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中古系異世界へようこそ! 作者:高砂和正

2章 黒の猛禽たち

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41 あかがねおに

 それは〈鬼の魔窟〉を数層先へと進んだ後の事だった。

 5人が向かう先の角から現れた、虎の物に見える擬耳殻ぎじかくと尾を持つ巨漢。
 ぎょろりとした縦割れの虹彩が目立つ爬虫類的な印象の顔の男で、〈変り種〉の面子を見るとにやりと笑い、凄まじい速度でその後方へと駆け抜けていった。
 男の脚力は全速力のニコラウスやおゆうにも引けを取らないスピードで、すぐに見えなくなってしまう。
 そして、男を追う様にして角から鬼たちが顔を覗かせた。
 ぞろぞろと現れる鬼は、一体何体いるのか分からない程の数。
 かつてここで大量の鬼に追い回された記憶から、おかざきの背が粟立った。

「……やはり魔物誘導殺傷(MPK)か」

 ニコラウスが吐き捨てる。

「オカ君、PA、レベル2」
「はいっ。〈対界侵蝕カイモン〉 レベル2 通常形態(アクティブ)!」

 ニコラウスの要請を受け、丘崎が精神感応領域を展開する。
 周囲の4人を飲み込み、思考が接続される。

(ユウ、そっちは予定通りでよろしく)
(良いの? あれ追いかけて。うちでも追いつけるか分からないくらい速かったから無駄足踏むかも知れないし、ここで一緒に戦った方が……)
(確かに最悪の想定並みには()が有った。だが奴が僕らを始末する気ならそう遠くは行かないから追いつけるはずだ。最悪鬼共と遣り合ってる時に挟撃の形に持ち込まれ無ければ良い。)
(……了解。皆、無事で)

 1秒もかけず、音を介さない遣り取りが行われる。
 一瞬だけ安全を祈る思念を仲間に向けると、お柚は足元を蹴り脚で吹き飛ばしながら男の去っていった方向へと駆け出した。
 お柚は数歩で50メートルほどの精神感応領域から離脱し、共有された情報源が一つ減少する。

(状況を確認する。先ほどの獣相系トラ人種、〈まがへび〉のウェイヨン・ドロヴァンディはお柚が対処する。残った人員で正面の敵性魔物集団に対処。その上でアレ)

 器用に自身の視界情報から伝えたい物を残り3人に転送する。
 ニコラウスの眼が注視していたのは数十体いる鬼たち内の10体ほど。
 異形である巨腕鬼たちと異なり、筋肉質ではあるが普通の人間に近い体形を持ち、しかし身長は3メートルに届こうかという巨人の鬼だ。
 濃い赤色の体色で、棘は付いていないが冒険者からは金砕棒きんこぼうと呼ばれる金属製の長い棒を携えている。

 銅鬼あかがねおに

 今回の探索の道中でも数度遭遇しているが、隙を突かなければお柚とニコラウスの攻撃くらいしかまともに通らない強敵だった。
 1対1で打倒するなら、攻撃型のスロット6相当が必要になると言われる存在。
 それが今回は複数体。

(銅鬼が本気で追撃を仕掛ければ、僕とリインは逃げれるがアブドラとオカ君は無理だ。ここで殲滅するより無い。
 恐らく、意図的に巨腕鬼を間引いて沸かせて溜めたんだろう。銅鬼はああも群がる仕様にはなってないからね。アレが複数いるともうどうしようもない。僕とアブドラで前を抑える)
(……やれやれ、仕方無いのう)
(オカ君とリインは後ろから支援射撃。そして……)
(マスター、私も!)

 リインが前に出ようとするが、

(銅鬼の攻撃が直撃すればリインじゃ死にかねない。それに僕とアブドラでも後ろに敵を漏らすかも知れないんだ。オカ君単独じゃ巨腕鬼でもやっかいなのに、銅鬼が来たときにリインの支援が無ければ間違いなく殺される)
(……ッ!)
(聞き分けろ。リイン)

 ニコラウスが思念で冷静に叱り付ける。
 そして、

「時間が無い。総員戦闘開始」

 宣言と共に敵集団へと走り出した。










〈対界侵蝕〉の有効射程内に収まる前線で、ニコラウスとアブドラが鬼の大群と戦っている。
 突撃役のお柚が居ない状況で複数体の銅鬼を捌かなくてはいけないため殲滅速度は早くないが、着実にその数を減らしていっていた。

(……何とか、なりそうか?)

