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夏影
作:椎堂 真砂



二章:心 02


 所変わって、数無さんの部屋。
 所変われば品変わるという諺に沿って、数無さんの感情も何かしらの変貌を見せてほしいところであったが、人生やら人情やら人という字がつく熟語は実際、そう甘くは出来てはおらず、やっぱり数無さんは怒ったままであった。
 怒ってはいたものの、数無さんは何も言わず、ただただ睨むように俺を見ている。
 数無さんが怒ること自体はよくあったが(主に俺のからかいの所為で)、こんな風に無言のプレッシャーをかけるような態度は初めてであった。
 数無さんって少なくとも、俺の前ではかなり直情的なタイプだし、特に『怒り』と『喜び』に関してはその傾向が顕著に感じられる。
 時々、顕著になる感情が違うことはあったが、ここまで露骨に日頃とは違う態度に見せたのは初めてだ。
 言葉にするなら、『冷たい圧力』、『相手に押し付けるような理性』、そんな感じだ。
 何かしら数無さんに思惑が有るにしろ無いにしろ、俺には関係のないことだけど、取り敢えず日常的だったものが変化することは、俺にとって……嫌なことだった。
 違えば考えなければならない。異なる対応を。有意識的にしろ、無意識的にしろ、考えるというのは酷く俺にとっては嫌なことだった。
 となると、俺は毎日無意識的に嫌なことをかなり積極的にしているんだけど、もしかしたら俺はそっち系の人なんだろうか。現に今もこうして無駄なまでに考えている。
 美作、ましてや有栖ちゃん程までとはいかないが、もう少し単純に、いや、感性的に行動できるようになるべきなのかもしれない。そうだな……少なくとも左並みくらいには。少し癪な気がするが、見習ってみることにしよう。
 きっとこんな思考、すぐに忘れるんだろうけどね。
 どうでも良いことだしさ。
 無駄な思考にケリをつけ、本来思考しなければならないことを思考する。いや、さっき思考しすぎない事を良しとした手前、考えることをやめてみることにしよう。
「貴方は……」
 タイミングよく、数無さんは言う。
「間の悪い、いえ、タイミングを外す人、と言われたことはないですか?もっと有態に言えば、意思を疎通させにくい、などでもかまいませんが」
 いつもとは全く違う慇懃な口調で、
 いつもとは全く違う冷酷な視線で、
 俺と対峙する。
 俺を威圧する。
 人を殺せそうな喋り方で、視方で、数無さんは俺と対峙する。
 俺は自分の決定に忠実に何も考えず、数無さんに答える。
「それはないですね。話がよくそれるとはよく言われますけど」
 厳密に言えば、俺は話をそらしているわけではなく、話から逃げたところに相手が追いかけてきた結果ずれるのだから、躱しているが正確なんだけれどね。
 他人から言われたことだから、そこら辺の議論はおいておくことにしよう。俺が考えたことじゃないしさ。
「……それは貴方が人によって態度を変えているととるべきか、島に来て性格に変化があったととるべきか判断しかねますが……、言われたことがないのなら、私がはっきりと言います」
 数無さんはギロリと睨んで、相変わらずの口調をもって、
「貴方は他人が決意した瞬間に、悉くその日にいなくなる。貴方はそういう嫌な人間です」
 はっきりと言い放った。随分と手厳しく、冷酷な台詞だ。実際、否定できないのだから事実として受け止めるしかないのだろう。
 だからどうしたって話なんだけどね。
「嫌な奴なのは自覚、有りますよ。直す気はないですけど。当然直される気も、無いです」
「自覚の有無なんて事実に関係無いところは喋らず、勝手に自己完結してください」
 貴方は私にお門違いな許しを乞うているつもりですか、とにべもないことを数無さんは付け足して、俺をまるで不倶戴天の敵のように扱う目をする。一体、俺が何をしたというのだろう?
 何もしていないのが悪いのかもしれないけどね。
 なるべく面倒なことを避けるように生きてきたしさ、この島では。
「貴方は本当に、嫌な人だ」
 数無さんは繰り返して言う。
