育んだ転生者のプライドとやらをな……!」

 トゥレスも視界を確保しやすい位置に降り立った。
 彼の優位である、木々の間での機動性を捨ててしまうような場所に。
 ウノのアーチャーベースに対抗するように、トゥレスはスロットから一つの大物を展開して自身の脇に設置した。
 それは大人一人が優に収まるほどの巨大な樽だった。
『個』判定を有効にするための細工をして幾本もの矢を満載した、ただそれだけの樽。
 そして、持っていた弓を足元に放り捨てた。

「!?」

 武器を捨てる行いにウノが目を見開く。

「〈影法師〉!」

 宣言と共に、トゥレスの空いた左手から黒い半実体が溢れ出す。
 しかし、そこから半実体は伸びていかない。
 普段の移動ではないのか、そう思ったウノはさらに驚愕の表情を作った。

「な、何だそれは」

〈影法師〉は、その自在に形状を変える特性により黒い弓へと変化していた。
〈烈光弓)のように華美なデザインをしているわけではない。ただひたすら無骨な単色の大弓だった。

「弓に見えねえか? 洒落てるだろ?」

 トゥレスは笑い、矢を樽から引き抜いてこくきゅうに番える。
 同じ顔をした男2人が黒と白の弓を向け合った。
+注意+
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