二章:心 13
あれから、气作さんが数無さんのスニーカーを見つけ(迂濶にも出しっぱなしだった)、さらに一悶着あった後、气作さんの強引さに押しきられる形で、部屋に招き入れることになった。
今日一日で俺は今まで一度だって入れたこと無い三人を、それぞれ別々の来訪で部屋に上げたことになる。
一気に騒がしくなったな……俺の部屋。
これからもっと騒がしくならないと良いけど。特に有栖ちゃんだけは、最終防衛ラインとして入れないでおきたい。
流石に二階なだけあって、数無さんは窓から逃げるという無茶な行為には走らず、俺が玄関に行ったときと変わらない位置で胡座をかいていた。
ん?胡座?
「よぅ!」
と、数無さんは軽々とした挨拶を气作さんにした。
气作さんがやって来たから、人格を変えたらしい。何という変わり身の速さだ。
でも、气作さんが来たぐらいで、何故《同一性》を交替する必要があるのだろうか?
……もしかしたら、气作さんにはまだ、隠しているのかもしれない。
一ヶ月かそこらしか付き合いのない俺が知っていて、それ以上深く長く友好関係のあるであろう气作さんが知らないというのも変な話だ。
ま、仲が良いから言えないということもあるか。
そこら辺の細かな心までは俺には定かではないし、気にしても仕方ない。
「こころさん!一体何処に行ってたんですか!?島中探したんですよ!?」
「どこってなぁ……ずっとここに居たっつーの」
「嘘ですっ!タルトですっ!」
ダウトだ。
全然違う。
それともこれは俺に、お腹が空いたから食事を用意しろ、と暗に俺に要求だろうか?俺の家にタルトなんて小洒落たものはもちろん無いし、あったとしても出したりしないけど。
「私はこころさんがいないと分かるや否や、まずアパート中を探したんですっ!そのとき、こころさんはここに居ませんでしたっ!」
「探すたって……この部屋、鍵かかってたろ?」
数無さんは、俺が家にいないときにはドアに鍵をかけているのを知っている。だから、確認しなくてもそれぐらいは分かることだ。
「いや、開いてましたよ?このアパートで鍵のかかっている部屋は、こころさんの部屋だけでした」
……どうやら、閉め忘れたらしい。
あぁ、俺もこの島に毒されているのか……。
さようなら、都会の常識。
さようなら、俺の無意識。
今日から俺も立派な此島の住人です。
でも、なら何で数無さんは何で、『この部屋、鍵かかってたろ?』なんて聞いたんだ?
まさか、气作さんが本当は調べていないと踏んで鎌をかけた……のか?それだと意味に全く検討がつかない。それ以前に、ずっとここに居たことを既に伝えているのに、疑う必要がない。
鍵のかかっていないと言う气作さんと、鍵がかかっていたかと問う数無さん。
混乱。俺は混乱している。
一旦、二人がどう動いたか、脳内で整理しよう。
二人の話を全て真実として考えよう。これは前提。この前提で理屈が成り立たなければ、どちらかが嘘をついているだけだ。
まず、数無さんは隠れるつもりはないと言っていたし、意図的に俺たちを避けて行動したとは考えにくい。つまり、数無さんは俺らが全員、アパートから離れた後に、堂々と俺の部屋に近づいた、ということになる。
いや、そうじゃない。それだと、数無さんが俺たち三人が部屋に不法侵入したことをしたことを知っていることに、謎が生まれてくる。