「本当に嫌な人です。それは貴方の個性として認めますが、本当に嫌な人だ。そういう性格だからこそよいのかも知れませんが、私という『部分』は貴方に嫌悪感を抱きます。同時にまた別の……好奇心、いえ、所謂《怖いもの見たさ》のようなものを感じているのも否めませんが」
 饒舌に、今までにないほど饒舌に、数無さんは喋る。感情の吐露のようでいて理性がかった言葉をひたすらに紡ぐ。怒っているように見えていた瞳の奥からは何も感じず、ただの冷静冷血冷酷な理性が見える。
 色濃い理性。感情を完全に超越している理性。
 プラトンの哲学じゃないけれど、何か俺とは違う何かを観測しているような、そんな目を数無さんはしていた。
「だから私は貴方に問います。先述のことを踏まえて貴方に問います。正確に言えば、《私達》は貴方に問います」
 決意なんて欠片もない事務的な目で、理性しかない死んだ魚のような瞳で、数無さんは言う。
「貴方は一体何故、何もかも知らないような顔をするのですか?」
「…………」
 数無さんはいつからこんな哲学的というか、なんというかよく分からなくないことをいうような人になってしまったのだろうか?小説の書きすぎで、遂に思考が爆発したのかもしれない。
 冗談抜きで、何か思考の異常性を感じる。
 少なくとも昨日までは文字通り箸が転げただけで大笑していたというのに。
 果たして、一体何がこの人が俺を問いただすように、駆り立てているのだろうか。
 時間か、数無さん自身か、俺か、また別の何かか。俺には、分からない。
 分からないからといってこの状況が悪化するわけでも、分かるからといってこの現状が回復するわけでもないのだから、どうでも良いんだけどね。
 死ぬわけでもないしさ。
 確かに死ぬわけではないのだけれど、打破はしなければならないだろう。
 暇だからといって、俺はこんな戯言めいた説教を大人しく静聴するような人間ではない。
 俺が口を挟み、会話を強制終了させるのに最適な言葉は何かと模索していると、回答がないのを不満に思ったのか、数無さんが言葉を畳み掛けてきた。
「貴方は推論を構築し、証明するだけの技能を持ち、必要十分な証拠を探し当てることが可能だというのに、何故、結果を公言しないのですか?貴方には分かっているはずですよ。確信に近い、予想を立てているはずです。私が言いましょうか?答えあわせをしますか?私は――」
「買いかぶり、過ぎですよ」
 俺はようやくといっていいほどに今さら、口を開いた。
「いくらなんでも買いかぶりが過ぎます。過大評価もいいところです。俺はどこにでもいる高校生だった人間で、今はそこから高校生っていうカテゴリーがなくなっただけの普通の十代の少年です。一体、俺を何と勘違いしているんですか?俺は貴方の小説に出てくるみたいな特別性、特異性なんてもってません」
 と、俺は自分でも分かるほどに軽佻浮薄に断言した。
 俺が断言したのを見計らって、数無さんは切られた自分の言葉を改めて言わず、別の言葉を俺にかける。悪辣に、冷酷に、俺の言葉を締め付けて、殺していく。
「その言葉こそが矛盾だと言うことを貴方自身、お気づきでしょう?同じ形格好をした人間の言葉遣いが変わり、性格さえも変わっているというのに、貴方の態度は全く変容しない。異常なことを異常として扱わない貴方の特異性を認識していないわけではないしょう?自覚していないわけではないでしょう?」
 理解できていないだけととるのが一般的だと思うんですけど、と言いかけて口をつぐむ。
 これ以上何か言うと泥沼化しそうだしさ。
 泥沼化したらそれはそれで面白そうではあるんだけどね。二、三日後のからかうネタとして。
「貴方のしていることを例えるならば、自宅のパソコンのOSが突然ウィンドウズからマックに書き換えられていたというのに、平然と使っているようなものですよ?」
「いや、流石にその例えは違うでしょ」
 思わずツッコミをいれてしまった。どんな奴だよ、OS書き換えられて平然と使ってる奴って。というか、例えがコア過ぎるのは、果たして俺だけなのだろうか?
 そうでないことを密かに心の片隅で祈りつつ、俺は数無に言う。
「さっき、証明云々って数学的なこと行ってましたけど、会話を振り返ればどう見ても、会話においては数無さんのが上手でしょう?十人中十人がそういうと思いますよ」
