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夏影
作:椎堂 真砂



二章:心 23


「何も私は道楽で、イットに小説を書かせようと言うのではありません」
 目を瞑り、顎で俺を指す数無さん。
 ついには物扱いだった。しかも英語で。短くて呼びやすい分、通称になりそうだ。
 ……別に虐待を受けてるわけじゃないけどね。
 第一、少年じゃないしさ。
「私は正直なところ、气作、貴方の会社の利益になるのでは、と考えているんです。貴方が将来本気で会社を立ち上げたとき、今から磨いてソレを新人としてデビューさせることを最低ラインの目標としています。今回書く小説の出来次第では、私が引き受けた短編の枠を使って電撃デビューも視野に入れての話です」
 と、数無さんは慇懃無礼に淡々と、そして冗談や軽口を一切含める余地を与えずに、荒唐無稽なことを真面目に言った。
 勿論、直接相談を受けたことも、ましてや受諾した覚えもない。言外にも然り、だ。
 所謂、爆弾発言。
 爆弾を投下された俺や气作さんの方からしてみれば、堪ったものではない。軽い気持ちで小説は書くとは言ったが、よもやそんな先の方にまで及ぶ罠を仕掛けられていたとは。
 小説家デビューしたい人から見れば、感涙にむせび泣くような話かもしれないが、生憎俺にはそんな願望はない。
「小説は言った手前書きますけど、小説家デビューなんてするつもりはありません。何があっても」
 こればかりは流されるわけにはいかない。きっぱり断らなければ。
 確かに、小説家には小説家なりの魅力はある。でも、いくら魅力があるとはいっても、それはマズイのだ。
「何故です?貴方は読書が好きじゃないですか。直接聞かなくとも、本に対する知識がそう物語っています」
 数無さんがちっとも不思議そうという感じを滲ませずに尋ねてきた。
「読者は好きです。でも、それだけです。関係ありません」
「関係ありますよ。執筆は読書の延長上にあります」
「例え読書の先に執筆があったとしても、俺はそこまでたどり着いていません。それに執筆の延長上には作家デビューがあったとしても、読書の先に作家デビューはないんです。少なくとも俺の中では」
「そうですか」
 諦めた風もなく、かといって引っ張る気も無さげに、そう数無さんは会話を切った。
 個人的な見解を言わせてもらえば、次回交渉のために今は身を引く、という様子。
 それでは……いけない。
 きっぱりと、交渉の余地なく断らなければ。
 だから俺は、無理矢理切られた会話に言葉を結びつけた。
「ですから、数無さんの計画には乗れません。撤回してください」
「撤回……撤回、ですね。分かりました。撤回、撤廃、撤去、撤収しますよ」
「まったく誠意がありませんね……。撤回する気が感じられません」
「すいません。そういう喋り方なんですよ。これからは善処します」
「それって善処する気のない人が言う台詞ですよね」
「惨いですね。心を参らせると書いて惨いです」
「俗っぽく考えれば意味的にはあってますけど、やっぱり漢字を説明する意味が分かりません」
 最終的にはやはりはぐらかされてしまった。
 それに意図的にでも乗ってしまったのは俺だけどね。
 どうせ、今日は何度言ったって良いようにかわされるだけだろう。亀の甲より年の功、腐っても年上だ。いなし方は敵わない。
 お互い、引き際が肝心。
 今回は俺が潔くなかった。
 長期戦になりそうだが、数無さんが心の底から諦めるまで辛抱強く断り続けなければならない。後々悔いるかもしれないが、今考えられる中ではこれが一番だろう。
「にしても、なんでそんなに必死になって断るんですか?何事もチャレンジですよ?私なら即決ですよー」
 時期を見計らい、气作さんが能天気にニコニコしながらそう聞いて来た。
 理由、か。
 やる気がないし、面倒。
 それにそんなに長年続けられると思っているほど自意識過剰でもないし、そもそも自分にそんな才能があるなんて信じていない――というのが、表の理由。
 そして、人には言えないもう一つの理由、というほど隠しているわけではないが、積極的に表に出さない理由もある。