 リインと並び、クロスボウと魔力球で敵に隙を作るように支援射撃を行っていた丘崎はそんなことを思った。 
 前線に安定感が有った。
 普段のニコラウスよりさらに護りが堅く、普段のアブドラより異様に動きが良い。
〈対界侵蝕〉の副次効果だった。
 簡易な伝心テレパスのような物になるレベル1と違い、レベル2は意思、経験と培った技術を融合させる。
 流石にその人物の身体で実現出来る以上の能力は発揮できないが、今のニコラウスにはアブドラの壁役としての経験が上乗せされ、アブドラはニコラウスの立ち回りが可能になったことで大幅に強化された状態だ。
 その上、五感や思考を共有しているため連携がさらにスムーズになっている。
 このまま行けば、と思えるような状況だった。
 ちら、と隣のリインを見る。こちらも魔力球での攻撃に専念しているが、丘崎と違って取り巻きの巨腕鬼の数を減らせる威力だ。
 気になるのは、久々だからかリインのPAの()()()が妙に浅い気がすることだ。感覚での話だが、恐らくレベル1相当にしかなっていないのではと、

(むぅっ! いかんっ!)

 アブドラの焦った思念が届いた。
 視線を向けると、銅鬼の強烈な一撃を受けて弾き飛ばされるアブドラがいた。
 頑強な当人にダメージが入るほどではないようだが、衝撃を受け切り損ねたらしい。

「アブドラッ!」

 リインが悲鳴のような声と共に魔力弾を銅鬼に撃ち込んだ。
 体勢を崩したアブドラへ追撃を加えようとしていた動きが止まる。

 そして、ゆっくりとリインの方を見た。

 裂けた口が上下に開く。

 笑っている様に見えた。

(リイン! 敵対行動(ヘイト)を稼ぎ過ぎてる!)

 ニコラウスの思念が飛ばされる。
 アブドラを押し退けて空いたスペースから、

(来るのか……)

 リインと丘崎がいる方へ向かって銅鬼が突っ込んで来た。
 リインが一瞬丘崎に眼を向けて来た。
 迷いの思念。
 機動力で劣る丘崎がいるから離脱出来ない。
 顔から血の気が引いていた。

(選択肢が、無いのなら……)

 丘崎の身体は、勝手に動いた。



 リインの身体を突き飛ばす形へ。



 割り込んだ丘崎に接近した銅鬼が金砕棒を振るう。
 丘崎は盾で受け止めようとしたが、不完全な体勢と体重の乗った威力から支え切れ無かった。
 当然だ。いくらアブドラの経験と技術を共用出来るとはいえ、本来の技術の持ち主ですら受け流しきれなかったのだ。体重と自身にかける魔法の性能で劣る丘崎はトラックに跳ね飛ばされるようにして宙を舞った。 
〈対界侵蝕〉の有効圏がずれる。

(終わるっ……!)

 PAによる経験と能力の共有が外れれば、丘崎は劇的に弱体化して今以上に碌な戦力になれなくなる。
 他の3人も、丘崎ほどでなくともそれぞれの長所を追加し合う効果が無くなればリズムが崩れるだろう。

(ああ……)

 絶望が心中を覆おうと、





 仲間内では〈起き上がりこぼし〉なる冗談のような名で呼ばれる霊法ブーストをほとんど無意識に展開した。
 お柚に仕込まれたオリジナル霊法の一つであり、徹底的に使いまくったことでコレだけはリインよりも先に行ってるかもと褒めてもらえた、丘崎の十八番。
 泥の魔窟を攻略する際に最も頼りにし、厚さ30センチの泥の地面であっても疾走を可能にさせる霊法が丘崎を救った。

 三半規管と体幹、そしてそれに関わる脳周りを魔力で活性化させた上で強制的に体勢を立て直させようとする物だが、その真価はむしろその状態から無茶をすることにこそ発揮される。
〈起き上がりこぼし〉のサポートの下、事前に別口の霊法で活性化された使用者の脳は、「立て直しが効き得るありとあらゆる肉体の動き」を選択肢に追加していくのだ。
 筋繊維の断裂や関節へのダメージは無視されるため、そこの保護へ供給すべき魔力の制御も必要となるが、それが出来るならば人外の動きをする一個の化け物を作り出される。

 右腕だけのハンドスプリングから、可能な限り衝撃を減らすようにして着地。
 煙が出そうな擦過音を靴から放ちながら、

(ッ! 止まった!)