「それは十人全員がまともな人間ならばそうでしょうね。先程言った通り、貴方の特異性は異常者に対するときのみの話です」
 何という暴論だ。
 局地的過ぎる特性だな、おい。
 しかも論点が思い切りずらされたし。俺もずらしたから人のことは言えないけどさ。
「まったく……いくら時間かかっても、これでは埒が明きません。最初から埒なんてつける必要のない議論ですが」
 うわ、この人ひたすらに冷たい目で熱弁していたというのに、いきなり無に返しやがった。
 実を言うと、いや、実を言わなくてもこの人、暴君タイプの性格だ。この島に来る前は、きっと人を顎で使っていたに違いない。
 俺は肩をすくめて、ため息を吐き、一旦部屋に唯一有る窓の外へと逸らして、まだ日が沈んでないというどうでもよいことを確認してから、数無さんに視線を戻す。そして、俺は改めて俺には問う必要はなく、数無さんにとっては問う必要のあることを口にする。
「散々回り道、っていうか迷走した結果、結局何が言いたかったんですか?」
「貴方が口を挟まなければ、理屈にそって綺麗な会話が成立していたんです。結論はから遠ざかったんです」
 会話なのに喋る機会が与えられないとは、まったくもって酷い話だ。
 せめて発言権ぐらいは与えてほしい俺であったが、ここで口を挟めば今度は何を剥奪されるか分かったものではないので(さしずめ拒否権。もう無いようなものだけど)、黙っておくことにした。
「最初に言ったように、やはり会話のタイミングでさえも貴方とは噛み合わない……まったく」
 ふと、それって単純に相性の問題では、という考えが頭をよぎった気がしたが、気のせいだろう。うん、気のせいだ。気のせいな事が気のせいにし過ぎて気のせいな事この上ない気のせい具合だ(使いどころを間違えた。むやみやたらに使わないようにしよう)。
 気のせいだろうとなかろうと、言うつもりはないけどね。
 どうでも良いことだしさ。
「まぁ、とにかく。貴方の所為で様々な寄り道をしてしまいましたが」
 やけに俺の所為なことを強調して数無さんは、
「ようやく、結論を言いましょう。ついでに言って起きたかったことも含めて」
 最初から純粋に結論だけを言ってほしかった。
 そんな俺の感情なんて数無さんの心には届くはずもなく、相変わらずの冷えた視線で俺を視つつ、言う。
「私は、《私達》はこの一ヶ月、貴方とそれなりに友好的な付き合いをさせてもらいました。そこで《私達》が貴方に感じた一つのことがあります。それはよく言えばどんな異常さに対しても平等に接する、悪く言えば他人に対する無頓着に接するその特異性です」
 ……それは特異性じゃなくて、性格だ。悪いかよ。
 言っている事自体は優しい。理性で固めた打算的な優しさが伝わってくる。事実、数無さんの目は欠片も笑っていない。
「だから私は貴方に言うことにしました。私が代表して、いつも接していた《彼女》ではなく、あえて私が」
 俺は何も言わず、ただ座っていた。
「真実を言います。《私達》、数無こころは人格障害者――乖離性同一性障害者です」
 そう言って、数無さんは神妙そうに目を閉じた。

   *   *   *

「実を言うとですね」
 数無さんの話が終わり、五、六分経ってから俺はゆっくりと口を開いき、
「知ってました、数無さんが言ったこと」
 俺は言いにくいことをはっきりと述べた。しかしながら、数無さんは逆に、心なしか誇らしげに胸を張り、自分の論を正しかったと主張する。
「やはりあなたは推測、証明を終わっていたんじゃないですか」
「いや、二週間前ぐらいに青猫さんに聞いてました」
「…………出て行ってください!」
 今まで静かだった数無さんが初めて、声を上げて怒った。まぁ、決意とかいろいろ言ってたし、怒るのも無理ないのかもしれない。
 嘘なんですけどね、聞いてたの。
 でも俺はおとなしく出て行くことにした。どうやら俺は数無さんをからかわずには終われないらしい、難儀なことにね。ついでに、追い出されずには出て行けないことも分かった。
 ま、楽しいから良いけどね。












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