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夏影
作:椎堂 真砂



二章:心 35


「夢って……」
「ん?」
「夢って、ある?」
 京が普段とは違う、おっかなびっくりにそんなことを聞いてきた。
 京がいつも、というほど長い付き合いではないが、俺に話しかけるときは堂々としている。にも関わらず、俺の機嫌を伺うように横目にちらちら見ながら話しかけてくるのはとても珍しい。
 その所為か、俺は返答に少し詰まった。だが、そのまま固まっているわけにもいかず、少し思案したような素振りだけを見せてからやる気無さげに答える。
「正確に言うならあった、だな。過去形だ、過去形。今はもうない」
「何が夢だったの?」
 京は少し驚いたようなそぶりを見せながらも、間髪入れずに切り返してくる。
 どうやら、俺の夢とやらに興味を示しているらしい。
 積極的な京が面白く、俺は正直に話すことにした。
 大して面白い話でもないけどね。
「精神科医、だな」
「何で?」
 子供のごとく不思議そうに首をかしげながら、京は話を続けた。
「何でって……特に理由はないさ。強いて言うなら、親戚にいてな、それが何となく格好良かったから、ってのが理由だ」
「ふぅん……」
「やっぱ医者って格好良いよな。肩書きとか雰囲気とか。何言われるか分からないから、本人の前じゃ絶対に言わないけど」
「つまらなそうだね」
「つまらないな」
「……でも、楽しそうだね」
「あぁ、楽しいな」
 寂しげに遠くをみる京に対し、俺は思い切り笑った。
 勿論作り笑いだけどね。
「私も……私も親がもう少し優しくしてくれていたら、そんな下らない夢がみれたのかもね……」
 京が、俺に言うでもなく、ましてや誰に言うでもなく、小さくポツリと呟いた。
 さっきのように横目で俺の機嫌を窺ったりもしない。完全な独り言。
 寂しそうでも、楽しそうでも、辛そうでも、嬉しそうでもなく、純然たる事実のように、無感情を装った諦めの感情を漂わせる京。
 胡乱にどこか遠くでも見るように、カーテンの閉まった窓の向こうを見ている。
「…………」
 それでも、独り言の返答を求め、京は押し黙っていた。
 だから俺は期待に沿う為に、答えることにしよう。
 こんなこと言うのは柄じゃないけどね。
「馬鹿か、お前?」
「え?」
 至極当然といった具合で俺が答えたことが余程以外だったのか、京は目を見開いて俺の方を見た。
 独り言に対して返答されたのに驚いたのかもしれないが、そうではないと思う。
 俺が京の独り言に突っ込むのはいつものことだしさ。
 やっぱり京は甘やかした言葉が欲しかったんだろう。いくらクールを気取ったって、基本的にこいつは甘えたがりだし。
 このクーデレめ。
 口が裂けても言わないけどね。
「お前は家族ってものを過大評価つーか、過剰に期待しすぎなんだよ」
 それでも……京が望んでいないと分かっていても、俺は続ける。
「家族ってのはそこにいるだけで良いんだよ。優しくしてもらおうとか、楽しくしてもらおうとか、そんなの期待するだけでおこがましい。家族がいるだけで、有り難いと思えよ」
「それは、無視されても?」
「あぁ」
「それは、蔑まれても?」
「あぁ」
「それは、殴られても?」
「あぁ」
「それは、蹴られても?」
「あぁ」
「……そんなの……されたことのない、詭弁だよ」
「あぁ、詭弁だ。俺は詭弁が大好きだからな」
 京は下唇を噛んで、痛々しく俯いた。
 当たり前だ。
 俺が痛々しいことを言ったから。
「それに、お前の言う優しさってなんだよ?」
「…………」
「話しかけることか?尊重してもらうことか?殴らないことか?蹴らないことか?お前の望むこと全部、相手が言わなくてもしてくれることか?」
「っ……」
「そんな、あやふやで曖昧模糊な分からないもの、家族に求めるなよ」
「違う……」
 京は小さく、でもはっきりと否定した。
「全然、違うよ……。分かってないよ……」
 京はもう一度小さく呟いてから、俺を自分の部屋に残して出ていった。
 俺はどうやら、また失敗したらしい。
「なんだか、なぁ……」
 俺は中途半端に呟いて、その場にへたりこんだ。
 
   *   *   *
 
 俺が小説を書き始めてから三日目。
 結局、昨日一日探しても原稿は見つからず、昨日の夜書き直しプラスアルファを書いて寝たので、今朝は少しばかり眠い。その所為か、一度五時ごろに起きたが、今日は十時くらいまでぐっすり眠ってしまった。
 それでも少しは、早く起きれるようになった方だ。
 この眠気なら、ちょっと前なら一時くらいまで眠れた。
 不摂生も少しは治ってきたらしい。
 起き上がってから伸びをし、体中の関節を鳴らす。
 不摂生は治ってきたとはいえ、寝過ぎは寝過ぎらしい。今まで経験したことのないような大きい音が鳴った。
 単純に運動不足かもしれないけどね。
「くぅー……っ!」
 欠伸を噛み殺しながら台所に行き、冷水で顔を洗う。
 対して目覚ましの効果はなかったが、顔を拭いてシャツを着替える。特に寝巻きなんかを区別していないので、着替える必要はないのだが、寝汗の匂いとかもあるので着替えることにした。
 それで、朝すべきことは終了。
 特に空腹も感じていないし、朝食は必要ないだろう。昼食までは十分持つし、何より食材の買い足しをしなくても良くなる。経済的には何の問題はないが、面倒なことが省けるのはいいことだ。
 次買いに行く時から少しずつ買う量を減らして、自分の限界を図ってみるのもいいかもしれない。
 労働的面倒を避けるためなら、欲求を抑える面倒は惜しまない。
 意味無いんだけどね。
「さてと……」
 時間もほとんどないし、このまま執筆を始めよう。
 ちょうどその時、ガタン、と扉が大きくなった。
「ポルターガイストか?はたまたラップ音?」
 ついにこのガラクタ屋敷にも幽霊が住み着いたらしい。
「まぁ、隣人には無関心にするのが現代の風潮だし、放っておこう」
 触らぬ神に崇りなし。
 触らぬ幽霊に崇りがないのは、自明の理というものだ。幽霊が触れるかどうかは別として。
 ガンガンガンッ!
 そんな俺の考えをくみ取ったように、先程よりも大きな音でもう一度音がした。
 この方向は……ドアか?
 このまま無視してもかまわないのだが、ずっと執筆活動を騒音で妨害されるのは何だし、確認するだけ確認しておこう。
 もし幽霊の仕業だったとしても、一人くらい幽霊の知り合いがいても構わないだろう。
 ダンボールの机を準備しようとしていた体を方向転換し、玄関へと向かう。
 玄関に着く数十秒の間に音がすることもなかったので、そのまま引き返してもよかったのだが、ここまで来て引き返したら何かに負けた気がするので歩いた勢いのまま扉を開けた。
「うがぁ!?」
 手にかかる負荷が思ったより強く、力を入れすぎたので予想以上のスピードが扉につく。その所為で何か、いや、声がしたので誰かといった方が正確なのだろうが、とりあえず何かに扉を勢い良くぶつけてしまった。
 もしも全く知らない島民だったりしたら申し訳がなさすぎるので、僅かに開くことができた隙間から顔を覗かせる。
「…………あ」
「っ〜っ〜!?」
 そこには予想通りというか、期待を裏切らないというか、当然のように气作さんの悶絶しながら横たわる姿があった。












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