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夏影
作:椎堂 真砂



二章:心 37


 气作さんに昼食を食べさせ終え、微妙な空気のまま青猫さんに气作さんを診察させにいった。ちなみに、かなり气作さんの足取りは危なかったので俺もついて行くことに。
 二人同時にあの壊れかけた階段を降りるのは中々にスリリングな体験となったが、何とか無事、青猫さんの部屋に到着。
 やっとの思いで病院に到着したのもつかの間。青猫さんは軽い触診と問診をし、
「問題ない。一日安静にしていれば大丈夫だ」
 という軽い一言の元に切り捨て、俺たちを部屋から追い出した。
 一体何があったかは知らないが、いくらなんでも職務怠慢ではないかと思う。
 そういう点では俺は、職務怠慢どころか学生という職務を放棄してきた訳だから、青猫さんのことをどうこう言えないんだけどね。
 思いはするけどさ。
 そんなどうでも良いことを考えながら、气作さんを肩に担いで自分の部屋へ戻る。
 气作さんの体力を考慮し、なによりあの崩壊寸前の階段を二人で上るという恐怖体験を二度もしたくなかったので数無さんの部屋で休ませてもらおうと提案したが、气作さんの断固たる拒否により実現しなかった。
 理由はさしずめ、数無さんに対する見栄といったところだろう。
 社会人らしいとかそうじゃないとか関係無く、そういうものはあるだろうしさ。
 气作さんを抱えたまま、部屋の扉を開けると气作さんを少し乱雑に転がした。
「くはぁー……」
 气作さんは天を仰いだまま、胸に溜まった空気を一気に吐き出す。
「どうもお疲れさまです」
「ホント、クッタクタでちゅよ」
 確かにこのタイミングで噛むとは相当疲れているらしい。
「いったぁ〜……。舌かみました……」
「どれだけ思い切り喋ってるんですか」
 本当に忍び難きを忍んでいるように顔をしかめる。
 本当に無駄な怪我を増やす人だ。
「どうかこの痛さに救いの手をぉー……」
「自業自得な傷まではサポートしかねます。自責でどうにかして下さい」
「そんな殺生な……」
 气作さんは演技がかった動作で首を倒す。
 この人、思ったよりも元気なのかもしれない。
 そう思わせる演技なのかもしれないけどね。
「そんなことは置いといて。そろそろ教えてくれませんか?」
「何をです?」
「何でそんなに疲れているか、です。喋る体力があればで良いですけど」
「自分で話を切ったくせによく言いますよ」
「ばれてましたか」
「ばれないない訳ないでしょう?」
「すいません」
 得意気にそんなことを言う气作さん。
 そこで貶すのは簡単だが、話が進まないので楽しさを抑えて頭を下げた。
「まぁ、良いですよ。そんな殊勝な態度のアッキーに免じて話してあげましょうじゃあ〜りませんか。そんなに長い話でもありませんし」
「はい、お願いします」
 气作さんは深く一息つき、呼吸を整える。
 体力がまだ完全にどころか、ほとんど回復していないのだと思い知らされた。
「昨日、疲労困憊の中、やっとのことで家にたどり着いたんですよ。そしたら極悪非道にも――」
 今度は遮らない。
 しっかりと拝聴。
「――なんと、私の家の鍵穴が潰されていたんです」
「世の中にはバカな悪戯をする人もいるんですね」
「悪戯なんかじゃ済みませんよ。次あったらフランケンシュタインの刑です」
 また変な名詞が飛び出した。
「……どんな刑ですか、それ?」
 不思議に思って聞いてみた。
「フランケンシュタインの如く、全身を糸でツギハギだらけにするんです。勿論、肌に直接糸を縫い付けて」
 予想外に残忍陰惨な刑だった。
 可愛い顔の下でなんてこと考えてやがる。
 いや、气作さんが可愛い顔かはおいといての話。
「でも、犯人の検討、ついてるんですか?」
「いえ、全く。これっぽっちも」
「じゃあどうやって次会うんですか?」
「そんなの決まっています。いいですか?刑事ドラマ曰く、犯人は犯行現場に戻るんです」
「随分と古典的なこと言いますね……」
「う、うるさいですねっ!古典的とは何ですか、古典的とはっ!私はお古じゃないっ!ピッチピチの二十……歳ですっ!」
 ピッチピチとかも古典的とか、……の部分はおいておいて。
 气作さんも幾分か古いことを言ったという自覚があるのか、そのまま続けた。
「いいですか?犯人は必ず現場に戻るんですっ!ですから……」
 气作さんは勿論の如く、
「私の部屋を訪ねてきて人を片っ端からフランケンシュタインの刑に処します。そうすれば、いずれ犯人にあたります」
