夜蝶(予兆)
彼女に振られた。
本気じゃなかった。それでも、いざフラれると凹むもんだな……。
そんなことを頭の中で愚痴ってみたりしたが、一向に気分は上に向いてはくれない。
だから俺は夜の公園、寂れたベンチにに独り座って時の経つままに、身を任せていた。家族にこんな顔を一瞬でも見られるくらいなら死んだ方がマシだ。
友人の家に転がりこむという手もあったのだが、何て説明するよ、この状況。彼女に振られたから一晩泊めろってか?ハッ、こっちも死にたくなるぐらい嫌な決断だ。
さてはて、よい寝床は無いもんか……。
そう考えながら夜空を見上げて見る。星が一つも見えない。誘蛾灯みたいな汚い発光している月。クソッタレな夜空だ。胸くそ悪い。胸くそ悪い。
「……空気がマジィ……」
どっかで見たドラマの真似をしてみる。実際のところ、空気の味が分かるほど舌が肥えてないが、最高に不味い気がする。そんなことでも考えて無いとやりきれないし。
……どうしてだろうな、涙まで出てきやがった。
いつからこんな涙もろくなったよ、俺。
いつからこんなマジになったよ、俺。
もっと無感情にやってただろ、俺。
もっとふざけた付き合いだったろ、俺。
うわ、ホント、マジで駄目っぽいよ……俺。
「死にてぇよ……マジで」
当たり前のように口から出た、言葉。
一人だったから出てしまった、単語。
誰か隣にいれば見栄を張って言わなかっただろう、そんな他愛のないこと。
だからこそ、返答があったときはすごく驚いた。
「そんなに……死にたい?」
静かなソプラノボイス。思わず顔を向けてしまった。
立っているのは少女。五メートルぐらい先に、自分より五つぐらいは下だろうから……大体十六歳ぐらいのあどけない少女。
服は似合わない黒のラバージャケット。宵闇に溶けて白い顔だけがくっきりと浮き上がって恐怖感を誘う。下
手なB級ホラーより全然怖えぇ。
「あぁん?」
出来るだけ平静を装い、努めて凄みを利かせてみた。
少女は綺麗な奴ではあったがタイプじゃない。それに今は一人になりたいんだ、放っておいてほしい。
「そんなに、死にたい?」
繰り返す少女。
電波系な娘ですか、こいつは?
適当にあしらっちまえば帰るだろう。そう安易に考え、無意識のままに口を開いた。
「死にてぇ、死にてぇ……とっとと帰れ、俺は死ぬのに忙しいんだ」
言った。言ってしまった。
喋った。喋ってしまった。
「そう、ですか」
心底残念そうな声が耳元で聞こえた。……耳元?おかしい、そんな近くで聞こえるはずがねぇだろ。
思考がそこまで追いついた時には、すでに“コト”は終わっていた。
「あ――?」
声が喉を上手く通り抜けていかない。
胸が熱い。
頭が痛い。
状況が認識できない。
スッ
そんな音が耳に届いた気がする。
胸から何か生えていた。黒くて硬そうな何かが。
ナンダ、ナンダナンダナンダ
脳が警鐘を鳴らし始めて気づいた。黒いコレは刃物、ナイフだ。
イタイ、イタイイタイイタイ
そんなのって有りか?
こんな唐突に何が何で?
訳わかんねぇ!
ゴメンネ……
はっきりと聞こえる少女の声。
ちょっと待て。それはいくらなんでも反則だろ?
ウソダ、ウソダウソダウソダ
現状認識なんてしてやるもんか。
確かに俺は死にたいって言ったけど……けど!
イキタイ、イキタイイキタイイキタイ
そうだ、俺はまだやりたいことがあんだよ。未練たっぷりなんだ!死にたくない!
声にならない想いが、心の奥からあふれてくる。
目の前い広がってるのは、少女の顔。自分で殺たくせに泣いてやがる。ハッ、クソッタレが。
少女が踵を返して去ろうとする。三歩ほど遠ざかり、思い出したかのように、振り返って優しく言い放つ。
「言い忘れてたけど……さよなら」
この世で一番冷たい言葉を。
意識が落ちて暗くなる。
俺が最後に、かろうじて、未練がましく見たものは、夜に舞う漆黒のアゲハ蝶のような大きなリボンだった。
……もっと生きたかったなぁ。
こうして、俺の人生はあっけなく終了を迎えた。
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