 体勢を立て直した。
 しかし、金砕棒を受け止めた事で強烈な痺れが全身を苛んでいた。

(だったら、ガワで動かす)

 痛覚系を魔力で恫喝して(まひらせ)宥めすかして(にぶらせ)エサで釣って(アドレナリン)で黙らせて、全身を覆う流動魔力を形成。この際だからとでも言わんばかりに全身まで追加で〈動作補助パワードスーツ〉を張り巡らせてやる。
 ベースとなった霊法は肉体を欠損した者のために有った物だが、お柚とニコラウスによる魔改造によって無茶をする時だけのための狂った物になっていた。
 人間のシルエットをしていればそれがスライム状だろうと何でも良いという荒っぽい霊法である。
 ある意味、素の筋力に劣るお柚ならではの技術と言えた。

 ギルドメンバー全員が丘崎が吹き飛ばされたことには気付いている。〈対界侵蝕〉の感応の下にあるということはそういうものだ。
 しかし、前衛で暴れている2人は万が一接続が切れた時を覚悟しながら武器を振り回すのを止めない。
 接続が切れかねないことは分かっているが、そんな物に頼らずとも何をすべきなのか知っているのだ。
 背筋がぞくりとした。
 自信。闘志。そしてぶ厚い覚悟。
 ただ圧倒的に力を振り回すだけでは絶対に手に入らない、修羅場を潜らねば手に入れられないその粘り。
 戦士としての質。

 憧れ、
 羨み、
 そして、応えたくなる。

 それは果たして丘崎の意思だったのか、それとも弾き飛ばされた丘崎を追って来ていたリインのそれだったのか。
 ただ、確かなのは、

(アレをたおす。分かりやすくて良い話だね。始)
(そうだな。正直、もうちょっとややこしいとお手上げだ)
(行けるかい?)
(後2秒)
(治ったら即行って欲しい。こちらも今から()()()
(人遣いが荒いな……)

 ぎこちなかったはずの二人の気持ちが一致して、かつて無い同調を成しているということだけ。
 また、リインから届く庇われた事への柔らかな感謝の思念が面映く、そして心地よかった。

「『まっかにじゅうけつきいろのおめめ にがみもさんみもちくちくも まざってまいるどさいごはちゅるり』……」

 リインが言霊を乗せた詠唱と同時に手指を駆使して手印駆動魔法を構築していく。

(行くぞ!)

 丘崎がひしゃげた盾のベルトを外しながら走り出す。
 マウントした片手剣もへし折られてしまっているが、抜けないなら丁度良いくらいに思い、剣の柄を持って盾を投擲する。
 適当に、しかし銅鬼に命中するコースに投げられた盾は易々と金砕棒で弾き飛ばされるが、

(こうだっ!)

〈五行魔力球〉を構築し、銅鬼の足元に向けて魔力弾を連射する。
 丘崎の魔力弾では銅鬼の魔力耐性を貫けないが、剥き出しの土の地面を抉り削る。
 僅かに姿勢が崩れた所に、

(そらっ!)

 クロークを脱ぎ捨てて銅鬼の顔面に叩き付けた。

「ゥガッ!?」

 銅鬼は顔に纏わり付いたクロークを取り払おうとするが、元は人間一人を覆える大きな布だ。振り払うのにわずかに手間取ったその間に、

「『ひよつちをうめ』……。行くんだっ! 〈レッド・アイ〉ッ!」

 リインが詠唱を終了させる。
 彼女の左右に直径1メートルは有る大火球が浮かんでいる。煌々と燃える中心には、〈土気〉の黄の燐光を纏う岩塊が存在を主張していた。
 黄色の虹彩を持つ火の目玉の魔法、〈レッド・アイ〉が飛翔すると同時、手印駆動魔法で構築された束縛の石鎖が銅鬼の脚に纏わり付く。
 そして、それを放った当人は、

(マスターの技量が使える今なら……!)

 両の手を軸として、〈五行魔力球〉を1セットずつ別個に構築。
〈金気〉である銅鬼への対抗として〈火気〉の〈レッド・アイ〉、そして計10門になる魔力球の弾幕が視界と機動力を殺がれた鬼へと撃ち込まれた。

「グゥオオォォォォゥオオオオオン!」

 岩の質量を持った火球と魔力弾に全身を打たれ、炎に巻かれた銅鬼が苦しみもがく。
 明らかに効いている。だが、

(……今のでも仕留め切れるかは怪しい。2人とも、気を抜かないように)

 前線を支え続けているニコラウスが共有中の丘崎とリインの視界からこちらの状況を認識し、注意を促す。
 ならばと、丘崎は中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)を展開して〈火気〉を纏わせる。

(倒れるまで)
(叩く!)

