二章:心 16
气作さんに材料を訊くと、俺の部屋と数無さんの部屋のを足して足りないのは、小麦粉、キャベツ、もやしの三つだけだった。これぐらいなら島内にある雑貨店で全て揃う。
雑貨店とはいっても日用品だけではなく、食材から何まで全て売っているので非常に便がいい。まぁ、商品を売っている店がそこしかないので、全て揃えざるをえないのだが。
つまり、言ってしまえば、そこで手に入らないものはこの島では手に入らない。この島のライフラインと言える、重要な拠点の一つだ。
その為、その雑貨店は島の中心部に位置する。だから、俺らのアパートから南に五分程行けばいい。
何処でも、というほどこの島には行く場所はないが、全てが近くにあるという点はこの島の数少ない良い点だ。その良い点が、ポジティブシンキングして無理矢理だしたような感じが否めないのは悲しい。
そんな訳で、雑貨店『冬山商店』に到着。
冬もほとんどなく、山もないこの島にはそぐわない名前だ。
無いものを補ってると言う意味では、ベストマッチなんだろうけどね。
『古雅峰病院』なんかよりもよっぽど重要な施設にも関わらず、看板は手作りらしき安っぽいものだ。その看板が堂々とかかっている扉を潜り、店内へ。
食品を扱っているだけに、クーラーはちゃんと効いていた。
「いらっしゃい、ニーチャン」
入ってすぐの所にあるレジに座っている10歳くらいの子供が出迎えてくれた。
涼しい空間に一人座っている彼が、正直羨ましい。が、子供をひがんでもみっともなかったので、普通に挨拶した。
「やぁ、カワラ君。六日ぶり」
「珍しいなぁ、ニーチャンが月曜日以外に来るなんて」
「あぁ、ちょっと急お客さんがあってね。今週分のご飯が足りなくなっちゃったんだ」
「ニーチャンが一週間分まとめ買いするからだろー。まぁ、今日は船が来たばっかりだから、何でもそろってるよ」
そう、フランクに話すカワラ君。
この島における俺の少ない知り合いの一人でもあるので、俺もなるべく優しく接する。子供に対して気を使いすぎる大人のようだ。
俺にそんなつもりは全然ないんだけどね。
周りから見れば一緒なんだろうけどさ。
「ところで、カワラ君。今日は何で店番してるんだい?」
「今、カーチャン昼ごはんの片付け中。オレ、約束あるのに……」
「お母さんだって忙しいんだから、少しぐらい手伝ってあげなよ」
「まぁ、そうなんだけどなー。確かにニーチャンよりは忙しいんだし」
素直だが手厳しい子だった。
子供の言うことだからまに受けちゃいけないのは分かっているが、相手が子供なだけに傷が深い。それを回復するために、軽薄な受け答えをしようにも、子供相手にすると間違った知識を与えかねないので、出来なかった。
やっぱり、こういうやり取りは左を相手にやるに限る。
「で、ニーチャン、今日は何買ってくれるんだ?」
「あ、あぁ。小麦粉とキャベツともやしかな」
「あいよ!」
俺が傷ついているのを完全に無視して、カワラ君は威勢よく返事をする。
「もやしとキャベツは野菜コーナー、小麦粉はその隣だぜ、ニーチャン」
いくら威勢が良くても、商品を取りに行くのは俺なんだけどね。
レジから店の最奥へ移動。そこが野菜コーナーだ。
ここにも手作りらしき入り口のものより手抜きな看板がぶらさがっている。端の方には落書きまであった。
俺には野菜の鮮度を見分けられるような目はなかったので、適当に近くにあるものを取り上げる。小麦粉にもいくつか種類があったが、お好み焼きにどれが最適か分からなかったので、これも適当。
气作さんに怒られないといいけど。
气作さんのことは、いくら気にしたって解決できる類いの心配事ではなかったので、綺麗さっぱり忘れてレジへ。
「お預かりしまーす」
「そういうところは丁寧に対応するんだな……」
「そりゃ一応店番だからなー」
カワラ君は僕から小麦粉、キャベツ、もやしを受けとると、それを一旦レジの上へおいた。それからレジの下から電卓を出すと、軽く数回叩く。
子供にレジを使え、というのも酷な話だし、これは初めての体験ではなかったので、特に違和感はなかった。電卓を使ってくれるだけ、ましだと思うことにしよう。
「しめて623円だぜ、ニーチャン」
本土に比べて少し割高なのは、船による輸送費が加算されている所為だ。
僕は財布を出して、お金を出そうとした。が、それをカワラ君が声で遮った。
「でも、ニーチャン相手なら特別価格、おまけして650円でどうだ!」
「なんでおまけして値段が上がるんだよ!」
「ニーチャンが代金をおまけするんだよ」
ちゃっかりしてるな、カワラ君。
将来有望の商売人だ。
「なるほど、って納得すると思うか?」
「良いじゃんかよー。ニーチャン、金持ちなんだろー?お釣りはオレの小遣いだと思ってさー」
「いくら金をもってる人だからって、料金を引き上げるな。商売は誠実さが大切だぞ」
