七不思議と魔法少女と呪われた俺
すべての『傘を盗られたことのある人たち』に捧げます。
「……チッ、降ってきやがった」
下校する生徒で込み合う生徒玄関を出たとたん、大粒の雨が俺に落ちてきた。
今日は、梅雨の時期の貴重な晴れ間だったのにツイていない……。
「しゃーねえ、借りてくか」
朝は降っていなかったので、自分の傘はここにない。
……盗るのではない、あくまで借りるだけだ。
ただ、そうやって借りて行き、返すのが面倒になり、結局そのままになることがほとんどだが。
借りる傘は、ビニールか黒の、特徴の無いものが理想的だ。
今日は……と、傘立ての中を探った俺は、ある一本の傘に目が止まった。
「……なんだこれ」
コンビニに売っていそうな安っぽいビニール傘に、変なシールが貼ってある。
名前の書いてある傘や、特徴的な傘は、人に見咎められる可能性があるから候補から外す、が……。
「名前じゃないな……」
地味なテープに、あまり綺麗ではない字で、文字が書いてあった。
『これは呪いの傘です』
………傘の盗難防止に、シールやマスコットなど特徴的なモノをつけるヤツがいる。
この間も後輩女子と帰った時に、普通の黒い傘だと思って借りたら、中はアニメ美少女の絵柄で驚いたことがある。
あの時は「間違えた」で済んだが、危うく美少女アニメ好き認定されるところだった。
あれなら、確かに盗られにくいだろう。
このシールを貼ったヤツも、そういう効果を狙ったに違いない。
『呪い』……うちの学校の生徒は、この言葉に敏感だ。
この高校では入学式に、生徒指導の先生から『七不思議』の存在を知らされる。
毎年ひとつずつ、新入生だけ教えてもらえる『七不思議』。
すべての話を知ったら、恐怖で学校に来られなくなると、まことしやかに生徒の間で語られている『学校の怪談』だ。
『呪いの傘』も、そのひとつ。
「生徒玄関にある傘は恐ろしい力を持っていて、使うと持ち主の少女に呪われるらしい」
去年の夏、部活の先輩に聞いた話だ。
「……『呪い』ねえ」
この科学が発達した時代に、時代錯誤な話だ。
俺は、『呪い』や『七不思議』を信じる奴らはバカだと思っている。
現に、自分の入学式で聞いた『落下する自転車』の話や、後輩の聞いた『生徒会室の隠し扉』などは、作り話としか思えない。
だから……
「今日はこれで帰るかな」
……俺は『呪いの傘』を差すために、開閉ボタンを押したのだった。
ぽち。
♪ピロリラリラリ〜チャララララン♪
俺の視界が金色に染まっていく。
ジャンプ傘特有の、ボンという開く音の代わりに、可愛らしく軽快なメロディが鳴り響いた。
そして……俺の口は、俺の意思とは無関係に、ありえない言葉を紡ぎはじめた。
「……ワタシの頭上に悲しみの雨は許されない!!
ぶ厚い雲でも覆い隠せない『愛と正義』が、ワタシの胸で輝くの!!
覚悟しなさい?困ったちゃん!
このワタシ『魔法少女レインボー』が、あなたを懲らしめてあ・げ・る☆
爽やかな晴れ間と笑顔が、皆へのプレゼントよ!!」
なぜだ……表情筋が勝手に動き、俺を笑顔にしてしまう。
おかしい……傘をくるりと回しながら、可愛らしくターンする俺。
体が、なにかに操られているみたいだ。
……そして、自分の頬に人差し指を軽く添え、ぱちんとウインク。
最後の仕上げとばかりに、俺は……投げキッスをした。
玄関にいる他の生徒の視線が痛い。
……ああ俺、もう明日から学校来れねえ。
これが、この学校の『七不思議』。これが、恐ろしい『呪い』なのか?
「……こんなふざけた『呪い』を『七不思議』にするなぁぁぁ!」
もう、恥ずかしくて学校に行けない。どこか遠くに行ってしまいたい!
俺は、雨の中をずぶ濡れになりながら走って帰った。
泣いて顔がぐしゃぐしゃになった。……でも、すべて雨が洗い流してくれた。
家に帰ったら、例の先輩からメールが届いていた。いつものくせで、濡れた服のまま、玄関で即座に確認した。
『よ、「魔法少女レインボー」!
俺は「雨の妖精アンブレラ」だったぜ☆』
……どうやら『呪いの傘』の話は、先輩の実体験だったらしい。
自分以外にもあの恥を味わった人物がいることに、ちょっと慰められた。
『でな、「呪い」の期限は「在学中ずっと」だから、傘を差さないよう気を付けろよ☆』
……マジか。
俺は玄関にある傘立てをちらりと見る。
そこにある傘のほとんどは学校から『借りてきた』傘。
その傘たちすべてに……あの忌まわしい『呪いの傘』シールがついていた。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は……、傘を脇に抱えると、学校に向かって走った。
きっと、ギャグだった、一発芸だったと言っても、誰もごまかされてはくれないだろう。
だって、……うちの生徒は、『七不思議』が大好きだから。
ああ、……俺の『呪われた』高校生活が始まってしまった。
……残り六つの『不思議』を、俺は在学中に見られるだろうか。
今度、先輩に『呪い』の話を聞いてみよう。仲間がいるって心強い。
抱えた傘についている『呪いシール』を見ないよう、俺は、全力で走るのだった。