 丘崎が撫でるように銅鬼の背中を斬り付け、即離脱。

「ギャガアッ!」

 同時に、

「『こんこんこぎつね いたずらぎつね あやまるきつねのつぐないは くりにきのこのおとどけだ そのおわりはたねがしまのひとなまりだま』……」

 特定人種にのみ許された言霊の乗った詠唱が〈レッド・アイ〉の時以上の魔力の増大を示し、リインの周囲に魔力炎が渦を巻く。

「〈狐火キツネビ〉ッ!」

 距離を詰め、自在に動く魔力炎を叩きつける。
 鞭のような、または新体操のリボンを長大にしたような複雑な動き。
〈火気〉に属しない〈狐火〉の魔力炎では〈火剋金〉にはならないが、

「ギィイイッ!」

 ぱぁん! と響く破裂音。
 皮膚の広範囲をしたたかに撃ち付けた。
 そこで出来た隙に丘崎が回り込み、再び斬撃を見舞う。

「グギッ!」

 リインの炎帯が〈レッド・アイ〉の残火を煽る。

「ガ、アアアッ……」

 丘崎もリインも、銅鬼を一撃で仕留められるようなパワーが無い。
 だが、徹底した一撃離脱を相方の隙を埋める形で実行することで、一方的に追い詰める形を作っている。
 2人の脳裏に有るのはほぼ同じ物。
 東山ニコラウスとお柚・エモニエ。
 2人が知る最強の冒険者のコンビと、それが生み出す連携。
 丘崎とリインが散々見せ付けられて来て、そして目指すべき場所。
 その片割れであるニコラウスの技量も拝借して、そのイメージを再現する。
 しかし、

「グ、ググ、グギャアアアアアアアアオオオオオオオッ!」
「なっ!?」
「ちぃっ!」

 絶叫と共に銅鬼が全身から魔力を発した。
 傷つき、血を流しながらも残火と石鎖が弾け飛んだ。
 目立つ弱点も無く、シンプルに膂力と耐久に優れ、しぶとい。
 サブボスや特殊出現の魔物を除く雑魚の中でも、最悪に厄介な部類と言われるのがこの銅鬼だった。
 怒れる銅鬼が闇雲に振るった金砕棒。その先端がリインの左前腕をかすめた。 

 ぱきっ、と聞こえる、妙に軽い感じのする音だった。

 金砕棒が当たった腕に眼をやると、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぅああああああっ!」
「リインッ!」

 叫ぶリインに丘崎の頭から血の気が引く。だが、

(始っ! 君の「我慢強さ」を借りるっ!」

 リインの思念だけが飛んできた。
 丘崎の我慢強さ。
 痛覚を感じない訳ではないが、心を折られることなく苦痛を耐えて身体を動かせる。唯それだけの、過度の、そして非凡な痩せ我慢を〈対界侵蝕〉で共有する。
 激痛に叫び、眼から涙を溢れさせながらも、リインの闘志は衰えていなかった。

(……決めるぞ!)

 丘崎は躊躇いを振り切るように思念を発し、リインが右手から連射弾を撃ちこんで動きを止めたところで背後から刺突を繰り出す。
〈火気〉を纏う丘崎の一閃は腹部を切り裂いた。
 生臭く、溶けた内容物の匂いが広がる中、それでも銅鬼は金砕棒を振るって丘崎を飛び退かせる。

(未だ動くかっ! ……だが!)

 クロスボウを展開し、不安定な姿勢ながらニコラウスの技量を借りて一射を挟む。
 狙い違わず、銅鬼の右眼に小矢が吸い込まれた。

「ガァアアアアッ!」

 怯んだ一瞬。

「始っ!」
「リインッ!」

 鬼を挟んで互いの対位置。
 速度で劣る丘崎の方がやや銅鬼に近い。
 より強い赤い燐光が中巻柄の両手剣の刀身を包む。
 リインが貫き手の形にした右手の黒いガントレットを軸にして、〈狐氷キツネヒ〉が巨大な氷柱つららに変化する。

((これで……!))

 全力で疾駆した。

((終わりだっ!))

