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小学校教師
作:狸小屋


算数の時間が終わり、休み時間になった。

私は椅子に座ったまま、ぐっと大きく背伸びをした。
近頃は若い頃のように寝て起きたら充電完了というようにはいかず、なかなか疲れが取れなくなってきている。

教師という仕事も案外楽ではないものだ。
私くらいの年になって、この仕事を続けていくのはなかなかハードだ。
私の夫も、お前もそろそろ年なんだし仕事やめたらどうだ、などと言ってくる。
その夫の発言に対して反発するように、ここ数年は意地で続けてきたのだが、本当にそろそろ潮時なのかもしれない。

最近では職業病なのか、だいぶ目も悪くなってしまった。目元を右手で揉むようにしてマッサージをしてみたがちっとも目の疲れは取れない。

せめて休み時間の十分間だけでも一息つこうと思っていたのに、どうやら和馬と智紀の間で喧嘩が始まってしまったようだ。全く休む暇もない。




「なんだよ、このバカ!」

和馬は顔を紅潮させて、智紀に対して怒りをぶつけている。

「ふん、バカにバカなんて言われても全然悔しくないね」

智紀は表情を変えず、あくまで和馬の怒りをクールにかわした。
その態度がさらに和馬の怒りの琴線に触れたらしい。

「なんだとっ!」

「こらこらやめなさい」

私は子供達の喧嘩がヒートアップし始めたので、仲裁に入った。

全く世話が焼ける。
私が子供の頃から、小学生というものは何も変わってはいない。
すぐ泣くし、何かにつけては騒ぎ、些細なことでよく笑う。
そして年中行事のように喧嘩する。

でも、子供は喧嘩するくらい元気なほうがいいのかもしれない。
私は子供の喧嘩はあまり大人が止めに入らないほうがいいと思っている。
子供の喧嘩なんていうものは、熱しやすく冷めやすい鉄みたいなもので、気がつけば仲直りをしていたりする。むしろ喧嘩がきっかけで前よりも仲が良くなったりするものだからだ。

だから喧嘩を無理やり止めるのは本当はあまりしたくないのだが、教師という立場上子供達の喧嘩を見過ごすわけにもいかない。

今回の喧嘩の原因はいつものように、智紀が和馬のことをからかったのが原因だとおおよそ予想がついていたので、私はやさしく和馬に問いかけた。

「和馬君、どうしたの?喧嘩したらダメでしょう。智紀君がどうかしたの?」

和馬の表情は、悔しさで半分泣き顔に変わっていた。

「だって智紀のやつが俺のことバカにするんだもの。タイピングもロクにできないやつは幼稚園に帰れって」

「本当にそんなこと言ったの、智紀君」

私は表情をちょっと怖い顔に切り替えて、智紀を問い詰めた。

「先生、俺そんなこと言ってないよー」

すかさず和馬が言葉をはさんだ。

「嘘だ!ふざけんbだsfj」
 
和馬は興奮しているのと、急いで打ち込んだために、うまくタイピングができなかったようだ。

「あはは、本当にろくにタイピングもできてないじゃないか」

「こら、智紀君、からかうのもいい加減にしなさい!」

「もういいよ!僕帰るから」

その言葉を最後に、今、私が向かっているパソコンの画面上から和馬のキャラクターの姿が消えた。

「あ、こら、勝手に帰っちゃダメでしょ! ‥‥あらら、和馬君パソコンの電源切っちゃったみたいね」

「あはは、あいつ本当にバーチャル教室からログアウトしちゃったよ」

私のパソコン画面上の智紀のキャラクターの表情が皮肉な笑い顔に変わった。




私が教師として働いている2050年では、学校の授業は全てパソコンを用いて、ネット上のバーチャルスペースで行われている。
俗に『バーチャル教室』と呼ばれるこのバーチャルスペースは、まだ学校という建物が存在していた頃の教室を模してデザインされている。

児童達は自宅のパソコンからログインし、そのネット上のバーチャル教室に集う。
そして、キーボードで自分の分身であるキャラクターを操作して、授業を受けるのである。
つまり学校という名は付いているが、実際には児童達は全く顔を合わせる機会はない。

そして、当然教師も例外ではなく、パソコンを使ってネット上で教鞭をとることになる。

私の受け持っているクラスには四十人の児童がいるが、家庭訪問すらなくなって児童達と直接顔を合わせる機会が皆無だから、児童達の本当の顔を知ることはできない。

ちなみに、授業や会話は全てチャット形式で進められる。
なので、和馬のようにタイピングの遅い子供は、私が小学生だった頃で例えるならば鉄棒で逆上がりができない子のように他の生徒達にからかわれることになる。




では、なぜこのような制度が施行されるようになったのか。
それは、人間関係などの悩みで学校にも通わず引きこもりをする若者達があまりにも増殖しすぎたためである。
危機的な少子化の波に襲われている日本では、労働力の確保という観点から、これ以上の若者の引きこもりの増加を防ぐことが急務であった。

そこで、政府は苦肉の策として、人と関わりを持たずとも学校に通えるようにネット上にバーチャル教室を作り、この制度を全国に統一化したのである。



それでは、児童達と顔を合わせずにどのようにして子供達の気持ちを知ることができるのか、あるいは、教師が自らの感情を子供達に伝えるにはどうすればよいのか、と疑問に思うかもしれない。

その疑問はもっともで、その問題の解決のために一応の対策はとられている。
教師と児童達が用いるキャラクターには表情を変化させることができる機能が付いており、そのキャラクターの表情で子供達の気持ちを読み取ることができる、という仕組みだ。

教師や生徒は、面白い時はキーボード上の笑いのボタンを押す。悲しい時は悲しみのボタンを押す。
するとバーチャル教室にいる自分の分身であるキャラクターが、それに合わせて表情を変えるるのである。

だが、こんな機能で児童の本当の気持ちがわかるはずもない。

私はいまだに画面上の教室の中でにやにやしている智紀のキャラクターの顔を見つめた。
これが智紀の真実の感情であるのかどうか私には確かめようがない。
だが気にしたところでどうしようもないだろう。このキャラクターの感情表現を信じて、そのまま受け入れるしかないのだ。

なぜか自然とため息がこぼれた。

私は、毎日朝から夕方まで画面を見つめ続けているために患ってしまった慢性的な目の疲れを堪えながら、仕方なく再びパソコン画面に目を移した。

そして、人に優しく接することの大事さを児童達に伝えるため、実際よりも少し若い容姿をしている自分のキャラクターの表情を真顔に切り替えてから、改めてキーボードを叩き始めた。


  (完)


最後まで読んでいただきありがとうございました。私が文章力がないせいで、ちょっとわかりづらかったかもしれません。もしよろしければ評価をお願い致します。













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