二章:心 49
ある程度冷えたが直接口にするにはまだ熱すぎるお粥と、健康指向過ぎてで他のものを忘れてしまった野菜ジュースをトレーに乗せて数無さんの所へ。
布団から少し離れたところにそれらをおいた。
流石に寝かせたまま上からかけるように食べさせるわけにはいかないので、数無さんの掛け布団に手をかける。
数無さんの背中にそっと右手を入れて、左手は数無さんが倒れないよう支えにし、ゆっくりと力を入れた。
ずしりと、重い抵抗。
力の入っていない重み。
数無さんは人間らしくもなく、俺の行動に対し、抵抗することも協力することもしなかった。
それも気にせず、俺は殆ど無理矢理上体を起こさせる。
だらんと脱力した腕と頭。
だらしなく開いた口。
何処からも、わずか足りとも、精気が感じられない。
「ちょっと失礼しますね」
脱力している数無さんに上手くバランスを取らせ、布団から離れる。
そしていつも数無さんが執筆に使っている椅子を反対、机に対し逆向きにして置いた。
「失礼しますね」
俺は数無さんの背中に手を添え、まだ布団の中の膝の裏に手を入れる。
必然、体が密着した。
汗をかいているらしく、仄かに臭ったが気になる程度ではない。
まぁ、俺は、だけどね。
流石に汗を拭くことまで俺がやるわけにはいかないので、逡巡の後、美作に頼むことにした。
あいつなら無言で承諾してくれそうだし。
体を清める件についてはこれで良しとしよう。
思考もそこそこに、いつまでもこの体勢でいるわけにもいかないので、数無さんを持ち上げる。
何の抵抗もすることなく、四肢をだらしなく投げ出し、重力のままに首を垂らしている数無さん。
そして、数無さんから伝わる先ほどよりずっと強い負荷。
当然だ。
いくら数無さんが女性と言っても、少なくとも50キロはある。
それだけのものがバランスを全くとっていないのだから、単純計算で片腕ずつ20キロ以上の負荷があるわけだ。
持ち上げただけでも誉めてもらいたい。
持ち上げただけじゃ何の意味もないんだけどね。
「…………」
何の反応もない数無さんを見下ろしながらゆっくりと、さっき用意した椅子へと運んでいく。
一歩一歩。
ゆっくりと。
五分持ち上げて早くも限界になったが、何とか目的の椅子に座らせることには成功した。
幸いなことに、数無さんがいつも座っている椅子は腕かけがついていたので、腕を支えに座らせることは容易だ。
首さえ上手くすればだが。
だらしなく右側に傾いた首を正面へと戻し、顔にかかった髪をかきあげる。
指先が触れた数無さんの皮膚はいつもと変わらず暖かい。
今の数無さんには不自然なくらいに。
「ご飯、持ってきますね」
俺は静かに数無さんから手を離し、少し離れた位置においてあるお粥を持ってくる。
そこでふと、蓮華では食べにくいと思い至り、台所へと蜻蛉返り。
確か、食器棚の奥の方にデザート用の小さいスプーンがあったはずだ。それこそご飯粒が十粒程度しか乗らないような小さいやつ。
いくらなんでも、あれで喉に詰まらせるようなことはないだろう。
皿を一枚ずつ退かしながらようやく発見。
奥の方に入っていただけに、流石に少し不衛生かと思い、水で軽く洗う。
漸く数無さんの元へ帰った頃には、お粥はかなり冷めていて、火傷の可能性は皆無だ。
「数無さん、ご飯の準備、できましたよ」
「…………」
一言も返ってこない言葉。
一秒も交わらない視線。
そんなことは気にせず、土鍋から少しだけすくったお粥を小さく空いた口の隙間に流し込む。
もし、一切食べないようだったら、早急に口から吐き出させないといけないので、じっと観察をする。
普段なら食べにくいと殴られそうな行為だが、今の数無さんはそんなことしない。
むしろ殴ってほしいくらいなのに。
……いや、決して俺が被虐趣味と言うわけではなく。
「…………っ」
しばらくして、数無さんは微かながら喉を動かし、お粥を飲み込んだ。
良かった。
少量ながらも食事できることは分かった。
が、お粥だけでは如何せん栄養不足になるだろう。
やっぱり青猫さんに点滴をしてもらうよう言っておくべきか。
俺はそんなことを考えながら、たっぷり二時間かけてお粥を全て数無さんに食べさせた。 |