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夏影
作:椎堂 真砂



一章:人間失敗 14


 三日も経てば、最低水準での生活は可能となる。
 電気も通って、火も灯り、水も出る。生存権はしっかりと満たされていた。
 だがしかし、それはあくまで個人での生活の話である。
 二人以上の人間がこの狭い地球上を生きていく以上、人間関係、いわゆる近所付き合いというものはどうしても必要だ。
 例えば、それは先に届いた荷物を預かってもらったり、ひたすら楽しくて遊ぶ子供のなだめ役をやったり、部屋の片付けを手伝ってもらったり、無言で顔を突き合わせてみたり、引っ越し蕎麦をご馳走したりされたりと、実に多種多様、十人十色の形がある。
 こっちに来て十人も会話してないんだけどね。
 俺は今、そんな近所付き合いの真っ最中な訳だ。
「お前ってさ、どうやって生活してんの?」
「はい?」
 よもや、唐突に人のプライベートかつディープなことを、出会って三日しか経っていないような人間に訊かれるとは思ってもみなかった。
「いや、純然たる疑問だよ、ギ・モ・ン。食費とか、生活費とか、光熱費とか、その他諸々の雑費とかさ」
 思ってみれば、いや、思ってみなくても、十代中頃ないし後半の、一般的には高等学校生徒とされるような年齢の子供が、こんな――言っては悪いが辺境の島で世間、学業諸々を遠ざけて一人暮らしをしていれば、こんな事は尋ねられて当然至極、予見しておくべき事であったのかもしれない。
 予期はしてたんだけどさ。
 もし俺が、長年勤めた会社を退職し、世間の役に立とうと一念発起したものの、悪徳業者に騙されて、全てに対して嫌気が差し、逃げるようにやってきたご老体たるやつれた御人なら疑問は少なく、尋ねられるような事はまったく無いとまでは言わずとも、ほとんど例外的な事態と言ってしまって問題は無いんだろうけどね。
 世間の役に立とうと思ったのなら、自作印籠でももって、ガードマンでも雇い、全国世直しツアーと題して、水戸から日本一周の旅にでも出かければよかったものを……。少なくとも、地方テレビ局の五分そこらの穴埋め程度にはなるだろうさ。
 何にせよ、俺が老いたところで、誰かの役に立とうなんて思う、殊勝な人物になるとは到底思えないが。
 それにしても、三日前に出会ったばかりの少年に、いきなりこんなことを聞くのはどうかと思う。
 一週間以内で尋ねられるなんて、例外中の例外な気がしてならない。
 重く話してよいものか、軽く笑い飛ばしても良いものか判断しかねるじゃないか。
 話すにしても嘘しか言わないけどね。
「ま、答えなくても良いけど。要点はそこじゃないしな」
 まったくもって自分勝手な人だ。そっちの方が扱おうと思えば、読みやすくて楽だけどさ。
 ……しかしながら、デジャヴ。
 つい最近にも年上の女性に重い話を問い詰められた気がする。確か現状と同様に相手の部屋で。ただ、内装はモダンな洋風ではなく、アンティークな和風であるけどさ。部屋もこんなに散らかってなかった気もする。
「んで、要点なんだけどさ」
 話し相手の隣人さん――数無さんキシシと笑って、
「あたしのところで働いてみねぇ?」
 と軽々に提案した。
 実に飄々とした、いや、予測しづらい人だ。この提案だってきっと、とらえどころの無いように話していたわけではなく、つい先程思いついただけと見た。
 改めて辺りを見回してみる。
 床が見えないほどに散乱した小説メモの数々。
 三日前には無かったはずのカップラーメンの容器残骸計七つ。
 分別されていない生活のゴミが無数。
 洗いざらしのTシャツ、ジーンズ中心の服の山。
 その他諸々。
 ……OK、大体仕事内容は把握した。
「謹んでお断りさせていただきます」
「そーだろ、そーだろ、親に将来を決められたことによって幼いころから英才教育を施され、親に言いつけられたとおりに有名私立高校に入学したのは良いものの不信感は積もる一方。だが、優しいクラスメイト達に支えられて何とかやってきた。がしかし、この夏ついに親は将来のパートナー、いわゆる許婚までいたことを明かし、完全に傀儡としようとしていた事を知り、辛抱溜まらずクラスメイト達の制止を振り切って家出をしたまではよかったが、いままで箱入りで育っていたので右も左も分からず着の身着のままやってきたこの島に定住を決めた、時代錯誤かつベタな設定に加えて、何のとりえも無い薄幸の少年に寛大にも職を与えてやろうというんだから、断るはずはねぇはなぁ!」
