二章:心 45
部屋の鍵をかけていなかったので、特に立ち止まることもなく俺は自分の家の玄関に立った。
自分の家だし、遠慮の余地などあるはずもない。
「…………」
大事なのでもう一度言う。
間違いなく自宅なのだから、俺に遠慮の余地などない。
なのに俺は思わず、小さな玄関に立ったまま、自分の部屋に入ることを躊躇ってしまった。
「…………」
絶句。
自分の部屋を見て言葉を失うなんて思いもしていなかったが、現に俺は口から言葉が出てこない。
正確に言うならば、部屋の真ん中にいる人間を見て、だ。
「…………あ」
向こうはようやく俺に気付いたように、間の抜けた声を漏らして硬直した。
だれでも察しかつくだろうが、当然その部屋の真ん中にいる人とは气作さんである。
別に气作さんが家にいること自体は何ら不思議ではない。あの衰弱具合から考えれば、まだ家に留まっているのは自然なことだ。
まぁ、あんまり引っ張っても仕方ない。
言ってしまおう。
气作さんが俺の部屋の真ん中で着替えていた。
などというサービスショットが早々あるはずもなく、气作さんは俺の部屋を我が物顔で占有していた。
冷蔵庫に入っていた非常食系のものは綺麗に空にされ机の上に散乱。
この部屋にある唯一の娯楽、トランプは遊び飽きたと言わんばかりに床に放置。
止めに俺愛用の布団は勝手に引っ張り出され、シーツは当然、掛布団敷布団諸とも見るも無惨なまでにグシャグシャになっていた。 悲惨とか失望よりまず呆れ。
呆れる以外することがない。
他人の部屋を短時間でここまで自分の空間に改編できるなんて尊敬に値する。
尊敬なんてしないけどね。
二人目だしさ。
因みに一人目は某ニート(19歳)。
「これには色々訳が……」
というお約束のフレーズを皮切りに气作さんは言い訳を始めようとした。
が、俺はそれに言葉を重ね、气作さんの言い訳を遮る。
「それだけの事ができるならもう大丈夫ですよね。別に弾劾や責任追及しませんから帰ってください」
「もうそれは小宇宙を揺るがす程度の訳があるんです……へ?」
「だから、いい加減帰ったらどうですか?あと、部屋を片付けた方が良いですよ。あれはその内耐えがたい悪臭を放つようになります」
俺は气作さんそれだけ言うと、机に散らばっているゴミを一つずつ持ち上げて台所へと向かった。
その間、終始『世界保健機構、あれ酔う』的な顔をしていたが無視。
そんな些細な事に構っていられるほど余裕を持って生きていないのだ。
下らないことを考える余裕はあるけどさ。
因みに、俺のプライドを守るために言っておくが、『世界保健機構、あれ酔う』は俺が考えたわけではなく受け売りだ。
「あのぅ……」
气作さんが漸く混乱から回復したらしく、気弱な口調で尋ねてきた。
「もしかしてめちゃくちゃ怒ってたりしちゃったりしてらっしゃりますでしょうか?」
「滅茶苦茶なのはあなたの性格と言葉遣いだけです。俺は一切怒ってませんよ」
俺は数無さんにそれだけ言って、残った食事の残骸を手に取り台所へ行った。
残骸をゴミ箱に放り込んで冷蔵庫を開く。
生野菜等そのままではいかんせん食べにくい物を残して、それ以外は綺麗さっぱり食べつくされていた。
三食全て野菜スティックかつ食事量制限を行えば話は別だが、このままでは間違いなく月曜日まで持たない。
今日が水曜日だから、あと四日。
俺が買い物に行く日までの日数。
そして、数無さんと約束した小説の〆切日までの日数。
こっちは今まで通りのペースで行けば十分に間に合う。ただ、頼んだ本人があの状態では書いても仕方ないだろう。
意味の無いこと。
する必要のないこと。
「あのぅ……」
气作さんは台所までわざわざやってきて、再度俺に気弱な声で話しかけてきた。
「何ですか?」
冷蔵庫を後ろ手に閉めながら、俺は台所を出ていく。
そのまま气作さんを横切り、部屋に戻る。
そこにあるのは气作さんが荒らした見るも無惨な布団。
その本人が布団にいない内に片付けてしまおう。
「あのぅ……」
布団を畳んでいると、また气作さんが話しかけてきた。
「だから何ですか?」
「……本当に怒ってません?」
おずおずと確認してくる气作さん。
俺はそれを軽く聞き流しながら、布団を畳み終わる。そして、布団を隅の方に寄せてから、漸く气作さんに向き直って返答をした。
「これで元通りです。怒る要素なんてありませんよ。ついでに言えば、体力が回復したあなたもここにいる要素もありません」
「あの……怒ってないなら、一つ聞いても良いですか?」
「聞くだけなら別に構いませんけど」
气作さんは躊躇いがちに口をまごつかせ、数十秒ほど考えてから少しずつ言葉を発しだした。
「今日の晩御飯、ご相伴にあずかっても構いませんか?」
「…………」
引っ張るから何事かと思ったら。
まぁ、ある程度は予測してたけどさ。
俺は無言で气作さんを外につまみ出した。
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