一章:人間失敗 04
アパートを見上げてみる。玄関の数から察するに、部屋の数は八つ。一階に四部屋、二階に四部屋。
下の階は左から順に104、103、102、104と、との上に書いてあり、上の階は……見えない。が、下の階から察するに、きっとランダムに201から204が並べられているんだろう。まったくもって無駄だ。きっと、管理人の趣味なんだろうね。
俺としては住めば良いから、そんな些事には拘らないでおこう。
とりあえず管理人に会って、部屋の鍵をもらわないと。
「青猫さん、管理人室は何処です?」
「管理人?あぁ、部屋の鍵とか手続きとかか……。それなら構わない、すでに私が済ませた」
青猫さんは鍵を見せながら、
「それに、今管理人はいないしな。今、日本縦断辺境巡りの旅に出てる。いや、横断だったかな?」
と、無駄な説明を加えてた。面倒事がその一言で省けたならそれで良いか。でも、よく考えると管理人への挨拶とかの面倒ごとは一手に片付けた方が……否、こんな風に空想している方がよっぽど無駄か。
俺は思考を一旦停止した。
青猫さんは鍵を自分の白衣のポケットにしまい、一番左の101号室の前に立つ。そして、人指し指で適当に、
「此処が管理人の部屋だ」
と、面倒くさげに説明した。
あの説明好きな、無駄なまでの解説を嗜好する青猫さんが、だ。少なからず、管理人と青猫さんの間にしこりがると思わせるには十分だった。
潤滑油代わりにされなければ良いが。所詮他人事だし巻き込まれたくない。
巻き込まれたら巻き込まれたらで、尽力はするけどね。青猫さんは基本的人間として好きだし。
そんなことを考えているうちに、青猫さんは隣の部屋、103号室の前に移動していた。
「ここが、私の部屋だ。中では隣の部屋と繋がっていて、こっちが居住、102号室が診療室として使っている」
俺が部屋の前に移動するまでに、そんなことを説明していた。
確かに、102号室のとの横には、まるで道場の看板のような明朝体で『古雅峰病院』と彫られた木の板がかかっていた。今更突っ込む気なんてないんだけどね。過ぎたるボケは、真正のツッコミからさえも見放されてしまわれるもんさ。
天然なら尚の事。
青猫さんってこういう所、ずれてるよな……。狙ってるのかもしれないが。
とりあえず経営が成り立っていないのは、目に見えてるんだけどね。
遅すぎる感じもあるが、103号室に目を向けてみる。
青猫さんに至極と言って良いほど似合わない可愛らしいネームプレートがかかっていたが、青猫さんに睨まれたのでツッコむのは遠慮しておいた。元からそんな事に突ツッコむ気なんてなかったし、もっと他に気がかりなところがあるしね。
ネームプレートに名前が二つある。
結婚でもしてるのかと思ったが、否定。苗字違うし。
恋人同士の同棲の線も疑ったが、相手の名前が明らかに女性だし、違うだろう。青猫さんが『アッチ』の気がない可能性は、完全には拭えないが、ここは無いと考えよう。
古雅峰青猫。
その親のネーミングセンスを疑うような名前の下に、これまた親はもう少し名前を考えてやれ、と言いたくなるような名前がポップな字体に彫られたウッドプレートが、作者の美意識を疑うような間隔でネームプレートに貼り付けてあった。
古雅峰青猫
有栖ありす
読みやすく並べるとこうなる。
苗字と名前が一致なんて正直、酷い。有り得てよいのだろうか。有るのだから受け入れるしかない、か。
青猫さんに聞けば、真偽はものの数秒で片付くだろう。
しかし、青猫さんはポケットから鍵を出しながら、俺の疑問に敏感にも気付いたようだ。
流石、猫。冗談だけどね。
「お前の荷物は私が全て預かってるんだ。正直に言えば、邪魔でしかたない」
疑問が分かっていつつも、青猫さんはあえて答えようとはしなかった。
