二章:心 26
「――というのが、私の青春時代の話です」
「へぇ、そうですか、とっても面白かったですよー」
「屈辱ですっ!人の美しき青春時代をー……」
と言うのが气作さんの青春時代の話を聞いて思った、率直な感想を言った結果だった。
俺だってむやみやたらに气作さんを怒らせるつもりはなかったんだが、本当にどうしようもないくらいつまらなかったのだ。この話を面白いと言っていて、よく編集者の仕事が勤まっているな、と心配になるくらいに。
「いや、正直、オブラートに包まず、感情を見せたのは謝りますけど……」
「いーえ!今回ばかりは許せません!あなたのあだ名がアッキーだったとあちこち触れ回らない限り落ち着きません!」
何てはた迷惑な人だろうか。
触れ回られる俺の気持ちはとかく、そんな下らない話を聞かされる相手の立場にもなってほしい。
「じゃあ、俺はあなたのことを今からイッキーと呼びます」
「何で知ってるんですか!?私の嬉し恥ずかしなあだ名を!」
「嬉しいんですか……」
とりあえず一通り落としてから、話を進める。
「でも、少しは期待してたんですよ?」
「何をですか?」
俺は胡座をほどき、足を伸ばして後ろに手をつく。
リラックスしすぎてリラックスできないような俺の体勢に対し、气作さんは正座のまま姿勢を崩さない。年齢から考えると逆なんだろうが、今更そんなことを気にしないだろう、お互いにね。
「数無さんと气作さん、出会ったのって高校時代ですよね?」
「え、えぇ……そうですけど。でも、どうして知ってるんですか?」
「数無さんから聞きました」
「あの人、口が軽すぎる……っ!」
実際は自分で調べたことだけど、そんなことを言ったらまた色々突っ込まれるから辞めておこう。
气作さんは少し動揺したような表情を見せていたが、取り乱すことはなく平生の顔をしている。これなら大した疑いは持っていないだろう。
そう思い、話を続けた。
「だから青春時代の話って言うと、数無さんとの思い出話でも出てくるかなっと思ってたんです」
「いや確かに思い出話はありますけど……話したくないって言うか、プライベートすぎるって言うか、重たいって言うか……正直あんまり喋りたい話じゃないんですよね」
言葉は砕けていたが、顔は沈んでいて、それ以上聞かないで欲しいというのがよく読み取れた。今まで气作さんから感じたことのない、重い雰囲気が部屋に満ちる。
目に見えた失敗だ。
二度留年してるんだし、地雷なのは当然か。軽はずみすぎた。
「いや、思い出話は構いませんよ。ただ……」
「ただ?」
重い空気を払拭するように、なるべく笑顔で不思議そうに尋ねてくる。
「高校時代の数無さんって、どんな感じだったんですか?」
「どんな感じって言うと?」
「城下浄花として、气作羽譚の目から見た他人の接し方、とか」
俺はようやく居住まいを正すように、体を起こした。
が、そのまま正座してしまうと气作さんが折角軽くしようとした空気を硬くしてしまうので、もともとしていた胡座をかくことにする。
「何でいきなり説明口調なんですか?」
「これ以上変な誤解されて話が進まないのも嫌ですから」
「さいですか」
ふぅ、と細い溜息を吐く气作さん。
そして回顧するように目をつぶる。
「正直、八方美人の、逆バージョン、ですかね」
气作さんは二、三分考えてから、言葉を噛み締めるようにポツリと一言ずつ区切りながら喋る。
それからまた、一分ほど考えてから今度は流暢に補足説明を始める。
「数無さんは、いえ、浄花は全くと言って良いほど自己主張をしない人でした。そのくせ受け身かといえば、そうじゃなくて、他人の意見を取り入れませんし。それに人に会う度に一番嫌う態度を変えて……とは言っても今みたいな多重人格じゃないですよ?総じて言えばとにかく嫌な人でした」
そう最後まで言い切って、呆れかえったようにまた、深い溜め息を吐いた。昔を思い出した嬉しさも、悲しさも、楽しさも、虚しさも、一切含めずに。
「そんなに嫌な人と今までよく人付き合いを続けてきましたね」
「まぁ、人間色々あるんですよ。八方美人をしてる人はえてして演技ですし」
「演技だったんですか?」
「…………」
沈黙する。
「一から十まで素でした。天然の嫌われ体質でしたよ、あの人は!もぉーう、先輩の頃も同級生になっても気は許さないわ、些細なことで暴力はふるうわ、そのくせ中学時代の友人はいっつも周りにいるわで、嫌われることしてるはずなのにどーなのよってっ!」
「真っ青な青春時代だったんですね、結局」
この人は何度爆発すれば気が済むのだろうか。
いい加減あしらうのも、からかうのも、面倒くさくなってきた。
「ほんと、僕も人のことは言えないが、羽譚君も随分溜め込んでるんだねぇ……」
「わきょ!?」
わきょって何だよ、わきょって。
「こっころさん!?」
「あぁ、青春時代が真っ青のこっころさんだ」
いつの間にか数無さんが、气作さんの背後を取っていた。
玄関を正面にしている俺は、かなり早い段階から気づいていたけどね。
この人が不法侵入してくるのなんていつものことだし。そしたら、突っ込まないで待ってると、面白いことになった。
人間、時には口をつぐむことも大事である。
「ごめんなさい!アッキーの口車に乗せられて、心にもないことをっ!アッキーに変わって私が謝りますからご勘弁をっ!」
人間、黙っていたら辱められるばっかりだよね。
時には自己主張も大事だ。
「はいはい、話があるからちょっと部屋まで同行してもらうよ、イッキー。何、時間はそう取らせないさ」
「たっぷり絞られてくださいね、イッキー」
「いやぁー……っ!この世には神も仏もいねぇー!」
「神と仏を私自身に置き換えてくださいね」
「自己否定万歳!私はここにいませんからご勘弁を!」
「まぁまぁそう言わずに、僕の話に付き合ってくれたまえ」
両手で气作さんの襟首をつかんで、強制退去させていく数無さん。
どこかで見た光景だった。
思わず首筋をなでさする。
「……時間あるし、美作と左に机のこと相談しに行ってみるか」
近い昔を思い出した所為で、もうそれより昔のことを思い出す気分じゃなくなっていた。
それよりも明日、どうやってアッキーって呼ばれた報復するかのほうが俺としては興味が大きくなっている。
やる気も継続力のない俺だった。
明日にはどうせ、忘れてるんだけどね。
いつもの事ながらさ。 |