 『本邸』。
 作家デビューするにはあまりに大きすぎる影だった。
 時々忘れそうになるが、俺は今、家出中の身なのだ。『本邸』の方が見てみぬふり、探さず探したふりをしてくれているだけ。
 現状としては家出より、自主的島流しと言った方が近い状況。
 だから、才能がなくて小説がつまらなかったなら島内の笑い話で済むが……、もし才能がありでもしたら、声は大きかれ小さかれ日本中に広がる。それは流石に『本邸』の方も見逃してはおかないだろう。
 折角、大々的に計画を練って家出したのだ。もう少しばかり続けていたい。
 この島の暮らしも慣れてしまえば、結構楽しいしね。
 知り合いも増えたしさ。
 でも、そんな理由を气作さんに真面目に話すのも、なんとなく癪な気がする。
「そんなの气作さんと一緒に仕事するのが嫌だからに決まってるじゃないですか」
「私がいつそんなに嫌われることしました!?出会ったときからずっとでしたよね!?どんどんエスカレートしてません!?」
 だから適当に嘯くことにした。
 俺は真面目なときに真面目にできない人間なのだ。
「さぁ、そろそろ良い時間だ。話はこれぐらいにしてお開きにしましょうじゃないか」
 いつの間にか壁際に移動し、背中を壁に預けるようにして立っていた数無さんが演技がかった口調で呟いた。
 ついでに《同一性》も変わっていた。
 口調から察するに、推理小説担当のあの人だ。ちなみに、最近聞いたところによると、さっきまで喋っていた《同一性》が純文学担当で、いつも話しているあの快活な《同一性》がコメディー小説を担当している……らしい。
 伝聞調なのは実際、他人から聞いたからだ。ちなみに情報源は气作さんより。知らないと思っていたら、俺よりずっと前から知っていて恥をかいたのも、今となっては良い思い出だ。
 閑話休題。
 数無さんがもたれている壁の丁度反対側にかかっている時計を見ると、短針が六時を示したばかりの時刻だった。
「そうですねー。お腹がそろそろ空きましたよ」
 社会人にしては腹時計が早く、堪え性のない气作さんは恥ずかしげもなく床に倒れこんだ。見ているこっちがやる気を抜かれるような光景。
 お腹は空いたが、自分で作る気はないという意思表示でもあった。
 当然のことながら、この島にコンビニなんて上等なものは存在しない。
「コックさーん、今日の料理はなーんでーすかー?」
 本日もまた、数無さんの家にたかるらしい气作さんだった。
「俺が数無さんの食事を作るのはまぁ、仕事のうちと割り切ってますからいいですけど、何で气作さんのものまで作らなきゃならないんですか……?一応、経済的にも考えて、たからないで下さい」
「たかるなんて心外な口振りですね。ご相伴にあずかる、と言ってほしいですね」
「経済的には構わないよ。金銭は余りに余っているわけだしね」
 横からそう、助け舟を出す数無さん。からかいはしても最終的には气作さんの味方につく人だ。
 俺も本気で追い出すつもりなんてなかったけどね。
「羽譚君、今日はどんな料理がいい?君がリクエストしても構わないよ。ちなみに昼がこってりしていたから、昼はさっぱりとした肉料理が……」
「リクエストしても作れませんけどね」
「うっわ、つっかえねー!」
「ご飯も炊けない人に言われたくありませんけどね」
 入れられる茶々を適当に切り返しつつ、台所へ。少しは増えたがそんなにレパートリーはないので、リクエストは本当に無視。
 廊下がないので数歩で台所に到着。
 そして、数秒でうなだれた。
 ホットプレートを初めとした皿、箸、コップなど食器類の山。この狭い台所にはまな板どころか、包丁を使える場所さえなかった。
「こんなことだろうと思ってたけどね」
 青猫さんは箱入りで育ってたし、有栖ちゃんは論外。美作はやる気がなくて、数無さんは俺に任せきり。最後の良心ぽい左はといえば、結婚相手の条件が家事ができることという堕落っぷり。
 家事できるが人いないかった。
 この島の女性達の将来が心配になる今日この頃だった。












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