数無さんが俺たちがいなくなった後、部屋に入り、紙が片付けられていることで誰かが部屋に侵入したことを知ったとする。
でも、それだと“誰か”が、俺、美作、气作さん、だという断定は無理だ。鍵を持っていて色々数無さんの部屋に用事をもっている俺や、編集者である气作さんならまだ、推測は可能だが、美作は当てることができないはずだ。
ということは――
「…………どういうことだ?」
いきなり頓挫した。
俺の肩書きは一般人、いいとこ『摩訶不思議』だ。『多重人格な小説家』でも、『真実解説者』でも――ましてや、『名探偵』でもない。
数無さんの質問の答えが見つけられなかったことから分かる通り、謎解きは苦手だ。
「だーかーらー」
俺が二人がどういう行動をとったか分かっていないのを汲み取り、数無さんは呆れ顔で、説明を加えた。
「私が外を歩いてて、そろそろ暑さに耐えるの限界かなーとブラリ散歩をやめて、ここまで帰ってきたわけだよ。そしたらちょうど、お前らが部屋から出てくるじゃん?で、どったのかなーと思って、声をかけようとしたんだ。まぁ、暑くて疲れてて、もう遠くから声をかける気力もなかったし、別に急ぐ必要もなかったから、歩いて近づいてったわけ。でもその後、何か知らねーけど、羽譚、絶叫しながら明後日の方向に走ってくじゃん?もう私からしてみたら、お前らの行動はちんぷんかんぷんだったぜ。ま、羽譚はいなかったけど、美作も帰ってきてたみたいだし、何か話そうと近づいてくとさ、美作の方が私に気付いたみたいで、向こうから近づいてきてくれたんだよ。それから美作と軽く会話しているうちにムカついてきたから、不法侵入しかえしてやろうと思って、お前の部屋に行ったんだ。んでもって、そっからずっと部屋にいたわけだよ」
青猫さんばりの長い説明、終了。
なるほど、そういうことか。
数無さんの行動は、何となくわかった。あの時の階段を上っていく足音は、美作のじゃなくて、数無さんのだったのか。それなら、ちゃんと話が繋がる。
でも、だとすると……。
「美作は何処へ?」
「何処に行ったかまでは見てねーや」
「そんなことはどーでもいいんですっ!」
数無さんの長台詞で、イライラがピークに達したかのように、气作さんが爆発した。
「私は原稿もらいに来ただけなんですから、早く原稿を下さい。原稿落ちちゃったら、私の輝かしいキャリアに傷がつくじゃないですか」
「私が一度でも締め切り破ったこと、あるかよ?」
数無さんは不適に笑って、气作さんに切り返す。
「それは……無いですけど。でも、今回破らないとは限らないじゃないですか」
「ねぇって。そんなに急いで渡した所で、一週間は船来ねぇーんだから仕方ないだろ?」
「で、でも……」
气作さんは、諦めきれないという風に、言いよどんだ。
そんな气作さんの言動に、数無さんは肩をすくませて、溜め息を吐く。
駄々をこねる子供と、子供をなだめる母親の図。
气作さんを黙らせるためか、数無さんは更に言葉を後ろに繋げた。
「私は羽譚が道端に原稿を落とす確率の方が、よっぽど高いと思うんだけどな」
「そんな風に見られてたなんて心外です!私がいつ、原稿を落としたっていうんですか!?」
「えっと……羽譚が最初に私を担当した七十二作目の――」
「キャーッ!辱しめないでーっ!」
…………一体何だ、この会話。予想以上というか、予想外。
普通の会話のはずなのに、どうしてコントのように思えるんだろう?
ツッコミも何もしなくていいから俺は楽でいいんだけど、煩いから外でやってほしい。
叫んで数無さんの台詞を無理矢理遮った气作さんは、その時の事を思い出しているのか、打って変わってすっかり意気消沈してしまっていた。
气作さんのことだから、回復は早いだろうけどね。
「もう落としませんから、私のキャリアやイメージを傷つけるようなことを言わないで下さい……」
「既に傷だらけだろ、羽譚のキャリアなんて」
「そんなことは有りません。まったく有りません。微塵も有りません。ガラス細工のように繊細で美しく、綺麗に輝いたままですよ、私のキャリアは」
「いや、やっぱり既に傷だらけだろ、羽譚のキャラなんて」
「『I』を勝手に省略しないで下さい、『I』を!それじゃあまるで、私がイタイ人じゃないですかっ!『I』は英語じゃ一人称にされちゃうくらい、重要なんですよっ!?」
そんな関係の無いことを自信をもって叫べる辺り、目を逸らしたくなるくらいには十分な度合いのイタイ人ですよ、气作さん。
そう思ったが、口にはしなかった。
言うなんて、恐ろしくて、とてもとても……。
普段の俺なら軽々しく言っちゃったり出来たんだろうけど、さっきの心臓に響く一撃の所為で、俺は气作さんに恐怖心が芽生えていた。
何てことだ。トラウマになりかけている……。
俺は今までなんて綱渡りな会話をしていたんだっ!逆襲されないかヒヤヒヤものである。許されるなら謝りたい。
まぁ、ここは掘り返すよりは、何事もなかったかのようにスルーするのが得策だ。
冷静になれ、俺。
こんなことを考えていると阿呆になりそうだった。
「でもさ、前々から気になってたんだけど、お前って何でそこまでキャリアとかそーゆーのに拘るわけ?社会に出てない私じゃ分かんねーんだけど、そんなに大切か?」
「別にキャリアが大切じゃないですよ。でも将来、私の夢を達成するためには必要なんです」
おぉ、气作さんが真顔で格好良いことを言っている。
「へぇ……夢って何さ?今までお前からそんなこと、聞いたことねぇーな」
「会社を立ち上げて、美少年を秘書として侍らせることですっ」
最後の最後で、せっかく格好つけていっていたまともなことも、一気に台無しにする一言だった。
その夢はあの場限りのノリで言ったんじゃなかったのか……。
そんなことを素ではっきりと言える人がいるなんて、ビックリだ。
ただ、こんな夢を本気で叶えようとするなんて、气作さんはなんてバイタリティー溢れる人なんだろう、とは思うけどね。
でもやっぱり、夢なんて、軽々と他人に語るものじゃないな。气作さんの場合、そのまま一生胸の内に留めておいてほしかった。
これも、場面と人によれば、格好のつく台詞っぽいな。こんなところで使われて、台詞も不本意に違いない。
气作さんの夢を聞いて、数無さんは半ば投げやりに、会話を続けた。
「夢を追うのもいいけど、お前は今のままずっと、猿山の軍曹くらいにおさまってるぐらいがいいと思うけどなぁ」
「猿山の軍曹って、階級低っ!素直に大将って言って下さいよ!」
「いやいや、羽譚の年で軍曹っつったら、結構高いと思うぜ?」
「えへ、そうですか?……そうじゃない!せっかくスピード出世したんだから、もっと高いポストを目指すのが普通でしょう!?」
本当に、この二人はなんて相性がいいんだろうか、と思わせるテンポの良い会話だ。
いっそのこと二人でコンビを組んで、漫才の世界に飛び込んだらどうかと進めたくなってしまう。
「まぁ、お前が会社をつくったら、私がまず、本を書き下ろしてやるよ。お前と私の付き合いだ、原稿料は会社が軌道に乗ってからでいいぜ。しかも、相場の50%オフだ」
「それはとってもありがたいです。一体全体、どんなのを書いてくれるんですか?」
「そうだなぁ……羽譚の歳で会社なんて起こしたら、人生色々あるっぽく思われて、お前の名前も一緒に有名になるだろうし、羽譚を主人公にした実名小説とかどうだ?」
「へぇ……いいですね。こころさんらしい、粋な計らいです。題名はもう決まってるんですか?よかったら、そのまま会社名の参考にしますから、教えてください」
「うーん……『サルル軍曹』なんてどうだ?」
「なんかしょぼいっ!」
しかもパクリだった。
さらに言えば、伏線を回収するのが早すぎたばっかりに、あんまりうまく言えている気がしないのが残念!
…………。
下らないけど、楽しい。
癖になりそうだった。
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