夏影(68/69)縦書き表示RDF


夏影
作:椎堂 真砂



二章:心 48


「数無さん?」
 数無さんは確かに目を醒ましていた。
 だが、言ってしまえばそれだけ。
 目を開き、瞬きもしている。
 でも、焦点は定まっていない。
 息を吸い、息を吐いている。
 でも、喋ることはない。
 呼吸に合わせて胸を上下させている。
 でも、この暑い中、一向に布団から出ようとしない。
 生き物としての代謝行動は行っている。
 でも、数無さんはおおよそ人間らしい行動を取ろうとはしていなかった。
 植物状態でも、蝋人形のようでもない。
 なのに数無さんからは人間としての暖かさのようなものが、一切感じられなかった。
「数無さん?」
 もう一度呼び掛けてみる。
 数無さんは此方に首を傾けることすらせず、ただ遠く、天井よりずっと遠く、空間として図れないほど遠くを胡乱げに見ているようだった。
 声を掛けなくても存在が届く距離だと言うのに、全く気付いてもらえない。
 気付いてもらえない以前に、そもそも認識できる能力があるのかが怪しい。
「数無さん……」
 言ってしまえば、数無さんはピノキオと逆の状態だった。
 人間の体はある。
 でも、人間の心はない。
 それならば、結末も逆になるのだろうか?
 ピノキオは最後、人の体を手に入れて、完全に人間となった。
 数無こころは最後、人間の体さえなくし、マリオネットになるんだろうか?
 俺には、分からない事だ。
 未来のことなんて、分からない。
「数無さん」
 だからこそ、俺はこう言った。
「今からご飯作りますから、ちょっと待っていてくださいね」
 別に奇跡を信じて待つつもりではない。
 ただ、もし、ひょっとしたら、万が一、数無さんが起きてしまった場合、仕事をしていなくて叱られるのが嫌だから、そうするだけ。
 俺はまだ、解雇通告も受けていなければ、辞表届けも受理してもらっていない。
 受理してもらおうにも、雇主がこれではどうしようもない。
 俺は仕事を伝えるほか無いのだ。
 誤解なきよう言っておく。
 決して数無さんの為なんかじゃない。
 仕事だからだ。
 ……ついでに言っておくと、巷で流行りのツンデレでもない。
 俺は数無さんをその場に残し、台所に入る。
 あの状況ならまず肉、野菜、魚などは無理だろう。
 もとから肉も魚もないけれど。
 だが、もしかしたら流動食なら入るかもしれない。
 俺ができる流動食はお粥くらいしかないけど、試さないよりはマシだろう。
 でもそれでは栄養が片寄ってしまう。
 野菜ジュースでもつくって、無理矢理にでも飲ませよう。
 数無さんは野菜が嫌いだが、問題ないか。
 好き嫌いができるくらい人間らしければ何の問題も無いのだから。
 それもこれも、数無さんが流動食を食べられたらの話。
 食べられなかったら……青猫さんに点滴を射ってもらうしかないか。
 今の内に頼んでおけば、すぐに準備が出来なくても、三日後の船で材料を揃えてもらえるはずだ。
 数無さんは割とこうなる前は健康な身体だったし、二、三日ならどうにかなるだろう。
 専門知識がないからはっきりとは言えないけれどね。
 その辺は青猫さんに任せるしかないか。
 代金は立て替えておいて後から請求しよう。
 俺にはそれくらいの余裕はあるし。
 そうこう考えている内にお粥は完成。
 が、少し熱すぎる。
 今の数無さんに食べさせるには、もう少し醒ましてからでないと辛いか。
 ちょうどいいのでその間に、野菜ジュースを作ろう。
 冷蔵庫から適当に野菜を取りだし、多めの水と一緒にミキサーにかける。
 野菜が砕ける音と共に、緑色の液体になっていく。
 少なくとも、美味しさを保証できる色ではない。
 実際、蓋をとると何とも形容しがたい臭いが漂ってきた。
「…………ま、いっか」
 俺が飲むんじゃないしね。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう