二章:心 15
閑話休題。
原稿を途中まで読み終えた气作さんは、数無さんと原稿内容の協議にかかっていた。
「こっから何だけどさ……、なんか重くなりすぎてると思わね?文体も含めてさ」
「確かに……言われてみればそうですね。でも、ざっと読んだ限りでは気付かない程度ですよ?」
「言われれば分かるし、本気で読めば気付くってことだろ?やっぱり直しが必要かな……」
「こころさんが気の済むまで、手直ししてください。それで良い作品ができるなら待ちますよ」
「悪いな。んでさ、ここに主人公の独白を入れようと思うんだけど……どう思うよ?一読者として」
「確かに軽くなるとは思いますけど、白けちゃいませんかね?」
「あー、やっぱりそうか?どうすっかな……」
「書き直すのは?」
「いや、ここだけ書き直すと流れが悪行くなりそうでさ。挿入ならうまくいけそうなんだよ」
「うーん、じゃあどうしますかね……」
端から聞いていて、何のことかさっぱり分からなかった。本当に俺の居場所がない。
だからといって帰れそうな雰囲気じゃなかったし、部屋の隅の方に行って、壁にもたれかかりながら時間を過ごすことにした。
二人はさっきとはまったく違った様子で、言葉を短く切りながら、早いテンポで会話を展開している。
それに首を傾けていれば、少しは内容を理解できるようにはなったが、口が出せるほどではない。
専門家同士なんだから、当たり前なんだけどね。素人の俺みたいな奴が早々口が出せるようじゃ、業界が成り立たないだろう。
遠くから見てると、社会人らしく見えるなぁ……气作さん。
数無さんはやっぱり集中したところで、数無さんにしか見えないけどね。
「あー、上手くいかねぇな……」
「ですね……」
二人はギブアップしたかのように、手を天に向かって伸ばし、固まった体をほぐしていた。数無さんだけ座っていた所為で、伸ばした手が气作さんの顔面に直撃したのは見なかったことにしよう。
「うーい、茶坊主ー、茶を出せー」
「あ、はい」
数無さんは机に座ったまま、左手をあげて振り返らずにそう言った。
本来の意味でも派生的な意味でも茶坊主になった記憶はまったくなかったが、やることがなかったので素直に茶を出すことにした。
茶坊主じゃなくても、非雇用者であることはあることには違いないしさ。
「おーい、小坊主ー、酒を出せー」
「あ、はい、嫌です」
「せっかく親しみを込めて言ってあげたのに、一言多いっ!」
その台詞に親しみを覚えるやつなんていねぇよ。
冗談でも日の高い内から、他人の家で酒をオーダーしないでほしい。
まぁ、酒はだせないけど、数無さんのついでにお茶は用意しよう。
茶の子は……必要ないか。二人とも俺の部屋で軽く食べてるし、空腹と言うことはないだろう。
部屋ごと隣接した台所に入り、玄関とほぼ同じ大きさの冷蔵庫を上げる。
昨日、数無さんは麦茶を全て飲み干してしまったらしく、冷蔵庫の中には空になった容器がおいてあった。自分で沸かして継ぎ足ししてくれとまでは最早言うつもりはないけど、せめて無くなったら無くなったで継ぎ足しを要求してほしい。時間かかるし。
でも、確か、昨日帰る直前には2リットル弱、備蓄があったはずなんだが……。
いくら暑いからといっても、一晩で2リットルは飲みすぎだ。
愚痴を言っても仕方なかったので、さっさと沸かすことにしよう。いつ鉄拳制裁がやって来るか分からない俺にとって、これが最善の行動だ。
ヤカンに水を溜めて、ガスコンロにかける。小さいヤカンだから、すぐ沸く。なのでコップと茶葉を急いで準備する。
コップはいつもより少し大きめのを用意する。喉が渇いているんだから、冷たい方が良いだろうし、氷を入れるためには少し大き目がちょうど良い。