「誠実なだけじゃ今時、騙されるぜ?」
どっちが大人だか分からなくなってきた。
今時の子供はませてるな。離島だからって侮れない。別に離島を馬鹿にしている訳じゃないけどさ。
「ところでニーチャン。誠実って何だ?」
「分かんないのに騙されるとかいってたのかよ……」
大人びているだけで、全然大人じゃなかった。
当たり前だけどね。
「誠実っていうのは、俺みたいな性格のことだよ」
「へぇ……お金を背景に脅したり、威張ったりする奴のこと言うんだ。勉強になったよ、ニーチャン」
「俺が一度でもそんなキャラをしたかよ!」
「誠実って良い言葉だな、ニーチャン」
「ソレを良い言葉だと思うカワラ君の感性はどうかと思うぞ?」
「あはは、冗談だよ、ニーチャン」
冗談じゃなかったら青猫さんに相談しにいくよ。
青猫さんならつれていくだけで、相談に軽く五時間ぐらいかける。もしも嘘だとしたら、それだけで懲りるだろうし、青猫さんのストレスも解消できて一石二鳥だ。
俺もストレス解消できて万々歳だ。
子供に大人げない俺だった。
「ところで、ニーチャン。料金は1000円だっけ?」
「お前は都合が良いようにしか物事が聞こえないのか?」
「え?6500円だっけ?」
「そこまで覚えてるなら零を消せ!」
「ニーチャン、いくらなんでも65円は……」
「一個でいい!一個でいいから!」
俺は叩きつけるように、急いで財布から650円を出してレジに置いた。
「まいどあり!」
「こういうことするのは俺だけにしとけよ。にしても、お金ためてどうするんだ?この島じゃ使い道はないだろ?」
「う、それは……」
言葉を濁しながらも、机の上においたお金をしっかりとる。そしてその手をそのままポケットに入れた。
横領だ……。
小学生が横領をしている……。
これが現代社会の闇なのかっ!?低年齢がにもほどがあるぞ。
「おい、お小遣いにするのはお釣りだけじゃないのか?」
「しかたないだろ?お釣りにしようにもレジ開けれないんだから」
勘違いだった。
格好がつかなかったので、俺は捨て台詞のように言葉を繋げた。
「後でちゃんと入れとけよ」
「分かってるよ。ちょっとは子供を信用しろよな」
カワラ君は若干不機嫌になりながら、小麦粉、キャベツ、もやしを袋につめて、俺に渡した。受け渡し方も乱暴。
やっぱり、捨て台詞なんて吐くのはザコキャラだけで十分だ。俺がザコキャラかどうかは分からないが。
「そーいやさ、ニーチャン。お客さんってさ女の人?真っ黒な服の」
唐突な質問に、真っ黒な服と言う言葉から一瞬、美作を想像したが、おそらく違う。カワラ君は美作と面識があるし、真っ黒な服の女の人なんて遠回りな言い方はしないはずだ。
そもそも、美作はこの島の住人。客人にはなりえない。
だったら間違いなく、真っ黒な服の人というのは气作さんだろう。
生まれたときからこの島にいるカワラ君なら、島民ほとんどと面識があるだろうし、气作さんが外部の人だと分かるはずだ。
「あぁ、そうだよ。どうして知ってるんだ?」
「いやさ、『キヨカは何処ですか!?』って知らない人が誰か探してたからさ、外部の人かなーって」
「キヨカ?その人、そう言ってたのか?」
「うん、そう聞こえた」
キヨカ……誰だ?
数無さんでもなく、こころさんでもなく、キヨカ?
もしかして、その人は气作さんじゃないのか?でも、气作さん以外の外部の人って……誰かいただろうか?思い当たらない。
考えても分かるはずはないので、保留しておこう。气作さん本人に聞けば分かるだろうし。
キヨカなる人物が誰だろうが、俺には関係無いんだけどね。
「ニーチャン、知り合いか?」
「いや、たぶん違う。別人だよ」
「なんだ、つまんねーの」
一体、どんな答えを期待していたのか、カワラ君の反応は至極薄かった。
会話も全て終了し、俺の用事は全て終了だ。が、こう反応の薄い会話で会話を終了するのは忍びない。
俺はリアクションの取れそうな話題を探し、口にする。本当の捨て台詞だ。
「カワラ君、そういえばこの前、ミハルちゃんが好きって言ってたよ」
「どーせ、嘘だろ。ニーチャン嘘吐きだし」
「嘘かもね」
「え、いつもみたいに断言しないの!?嘘なの!?本当なの!?」
「それじゃあカワラ君、店番頑張ってね」
僕は荷物を片手に店を出ていく。
「ちょ、ニーチャン!待ってくれよ!夜眠れないだろ!?」
後ろからそんな声が聞こえたが、聞こえない振り。
あそこのレジは子供を出にくくするため、入り口の鍵が高く作ってあり、すぐには追い付けないだろう。カワラ君がそうこう焦っているうちに、俺は退散。
もし、ちゃんと俺に追い付けたら、ちゃんと嘘だと教えてあげよう。
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