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中古系異世界へようこそ! 作者:高砂和正

2章 黒の猛禽たち

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37 リインとイルマ

 しんしんと雪が降っている。
 ここしばらくは降らなかったため積もっていない。
 ウィケロタウロスは亜寒帯寄りの温帯だが、大陸性の気候であるためか日本の豪雪地域ほどにはならない。
 が、一晩も続けば足元がさくさくと良い音をするだろう。
 雪片が舞う〈負け犬の遠吠え亭〉の庭先には、白い呼気を吐き出す少女が2人いた。










(……重い)

 運動用のジャージを着たリインは思った。
 そんな感想を与えたのは、リインが貸した予備のジャージを着たイルマだ。
 お互いに霊法(ブースト)の外殻を纏っているが、外殻に空気小胞層を組み込んで防寒性能を付与しているリインに対し、イルマは界理(ワーシップ)で〈火気〉を纏って対応している。

(いや、いくら私でも同年代の女の子にそういう表現は出来ないね)

 すぐに考え直す。
 リインの感想はイルマの体重に対する物ではないが、あまり女らしくない自覚の有るリインでも、他人にそんなことを連想されてたら傷つく。
 たが、「軽さ」を感じることが出来ないのも確かだった。
 打ち込んでも揺れない体の軸。
 きっちりと上げたガードが拳を弾く。
 蹴りが入っても、逆にこちらも痛みを感じるほどの強固な防護。
 打撃を掻き分けて向かってくるその姿に、重量級の魔物に近いものを感じさせられるのだ。

 打撃で攻めるのはリインの側だけ。
 ひたすら一方的に打ち込んでいる。
 打ち込めている。
 しかし、自身に優勢を感じさせてはくれない。
 技は通じにくく攻めにくく、気を抜けばその瞬間に形勢がひっくり返されることをここしばらくの間に思い知っていた。
 リインの師達に比べれば未熟な技量なのだが、徒手格闘において近いレベルに有る相手との組み手というのは逆に新鮮ですらあった。

 正中線上に少し伸ばして両拳を置いた後屈の構えから、リインは左右でワン・ツーを放つ。
 イルマは顔を守るべく高めに構えている腕でそれらを受け止める。
 打ち込みの威力は完全に吸収されるが、それは良い。
 その二打を牽制として、

「シッ!」

 呼気と共に、フックの角度で左を放つ。
 細いがリーチの長いリインの腕がガードをすり抜け、角度を極めた拳が顎先を正確に掠めた。 

 手応え、有り。
 しかし、

「……!」

 リインは息を飲んだ。
 急所に被弾しながらも、停止したのは一瞬だけ。
 その一瞬に、わずかに揺れるような〈土気〉を感じた。
 イルマはリインの左腕を跳ね上げて、さらに前進して来た!

(顎先狙いにまで〈土流し〉かっ!?)

 まともに入れば脳震盪を免れない一撃だった。
 イルマがそれを得手としていることは分かっていた。リイン自身も多少は使える技術だ。
 だが、まさか今の一撃まで無効化されたのは想定外だった。 
 しかもガードを避けるべくして打ち込みに行ったため、リインの姿勢は崩れてしまっていた。

(不味っ!)

 胸倉を掴むべく伸ばされた小さな手。
 リインはそれを解こうと抵抗するも、岩の様に固められた手指はビクともしない。
 リインより僅かに背の低い身体が、懐へと潜り込んで来る。
 それ以上の抵抗が出来ぬまま、浮遊感がリインを襲った。

〈源世界〉では、一本背負いと呼ばれる技である。 










 利用者から魔力を吸って温水を吐く仕組みの宿のシャワー室で汗を流す。
 ちら、とイルマは横のリインを盗み見た。
 自身より5センチ以上は高い背。
 鍛錬によって引き締まり、全体的に細く、しなやかな印象。
 モデル体型と言っても良い。
 しかし、鎖骨の下あたりを見て、

(……まあ、負けですけど、私が勝てる相手の方が滅多にいないですけど、うむ! お仲間!)

 満足気に頷いた。

「……どうかしたのかい?」

 怪訝そうに訊くリインに、イルマは親しみを込めた微笑みを返した。

「いえいえ、何でも無いですよ、ええ。ほんとですうふふ」

 リインはシャワーを止めると、妙な声色で言うイルマに首を傾げた。

 シャワーを終えると、2人は食堂で菓子と紅茶を手に入れてからリインの部屋に向かう。
 物が整っていない、というかいつまで居るかも分からないイルマは与えられた自室に戻っても手持ち無沙汰になるため、自然とリインの部屋で暇を潰すようになっていた。

 現在、〈変り種〉とその協力者たちによって〈鷹羽〉とデヴォニッシュ家を追い詰める作戦が進行している。
 ニコラウスやお柚、丘崎はその下準備のために街を回り、トゥレスはアブドラと魔窟でリハビリだ。
 外部協力者としてニコラウスの盟友だという〈長老〉なる上位冒険者や、かつてマーティンが所属し、実質蚕食されたような結果になった〈魔絶の刻印〉なども連携して活動を活発化させているらしい。
 連絡役として影の薄、……陰行に長けた〈寂壁〉のベネットは忙しく各所を駆け回っているようで、コミュ障仲間のリインに愚痴りに来る事が増えていた。

 周囲の誰もが忙しくしている中、イルマとリインは宿に残らねばならなかった。
 リインは常ならばニコラウス達と行動するところだが、今の3人は丘崎の精神感応を存分に使っての行動中である。

「質としては軽い物だと思うけどねぇ。オカ君と確執を抱えたままのリインを連れて行く訳には行かないよねぇ」

 と、ニコラウスは言っていた。
 イルマの方は、騎士団から当分の間宿での活動自粛を言いつけられているためだ。
 既に潜入任務の報告という彼女にしか出来ないことは果たしてしまったし、〈鷹羽〉に目を付けられていることに変わりは無いからだ。
 そんな訳で、少女2人は宿に引きこもり時間を鍛錬に費やす日々を過ごしているのだった。

 リインの部屋はフローリングで、装飾の少ない部屋だった。
 全体的に暗色。家具はベッドとデスク、本棚。
 戦闘時の装備に古典的な魔法使いを思わせる黒系でまとめた彼女には似合っている。
 意外に思えるのは、部屋の隅に有る釣り具。
 釣り竿は二本有り、同型だが一本は使い込まれ、もう一本はまだ新しい物に見えた。 
 彼女の趣味、というよりも習慣であるらしい。
 漁村の家に生まれた子だからか、たまに自らの手で鮮魚を釣り上げ、捌きたくなるのだとか。
 それを除くと、とりあえず本が多い。
 トゥレスの部屋も多かったが、娯楽のための文庫本が主であった。こちらは厚い表紙のしっかりした物が多くを占めている。
 多くはギルドマスターであるニコラウスの蔵書であるらしい。
 全体的に言うとあまり女性らしくはない部屋だった。

(まあ、リインがキャピキャピしたどピンクな部屋を設えるというのも、また想像しづらいですけどね)

 そんなことを思いながら、イルマはデスクチェアに座る。
 リインはベッドへ腰を下ろした。
 菓子皿とカップをそれぞれ手に取り、口にする。
 身体の内から甘さと熱が広がった。

 イルマとリインは憩いながらも、今日の組手を反省する。

「スロットレベルが全てなんて言う気は無いけど、レベルが2つ下のイルマにこうまで()()()()()()ようになってしまうと情けない気分だね」
「私は冒険者といっても騎士との兼業ですからね。〈鷹羽〉では本来の徒手格闘は封印して片手剣と盾を使っていましたし、冒険者として全力を注いでいたとは言えませんから。……まあ、本気で活動してもスロット4(プロ)の域に届けたかも怪しいとは思いますが」
「……騎士職というものの実情には詳しくないのだけど、異職とはいえ流石にプロということか」
「というか、魔法使いとか自称しておきながらリインの方こそ格闘をこなしすぎるんですよ! 何ですかあの動きの切れ! 最後のフックとか明らかに狙ってやってたでしょ!?」
「まあ、そこは、獣相系だし?」
「同人種の前衛並みの動きしてのけといて、その言い訳も無いでしょうよ……」
「だ、大丈夫! 実戦では中距離で魔法使って戦ってるし、まだ魔法使いさ!」
「まだって何ですか」
「うちのギルドマスターなんか両手剣で二刀流したりタワーシールド出して突貫したりクロスボウでガン・カタもどきをやって見せてもまだ魔法使い名乗ってるんだ。私なんてまだ普通の魔法使い……っ! まだ常識枠……っ!」
「あー……、基準が東山さんなんですか」

 頭を抱えて呻き始めたリインに溜息を吐き、 

「まあ、私は助かってますけどね。この上ない()()()()()()()()になってますから」

 イルマは静かに、しかし煌々と目を光らせて言った。










 戦闘技術やこれからの動きなどについて、色気が無くも彼女達らしい雑談を続けていくうちに、日が傾き気温がさらに低下してきた。

「明日は積もってそうですね」

 イルマが窓から見える雪の様子を見ながら言う。

は積もったりぬかるんだりしてないと良いんですけど。……丘崎さんなんかは不整地を逆に希貨として活用出来るかも知れませんけどね)