 三つの影が一瞬重なり、駆けた二つは位置を入れ替えたようにすれ違った。

 残った真ん中の大きな影に、持ち主の手から離れた鋼鉄と魔力氷が突き立てられていた。










「ふんっ!」

 万力込めた豪腕で、アブドラが星頭の戦棍(モーニングスター)を最後の巨腕鬼の頭に落とした。
 普段より遥かに速く、そして強く身体が動いた。丘崎のPAによる効果だというが、周囲が強ければ強いほどに集団で強化されるというのは凄まじい能力だった。
 隣ではニコラウスも最終的に10体以上の銅鬼を切り捨てていた。

「っと、いかん。リインたちが!」

 自身が後ろに回してしまった銅鬼のことを思い出し、戦棍と大盾を仕舞って走り出す。
 何とか始末し、2人とも生きてはいるようだが気にならないはずは無かった。

 一方、リインと丘崎の戦闘の行方を把握していたニコラウスは左程急がずにそれを追う。
 彼も気を配る余裕が有ったわけではないが、「自分が戦闘中であってもパーティメンバーの把握を徹底する」という異質な戦闘技術を磨き続けてきた経験によるものだ。丘崎のPAで視野や思考を一部共有していればその能力は平時以上に研ぎ澄まされていた。
 また、治癒の専門であるアブドラが働くならば自身の出る幕が無かったということも有る。

「〈ペインロック〉! ……完全に骨が粉砕されちょる。こりゃあ直ぐには治せんわ」

 リインの左腕に痛覚遮断の神令コマンドをかけて診察していたアブドラが言う。
 むしろ良く千切れ飛ばされずに済んだくらいだった。

「まぁ、君ら2人で良くやったよぉ。アブドラとリインはここの後始末よろしくねぇ」
「うぐっ、そんな、私は……」
「無理じゃリイン。これ以上無理に動かせば下手すりゃ()()()()()()()()()()羽目になるけえの」

 アブドラの凄惨な予測に他3人の顔が歪んだ。

「まぁ、幸いリインは今日の仕事は終わりだからねぇ。ちゃんと治してもらいなよぉ」

 慰めるような苦笑で言ってから、ニコラウスは固有空間から〈六杖鍵ろくじょうけん〉を引きずり出した。
 それを見て、丘崎が首を傾げた。 

「ニコさん、今更思いついて何ですけど、〈蟲の魔窟〉で使ったビームっぽいやつ使えば鬼を早く処理できたんじゃないですか?」
「あぁー……。あれ一定の広さの空間が無いと展開出来ずに魔力だけ吸われてスカるんだよねぇ。空の下なら亜空間型の魔窟でも良いんだけどさぁ」

 申し訳無さそうに言うと、珍しくアブドラがからかうような表情を見せる。

「忘れた頃にやらかすけえ結構おもろいんじゃけどなあ」
「うるさいよぉ。……さて」

 ニコラウスが〈六杖鍵〉を構える。

「『すてられこだまりすてられおやほほえみ こんぱくのみのえんばんけつをふみにじる きょうけんかけてきょうけんはえらぶ ついしゅはたけくらうしろあたまのよりしろ ばんせいいっさいいきがけのだちん』」

 詠唱と共に独特な形状の杖の先端部に魔力が集められる。
 神威が、霊威が、界威が。
 ニコラウスがこの杖で使う魔法は幾つか有るが、複数の魔力源から絞り上げられるようにして大量の魔力を使うことは共通していた。

(前のとはまた違う魔法か。……やっぱり詠唱の内容が独特過ぎて何を指すのか分からないな)

 丘崎はそんなことを思う。
 前回は強敵クモとの戦闘で余裕が無かったし少し距離も離れていたのだが、意図的に言霊を乗せた詠唱というのは奇妙に頭に残ってしまう物らしく覚えていた。
 その時に聞いた2つの魔法の詠唱の意味も分からなかったのでどうなる話でも無いのだが。

「……〈カントリーロード〉」

 そして、ニコラウスの口が大魔法の名を唱えた。
 魔力が消費されていくが、眼に見える形での変化は起らない。

「不発ですか? ……!? これは?」

 丘崎が困惑した声を上げた。
〈対界侵蝕〉を通して、頭の中に大量の情報が流れ込んできている。

「ウィケロと、その周囲一帯の地理、それに人の情報……」
「そぅ。これはそぅゆぅ性能のレーダーみたいな魔法でねぇ。元は僕の頭の中にしか作用しない奴なんだけど、オカ君のPAなら共有出来たかぁ」
「ほう、それってそがいなこと出来るやつじゃったんか」
「うん。頭の中で探したい相手を検索、焦点を合わせれば行動の内容も少し解析した物が出て来るよぉ」
「本当だ。……ということは」