きっと本人の眼前で紹介する気なんだろう、お互いをね。
百聞は一見にしかず、と言う諺も存在する。この人はどちらかと言えば、千の言葉を用いて十回見るより正確に表現するタイプなんだが、この点において、青猫さんは随分と説明が少なくなった気がする。
人なんだから、変わるのは当然かと頭の片隅で思う。
予想が外れたけど何の感慨もなかった。
ガチャ、とありきたりな開鍵音。
さて『有栖ありす』とは、如何程の人物なのだろう。
有栖、ありす、ねぇ。あ、もしかしたら偽名か?青猫さんの性格からすると違うか。
ギィ、とありきたりな開門音。
なるほど、青猫さんが説明しなかった理由を、俺は即座に理解した。
あまりにも当たり前な解答過ぎて気付かなかった。
青猫さんでさえ、あの言葉巧みな人でさえ、説明できなかったのだ。普通過ぎて白ける。
そういってやりたかったが、そんな余裕でさえ、俺には欠乏していたのだ。
有栖。
ありす。
少女が笑っていた。否、狂笑していた。
声にならない声で、世界に不協和音を奏でながら、ノイズにも近い音を出している。
「これが――私の患者、『有栖ありす』だ」
それだけ、たったそれだけで青猫さんの説明は終わった。
十分だろう。
俺だってそれ以上の説明は望んじゃいない。外見なんて解説されても逆に困るぞ。その程度なら自分で理解出来る。
有栖ありす。
年齢七歳前後。
小さな顔に歪んでいない、飯櫃でもない、純粋な、無垢な笑顔を浮かべている。楽しさだけで満たされている面。だからこそ、俺には狂っているようにしか見えない。
これが青猫さんの患者、ね。納得だ。
万の言葉を用いても、この『異常』さは表現できまい。
これについての説明があるとすれば、精々学術的にどんな病気で、こうなるまでにどういった経緯があったのかの説明ぐらいだ。
「こいつはな、先天的にこうなんだ。生まれた時から《不快》という感情が存在しなかった。発達しなかったのではなく、な。賢いお前なら解るだろう?どれだけこれが危険な状態か」
青猫さんの言う通り《不快》が存在しなかったら、《快楽》しか感じることができなかったら――想像するだけでも、おぞましい。恐ろしい。良くここまで生きられたものだと思う。
例えば、先天的に痛みを感じない人間がいる。
彼、または彼女は《痛み》という概念を知らない。故に歩く度に起こる反作用の痛ささえも知らない。故に踏み込む力加減が分からない。だから、連続して力一杯足を出し続ける。
それが子供の細い足では受け止めきれず、足が変形してしまうほど、骨を折る――らしい。
しかし、彼女の場合、条件は更に劣悪だ。
《痛み》という概念は理解できる。だが、その《痛み》でさえも《快楽》なんだ。
痛みを受けるほど、より痛みを欲しがる。
骨折する度、より折りたがる。
傷つけば傷つくだけ、より痛々しい傷を欲しがる。
その程度なら『まだいい』。方向性が内側なら。彼女がもし、他人を傷つけることに興味を持てば、執拗に傷つけるだろう。
そんなことする前に、自壊するだろうけどね。
要はそういうことだ。
一つのことをすれば、《快楽》として求め続ける。醜悪な極論者。
それにしても、先天性の精神障害、か。
初めて見た。運が悪かった、そんなレベルの出来事。地震とか、落雷とか、津波とか、ほとんど個人的に降りかかった天災と同義だ。
最悪だったからこそ災厄が降りかかったのか。
災厄が降りかかったからこそ最悪だったのか。
そんなことは卵が先か、鶏が先かぐらいにどうでもいいことなんだが、とりあえず有栖ありすは、俺の知ってるやつの中でも二番目くらいの『異常』さを持っている。
治癒でもしない限り、永遠に少女のような純粋さを持つ、有栖ありす、か。
ポジティブに考えればこうなる。前向きに考える必要なんて無いんだけどね。
さて、対面しようじゃないか、有栖 ありす。
|