 人種そのものが土気を司る存在であるイルマにとって、地面とのつながりを歪める水気や木気は邪魔になる面が有る。
 先の事を不安に思っていると、リインがのそのそと動き、自身のベッドの上の毛布と掛け布団を羽織る様に被った。
 凛々しい印象の強い少女の情けない格好に、イルマは苦笑する。

「そんなに寒いですか?」

 そもそもリインの魔法の技量ならば、寒さを凌ぐ事なぞ朝飯前のはずなのだ。

「……炬燵を知ってしまうと、どうしてもね」

 眉を八の字に示して言うリイン。
 イルマは隣室に設置されたそれと、その部屋の主を思い浮かべてやれやれと言いたい気分になった。
 リインが丘崎と何らかの確執を抱えている事は知っている。そして、確執が生まれるまでは結構仲の良い先輩後輩の関係であった事も。

「実家に有ったんでアレの魔力は分かりますけどね」
「だろう? あれはいけないね。一度入ると出たくなくなってしまうし、自室に置くスペースが無いのを呪いたくなるよ」
「まあ、既に家具の揃ったワンルームには向きませんよね」
「そうなんだよ……、ああ、禁断症状ってこういうものなのかな」

 ぷるぷると震えながら言うリインに、イルマは呆れの混ざった表情で半眼を向ける。

「だったら、……割と前から何度も思ってましたけど、とっとと仲直りしたらいいんじゃないですか?」
「そ、れは~……」

 苛立ちを含む声に、リインが嫌な事を突き付けられた子供の様な顔をする。

「それなりに事情が有るんだよ……」
「聞かれたくないような話ですか?」
「ああ、そうだね。……いや、ううん、ちょっと待ってくれ」

 リインは反射的に頷きかけるが、ふと迷う。
 彼女が自分と丘崎の間に有る事情、そして師であるキースについて他者に語る事は無かったが、丘崎の方は自身とリインと交流が有り、かつ信頼出来る相手に対しては明かして回っているようなのだ。
 イルマはまだ聞かされていないらしいが、正義感は人一倍強く、そのくせ密偵が出来る程には口が堅くて計算も出来る人物である。
 個人的にも好感が持てる相手であり、もしかしたら友人になれるのではないか、そのうち友情を感じてくれるようになってくれないと期待してもいる。

(友人……。友達か……。人生初友達!? 私もぼっちを卒業出来るのか!?)

 まだ友人ではないという認識は無い。
 これまで知り合った者達を友人にカウントしていないのは、対等、同性かどうかという狭い判定がが必要だと思いこんでいるのも有る。

「ゆ、友人として、聞いてくれないだろうか……」
「へ? え、ええ。良いですけど」

 期待と緊張が入り混じったためか、女に迫る男の様な表情になったリインに少し引きつつも、イルマが
頷いた。

 リインは「友人」と表現したことをイルマに否定されなかった事に高揚した状態で自身と丘崎、そしてキースの関係を説明していった。
 が、内容が内容であるため話を進めるにつれてどんどん沈静化し、最終的にはどんよりとした表情へと変化して行った。

「……という訳なんだ」

 肩を落としながら言うリインを見て、イルマは半眼になっていた。

「仲直りはしたいが、自分の整理もついていない。どうやって整理を付けたら良いか分からない。と」

 イルマのまとめにリインが頷く。

「まさしく、面倒な話ですね……」

 億劫そうに言って、椅子の背もたれに体重をかける。
 リインが慕っていたキースの死、キースに憑依したキース自身の前世だという丘崎、それらが判明するまでは良い先輩後輩だったリインと丘崎。
 人死にが関わってるため軽々しくアドバイスもし辛く、事情の複雑さ故に折り合いを付けきれないリインの心情を理解出来ないでもない。
 力になってやれればとは思うが、正直手に余る話だった。

「すまない……」
「万能薬こと『時間』様に身を委ねちゃえばー、とかは言えますけど、それはあんまりですしねえ」
「お柚やアブドラには似たようなことを言われたのだけれど、仕事に同行出来ないこととかでも支障をきたしているのも有って……。いや、心の整理もしっかりしていない自分が悪いのも分かってはいるんだがね?」

 弱々しく話すリインを見て、イルマは考え込む。
 彼女もまだ16歳と成人して間が無い年頃だが、一つ年上ではあるが学校も無い漁村で生まれ育った人見知りのリインに比べれば、都市条例における義務教育である小学校、自由教育の中学校にまで進学したため人間関係の経験値についてはかなり豊富だった。
 それを活用して、どういう助言ならば状況改善のとっかかりになるかを思索し、

「……とりあえず、完全にリインだけに非の有る事について丘崎さんに謝ってみたらどうですか?」

 そう、提案した。
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