 丘崎は不安そうにしながら、ニコラウスの言う通りに思考して見る。

「う、うわぁ……」
「おぉう。これはもぅ……」

 丘崎が嫌そうに顔を歪めて呻くと、その思考の経緯を辿って見たニコラウスが同情的な声を漏らした。

「見事に逃げてるし見事に網に穴開いてるしその穴はこっちが近いし……!」

 探した対象の動向を確認して丘崎は頭を抱えた。

(ここまで来ると誰かの作為を疑うレベルだね……。もし、これでまた何かが起こるようならば……)

 ニコラウスは裏で思索する。

「「?」」

 一方でアブドラとリインはその様子に困惑する。
 ニコラウスの方は丘崎から今回の〈鬼の魔窟〉内の罠を切り抜けた後の大まかな構想を明かされていたが、他の2人はそうではなかった。

(どうする? 僕が遠間から一発で処理してやってもいいけど)

 ニコラウスが丘崎のだけ伝わるように思念を送ってきた。

(……その場合、)
(もちろん、()()だね。僕も時間をあまりかけられないし、トゥレス君みたいな狙撃が出来るならともかく僕の長射程攻撃は間合と威力が比例するから)
(……)

 丘崎は一瞬悩み、

「……行きます。こうなることは想定していました。そして備えてきましたから」

 顔を上げた。
 丘崎の目には闘志が満ちていた。
 ニコラウスの口の端が笑みの形に揺れる。

「……まだ教えてないことはいくらでも有る。というか君がこなせてない部分で数えればもっと多い。生きて帰っておいで。しごいてやるから」
「お、お手柔らかに」

 楽しげなニコラウスに丘崎が怯え混じりの誤魔化すような笑い顔で後ずさる。

「行こうか」
「はいっ」

 他の2人を置いてけぼりにして決意を固めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 だが、今にも動き出そうとしていたニコラウスと丘崎をリインが呼び止める。

「これから、どこか行くんだね?」
「あ、ああ」 
「そうか、うん」

 リインが一人で深呼吸を始める。

「?」

 訝しげな表情をする3人。
 深呼吸を終えたリインは眉を寄せた表情でちょいちょいと手招きをして見せる。
 相手は丘崎。
 先の非常時の共闘で随分ぎこちない感じが無くなったと思っていたが、リインは何故かまた緊張した様子だった。
 丘崎は内出血が酷く、砕けた骨が皮膚を突き破らんとしている痛々しい左手を視界に入れないようにしながら近づき、

「どうした?」

 じっと見つめながら聞いた。
 そういえば、真正面から相対するのは久しぶりだな。などと思う。

「始、その、何だろう。うん、わ、私は」

 自分で呼んだくせに酷く言いづらそうにしている。頬を染めてもじもじと身体を揺らしている。

「う、ううっ!」
「お、おおっ?」

 リインは呻くと突然右手で丘崎の左肩を掴み、額を丘崎の胸にこすり付けるように当ててきた。
 普段ならほぼ同じ高さに有る鉄色の髪が揺れていた。

「ど、どっかやばいのか? 左手が熱持ってきたとか……?」

 ふるふると頭を振る。

「はじめ」

 少し幼く感じる、消えそうな声。
 そして、顔を上げた。
 黄色がかった瞳が潤んでいた。

「話したいことが、有るんだ。終わったら、時間作って欲しい」

 額同士がぶつかる様な距離で搾り出すように言うと、数秒の間を置いてふんすっと鼻を鳴らした。
 少し待つが、それ以上のことは言わない。

「……以上?」
「ああ、以上だっ」

 急に元気になり、頷く。
 言ってやった、やり遂げた。と言いたげな表情だった。
 心中で溜息を吐く。
 これだけやって時間を作れ、だけとは。全てが終わった後にイルマからヘタレ呼ばわりは免れないだろう等と要らない心配をしてしまう。だが、

(良いな。実に良い。このタイミングで未練を作ってくれるとは)

 負ければ死にかねない戦いに出るというのに、死に難くなる理由を作られてしまった。

「仕方無いな。どこか行くならお前の奢りで良いよな?」

 顔を苦笑の形にせずにはいられないが、酷く楽しい気分で丘崎は言った。
+注意+
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