二章:心 48
「数無さん?」
数無さんは確かに目を醒ましていた。
だが、言ってしまえばそれだけ。
目を開き、瞬きもしている。
でも、焦点は定まっていない。
息を吸い、息を吐いている。
でも、喋ることはない。
呼吸に合わせて胸を上下させている。
でも、この暑い中、一向に布団から出ようとしない。
生き物としての代謝行動は行っている。
でも、数無さんはおおよそ人間らしい行動を取ろうとはしていなかった。
植物状態でも、蝋人形のようでもない。
なのに数無さんからは人間としての暖かさのようなものが、一切感じられなかった。
「数無さん?」
もう一度呼び掛けてみる。
数無さんは此方に首を傾けることすらせず、ただ遠く、天井よりずっと遠く、空間として図れないほど遠くを胡乱げに見ているようだった。
声を掛けなくても存在が届く距離だと言うのに、全く気付いてもらえない。
気付いてもらえない以前に、そもそも認識できる能力があるのかが怪しい。
「数無さん……」
言ってしまえば、数無さんはピノキオと逆の状態だった。
人間の体はある。
でも、人間の心はない。
それならば、結末も逆になるのだろうか?
ピノキオは最後、人の体を手に入れて、完全に人間となった。
数無こころは最後、人間の体さえなくし、マリオネットになるんだろうか?
俺には、分からない事だ。
未来のことなんて、分からない。
「数無さん」
だからこそ、俺はこう言った。
「今からご飯作りますから、ちょっと待っていてくださいね」
別に奇跡を信じて待つつもりではない。
ただ、もし、ひょっとしたら、万が一、数無さんが起きてしまった場合、仕事をしていなくて叱られるのが嫌だから、そうするだけ。
俺はまだ、解雇通告も受けていなければ、辞表届けも受理してもらっていない。
受理してもらおうにも、雇主がこれではどうしようもない。
俺は仕事を伝えるほか無いのだ。
誤解なきよう言っておく。
決して数無さんの為なんかじゃない。
仕事だからだ。
……ついでに言っておくと、巷で流行りのツンデレでもない。
俺は数無さんをその場に残し、台所に入る。
あの状況ならまず肉、野菜、魚などは無理だろう。
もとから肉も魚もないけれど。
だが、もしかしたら流動食なら入るかもしれない。
俺ができる流動食はお粥くらいしかないけど、試さないよりはマシだろう。
でもそれでは栄養が片寄ってしまう。
野菜ジュースでもつくって、無理矢理にでも飲ませよう。
数無さんは野菜が嫌いだが、問題ないか。
好き嫌いができるくらい人間らしければ何の問題も無いのだから。
それもこれも、数無さんが流動食を食べられたらの話。
食べられなかったら……青猫さんに点滴を射ってもらうしかないか。
今の内に頼んでおけば、すぐに準備が出来なくても、三日後の船で材料を揃えてもらえるはずだ。
数無さんは割とこうなる前は健康な身体だったし、二、三日ならどうにかなるだろう。
専門知識がないからはっきりとは言えないけれどね。
その辺は青猫さんに任せるしかないか。
代金は立て替えておいて後から請求しよう。
俺にはそれくらいの余裕はあるし。
そうこう考えている内にお粥は完成。
が、少し熱すぎる。
今の数無さんに食べさせるには、もう少し醒ましてからでないと辛いか。
ちょうどいいのでその間に、野菜ジュースを作ろう。
冷蔵庫から適当に野菜を取りだし、多めの水と一緒にミキサーにかける。
野菜が砕ける音と共に、緑色の液体になっていく。
少なくとも、美味しさを保証できる色ではない。
実際、蓋をとると何とも形容しがたい臭いが漂ってきた。
「…………ま、いっか」
俺が飲むんじゃないしね。
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