 何だろうね、この詳細な設定は。
 内容的には本当に小説家かどうか疑いたくなるような内容だ。
 ……待てよ?この人が本当にあの『数無こころ』なんて物証はまったく無い。
 果たしていかがしたものか……って、俺は何者だよ。どこぞの高校生探偵でもないし、ましてや体は子供、頭脳は大人な小学生探偵でもない。この人が本物だろうが、偽者だろうが、俺には関係も問題もない話だ。
 そんなことより、俺はあそこまで長々しく脳内妄想を喋りつくしたあげくに、ノリツッコミの一つも無いほうが、よっぽど気になるところだ。
 こういう場合、ノリツッコミは常套手段だと思っていた俺は果たして間違っていたんだろうか?
 認識を改めなければならないようだ。
「じゃ、話がそれだけなら、これで。当分仕事はしなくても生きていけるんで、帰ります。このまま荷解きをしないほうがよっぽど生活に支障をきたすんですよね」
 俺は散らばっている紙を無視して立ち上がり、そそくさと去る。
 本当に荷解き終わってないからしたいしね。
 メモ用紙やら、コピー用紙をシャクシャク踏み鳴らしながら玄関へと進――
「って、断るとは何事じゃ、ボケェ!」
 ――む途中で、なんとも遅いノリツッコミが入れられた。本当に滑稽な人だ。
 人のことはあんまり言えない気がするけどさ。
 悲しきかな、何とかは友を呼ぶというやつだろうか。
「っつえい!!」
 だからって、ノリツッコミにドロップキックをかますような知り合いは今までいなかった。そんな二十云歳の女性は絶対にいない。
 頭突きはいたけどね。
 はぁ……やはり類友なのだろうか。だとすると、そんな知り合いたちを集めた類、自分が堪らなく変な人に思えてきた。
「つおぅ!!」
 そして、攻撃を決める前に自分で散らかしたメモ用紙に足をとられてこけるような人の類となると、現実逃避をしたくなる。
 無駄な現実逃避なんてしないけどね。
 楽しそうだけどさ、現実逃避。
 数無さんは自業自得、因果応報な痛みに耐えるため、頭を押さえながらのた打ち回っている。正直なところ、よく脳震盪を起こさなかったなと感心する。
 いや、この場合運が良かっただけみたいだけどさ。
 溜息をつくのも程々に、台所に行って丁度持っていたタオルハンカチを濡らす。水が少し温かったが、気温よりは低いし、冷やす分にはまったく問題ないはずだ。
 軽く絞って水分を調整し、数無さんに近づく。
 数無さんはというと、痛みに耐えきれなくなったのか、それとも動きすぎて熱さにやられたのかは知らないが、完全脱力、サスペンスドラマよろしくうつ伏せでピクリとも動かなかった。
 傍にかがんで、とりあえず頭にハンカチを乗せると(もちろんうつ伏せなので後頭部。なんて面白い格好だろうか。滑稽滑稽)、投げ出された腕を取り、手首に軽く手を当ててみる。
 む、これは……。
「みゃ、脈が無いっ!?」
「あるわ、ボケェ!お約束のボケはいらんし、怪我人に笑い求めんな!いつつ……」
 手を貸さずとも自分で起き上がり、後頭部のタオルハンカチを左手で押さえつつ、俺の方に向き直る。
 すると一瞬、焦点が合わない胡乱な目をして、すぐに俺の視線と視線の先に置く数無さん。
「意外と優しい。好機と思って出て行くと思った」
 無表情に俺を真正面に据えて、そう数無さんは言った。続けて、
「今日はもう帰って。仕事の話は考えといて」
 と口にして、三日前のように俺を部屋の外にぐいぐい押す。
 今度は物理的に、表情を変えることなく。一体何がしたいんだろうね、この人は。理解するつもりなんて無いんだけどね。
 三日前のようにからかっても良かったのだが、あまり面白い反応が得られそうも無かったし、今日は大人しく退散する事にした。












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