 犯行声明を出した。
 絶海の離島連続傷害事件。または殺人未遂。下手をすると殺人。
「……さてと、警察は……」
 何日ぐらいできてくれるかな?
 車では暫定的に气作さんを拘束しておいた方がいいのだろうか?
 等のことを本気で考えた。
「ちょっと、冗談ですよ。本気にしないで下さい」
「どの辺りから冗談ですか?」
「手当たり次第に処刑する辺りからです」
 犯人へフランケンシュタインの刑を執行するのは冗談じゃないのかよ。
 そして何故だろうか。心当たりがないのに恐怖心が湧いてくるのは。
 きっと、想像してそのグロテスクさに恐れおののいているだけだ。
 記憶にない以上、俺は犯人じゃないしね。
 ……多分。
 俺は無難に話を逸らすことにした。
「でもなんでそれなら誰かの家に止まりに行かなかったんですか?当てなんていくらでも、とはいきませんけど幾つかあるでしょう?数無さん然り、青猫さん然り、美作然り」
「そして、君然り、です」
 气作さんは軽く溜め息をついてから、目だけを動かし俺を仰観する。
「私だって最初はそれらの方々を頼りましたよ。余所者ですけど、アッキー以外とはそれなりに長い付き合いですし。その儚い私の願いを裏切り、このアパートの住民は私をたらい回しにしたんです!」
「え、猿回しじゃなくてですか?」
「ぶっ殺しますよ?」
 目が座っていた。
 下手な冗談は身を滅ぼすというのがよく分かる。
 俺は沈黙を守り、气作さんが言葉を続けるのを待つ。
 痛々しい空気の中、待ったかいがあったのか、气作さんは溜め息まじりに会話を再開してくれた。
「まず私は古雅峰さんの家に行きました。あの人は見た目実は面倒見が良さそうですし、部屋も二つ借りてますから何処かしらに寝かせてもらえると思ったんです。ですけど、却下、の一言であしらわれました」
 なんて無謀なことを……。
 おそらく俺が同じシチュエーションで同じことを言ったら間違いなく張り飛ばされる。气作さんも長々と悪態を吐かれなかっただけマシと言うものだ。
「そして次に、数無さんの部屋を訪ねました。一応体面上は仕事の関係なのでなるべく頼りなかったんですが、事は急を要するので断腸の思いで頼むことにしました。が、死ね、の一言で撤退を余儀なくされました」
 別に今更仕事上の関係など無いも同然だし、宿探しは切迫してもいない。
 それに、死ね、の一言で逃げ帰るなんて气作さんらしくもない。
 いつもなら強硬突入、は言い過ぎ……でもないか。初めて出会った日も不法侵入してたし。
 とにかく、そんなとんでもない勢いのままに生きている气作さんが、ねぇ。
 学習したのだろうか?
 どうでも良いけどね。
「それでもって真逆ちゃんを頼みの綱として訪ねたんです。まぁ、結果は謂わずもがな。部屋から出てきてくれたまではよかったんですけど、無言のままに廊下の奥の方を指しただけで部屋に戻られちゃいました」
 ついに拒否の一言さえ言われなくなったのか、气作さん。
 美作らしいと言えば美作らしいけど。
「それで私は真逆ちゃんの指した通り君の部屋を訪ねたんですが……」
 气作さんは再度溜め息を吐く。
「遂には無視ですよっ、無視っ!この世に人情なんて欠片も残ってねぇー、って感じですっ!」
「さいですか」
「他人事扱いですかっ!?」
「実際他人事ですし」
「まぁ、そうですけど……って違う違う違う違いますよっ!?君間違えなく当事者ですよねっ!?」
 口だけは完全に回復している模様。
 身体の方は……分からない。相変わらず寝転がったまま、身体を起こそうともしていない。
「气作さん」
「はい?」
「身体の調子はどうです?」
「うーん……まだ少し気だるいですね」
「そうですか」
 俺は气作さんの反応を聞いてから、ゆっくり立ち上がる。
 そんな俺を怪訝そうにみて、そして何故か顔を赤らめた。
「まさか今度こそ、气作羽譚散る的な……」
「あなたはもう喋らないで下さい」
 俺は飽きれ気味に溜め息を吐く。
「ちょっと气作さんの部屋の様子を見てくるだけです」
「まさか私の残り香で変態チックに……」
「ねぇよ!アンタの部屋は今、閉まってんだろうが!テメェ、キャラ崩壊しすぎだろ!」
「今の君にだけは言われたくないセリフです」
 いや、そこはわざとと分かって欲しかった。過大な期待かもしれないけどさ。
 俺はこれ見よがしに、盛大な溜め息を吐くと、倒れている气作さんを残して部屋を後にした。












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