沸いたお茶に氷を入れて冷やし、ある程度冷えてから二人のところまで持っていく。
「うぉくしょいっ!」
通訳すると、遅いプラスくしゃみ。
タイミングが良いのやら悪いのやら。
「すいません」
色んな意味で悪いと思ったので、素直に謝っておいた。
数無さんの机にお茶を置く。それで俺の役目は終了なので元の位置に戻ろうとすると、气作さんが俺の手を掴んで引き留めた。
「……何ですか?」
「私のお酒はどこですか?」
訝しんで聞いて見ると、思わぬ答えが返ってきた。しかも目が本気だ。
冗談じゃなかったのかよ、あれ。この人の冗談と本音の区切りが分からない。と言うか、冗談だとしても本音だとしても、俺は嫌と明言したはずだ。
もう一回、ちゃんと断ろう。
そして、社会常識を説こう。
「私のお酒はどこか、と聞いているんです」
「何処って……そこに置いてあるじゃないですか。社会人なら見分けつきますよね?」
「…………っ!あ、当たり前じゃないですかっ!これをお酒と見分けられない人がいるなんて信じられませんね」
文脈が滅茶苦茶だった。
「うーん……とっても口当たりの柔らかい、良いお酒です」
口当たりがいいのは当たりが柔らかいのは当たり前だ。麦茶なんだから。口に含んだ時点で気付いて欲しかった。
气作さんのことはトラウマになってはいなかったが、反動で加虐体質になりかけている。
いや、俺は元々こんな性格だったか。
ともあれ。
気付かれる前に話題を変えることにしよう。
「数無さん、小説の方はどうですか?」
「うーん……正直、あんま芳しくないにゃー」
「…………引きますよ?」
「てめっ、引くなって。冗談だっつーの。小説が頓挫してんだから、冗談の一つでも言ってないとやってらんねーんだよ」
冗談を言ってないとやってれないのはわかったが、それならそれで冗談の種類と自分の年齢を考えて欲しかった。それを冗談として受け流せるのは、精々ティーンエイジャー間だけだ。その括りでさえも危ない。
若干引き気味のムードに、フォローを入れるかのように、气作さんが口を開いた。
「ま、ここには三人もいることですし、良い案もでるでしょう。三人寄ればもんじゃの知恵、ってやつです」
三人寄れば美味しいもんじゃ焼きが作れるらしかった。
三人集まらなければ美味しいもんじゃ焼きが食べられない、とも意味がとれる。
とりあえず、文殊菩薩に謝れ。全仏教徒に謝れ。
まぁ、冗談なんだろうけどね。
この人の場合、本気の確率が少なからずあるのが怖い。
「もんじゃか……。よし、今日の晩飯はお好み焼きだ。広島風の」
変なところに変な風に波及した。
「作れませんよ、広島風のお好み焼きなんて。第一、なんでもんじゃがお好み焼きになるんですか」
「似てるじゃん」
「似てるかもしれませんけど、何で素直にもんじゃにしないんですか」
「嫌いだからに決まってんじゃん」
暴君発動!
ここまではっきりしてると、いっそ清々しいね。
「どっちしたって、俺は広島風のお好み焼きなんて作れませんよ?」
「作り方は羽譚が知ってるから大丈夫だ。お前は材料集めればいい」
数無さんの言葉を聞き、气作さんに目をやると誇らしげに胸を張って、自信ありげに俺に言った。
「任せて下さいっ!こうみえても私は広島出身なんですよ。ですからホットプレート一枚あれば作れます」
その二段論法はどうかとおもうし、広島出身ぽく見える人はどんな人か聞き出してみたいところだったが、今は置いておくことにしよう。
あんまりからかいすぎるとまた泣き出されかねない。
气作さんから材料を聞いてから、材料を集めるために、俺は部屋を後にした。
ま、部屋から出て行く良い口実になったんだけどね。
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